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【連載】頑張れ!ニッポン㉑
ディープシーク・ショックに揺れるIT業界
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
第二の「スプートニク・ショック」に激震走る
本年最初のブログ(1月9日付)で「波乱含みの2025年が明けた」と述べた。しかし今、新聞紙上を始め多くのメディアでは「ディープシーク・ショック」が大きく取り上げられており、早くもIT業界で大きな波乱を起こしている。
中国の小さなベンチャー企業であるディープシーク(深度求索)社が世界のAI企業の根幹を揺るがすような、とんでもない化け物AIを作ったというのだ。この事態に米国では「スプートニク・ショックのIT版だ」と言う人も現れた。
「スプートニク」と言うのは、1957年10月にソ連(当時)により打ち上げられた人類史上初の人工衛星である。この打ち上げ成功により、米国を始めとする西側諸国の政府が受けた衝撃・危機感を「スプートニク・ショック」と言う。
▲人類初の人工衛星「スプートニク」
私は当時、高校生だったが、新聞1面に大きな見出しで「ソ連による人類初の人工衛星打ち上げに成功!」と載っていたのをぼんやりながら覚えている。米国は自国を宇宙開発のリーダーであり、それゆえミサイル開発のリーダーであると信じていた。だから、ソ連による人工衛星打ち上げの成功を知らされて驚愕したのである。
そして、ソ連を追いかけるようにして同年12月に米国も人工衛星を打ち上げたのだ。が、発射2秒後に爆発し、打ち上げは大失敗に終わってしまう。発射の様子は米国らしく世界中に公開されていたのだが、ロケットは発射後僅かに上がったが、すぐに尻もちをついて横倒しになり、大爆発してしまったのである。
▲打ち上げに失敗して爆発する米の人工衛星用ロケット(ウィキペディアより)
その様子をのちにテレビニュースで見た事も覚えている。公衆の面前で堂々と醜態を曝け出してしまったのは、いかにも米国らしいなと思う。この一連の出来事により米国はそれまで持っていた宇宙開発に対する自信を覆されてしまったが、その後の米国は国を挙げて猛然と巻き返しを図り、人類初の月面着陸に成功した事はご存じの通りである。
中国製「化け物AI」の正体は?
さて、ディープシークが作った「とんでもない化け物AI」とは何か。それは一言で言えば、米国のオープンAI社製のチャットGPTと同程度か、それを上回る性能のAIモデルを20分の1のコストで開発したという事である。
米中経済戦争の最中、米国は中国に対して、AI向けを始めとする高性能半導体の輸出を禁止したので、エヌビディア製の高性能GPU(画像処理プロセッサ)などは中国に出荷されていない。ところが、ディープシークは米国のオープンAI社のチャットGPTと同程度かそれを上回るAIモデルを、たった20分の1の費用で作ったと発表したのだ。
米国のオープンAI社は、チャットGTPの学習用に1億ドル分のGPUを買ったと言われているが、今回ディープシーク社は僅か500万ドル程度しか使わなかったと言っている。つまり、エヌビディアの高性能GPUを使わなくても、それより劣るGPUを使用して高性能なAIモデルを作ってしまったのだ。
このニュースが流れてからエヌビディア社の株が1月27日に17%も暴落して、時価総額がなんと91兆円も減ってしまった!
「エヌビディアの安い半導体でも高性能なAIモデルを作れるのなら、これからはエヌビディアの利益の源である高性能半導体が売れなくなるかもしれない」と投資家は思ったのだろうか。だが一方では、本当に安いGPUで高性能AIモデルができるのなら、生成AIの一層の拡大につながり、エヌビディアの業績が拡大すると言う前向きの意見もある。
なぜか「天安門」「習近平」には「回答不能」
その後、時間が経つにつれてディープシーク社製のAIモデルに対して、世界中で警戒する動きが出ているようである。内容に不正確さが目立つとか、利用者の個人情報が中国政府などにわたるとか様々なリスクが指摘されている。
内容が正しくないと言う例としては、「尖閣諸島について入力すると歴史的および国際法上、中国固有の領土であると表示された」という。これは開会中の国会の予算委員会で自民党の小野寺政調会長が質問で述べたことである。
この他、ディープシークは中国の代弁者だと言う指摘もあり、中国に都合の良い情報が世界中にばらまかれると言う話もある。また、「天安門」や「習近平」などと入力すると、「回答不能」と表示されるとか。このAIシステムは無償で提供されているので、既に世界中からダウンロードが殺到してかなり利用が広まっているようだ。
そして今は、ダウンロードが殺到した挙句、中国国籍を所有する人しかダウンロードできなくなっているという。また、「ディープシークが米国の技術を盗んだのでは?」とか、エヌビディアの高性能GPUをシンガポール経由で入手したとか(シンガポールは米国による輸出規制の対象国ではないとのことという疑惑も浮上した。
これらの疑惑についてはFBIが調査中だとか、いろんなニュースが飛び交っている。一方で中国ではディープシーク創業者の梁文鋒氏を英雄視する動きもあるとの報道もある。いやはや、年が明けて1カ月少々しか経ってないのに、今年もまた目まぐるしい年になりそうだ。
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。本ブログには、平成6年5月23日~8月31日まで「【連載】半導体一筋60年」(平成6年5月23日~8月31日)を15回にわたって執筆し好評を博す。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)