【連載】呑んで喰って、また呑んで㉒
マッコリ呑んで小川にドボン!
●韓国・龍仁
▲龍仁(ヨンイン)市の民俗村
先々週、病床に伏している知人Kさんを杉並区の自宅に見舞った。毎週のように草野球で汗を流し、交友関係も広く、まさに人生を楽しんでいた快男児である。小さな新聞社を経営していたのだが、数年前に脳腫瘍で倒れた。その後、新聞社を畳んで自宅で療養しており、見舞ったときには意識がほとんどなかった。
このKさんとは、何度も一緒に旅行している。最初の旅行先は、真冬の韓国だった。このときは総勢6人のグループである。着いた日の夜、某商社の駐在員が、ソウルの宮廷料理を提供する高級料亭に案内してくれた。
韓国料理には唐辛子がつきものだが、宮廷料理は違った。辛い料理はほとんどなく、上品な味付けである。出てきたキムチも淡泊そのもの。とくに大根を漬けこんだオイキムチもまったく辛くなかった。
さて、その翌日だったろうか、私たち一行は「韓国民俗村」に出掛けることに。ソウルから車で1時間半ほどの龍仁(ヨンイン)市にある民俗村は、約20万坪の広大な敷地に各地方の伝統家屋や生活用品などが展示されている。まさに李氏朝鮮の時代にタイムスリップしたようだった。
が、一行の関心は韓国の伝統文化ではなく、もっぱら昼飯である。朝食もそこそこに慌てて車に乗ったから、みんな腹を空かせていたのだ。もちろん、喉も乾いていた。韓流時代劇に出てくるような屋外の食事処を見つけたので、
「おう、いいじゃないか。ここにしよう」
と団長格のKさんが決めた。
さっそく床机に胡坐をかき、チヂミを中心に何品か注文した。さて、後は酒である。寒いので、ビールは向かない。やはり韓国に来たからには、マッコリ(濁酒)だ。大ぶりの徳利が運ばれてきた。乾杯。空腹だったので、チジミがいやに美味い。凍てつく寒さで、しかも屋外だが、マッコリで乾杯を重ねるうちに寒さも気にしなくなっていたようである。さてと腹も一杯になった。
何を思ったのか、Kさんが上着を脱いで、上半身裸になった。敷地内には小川が流れている。細い板が対岸に渡るために架けられていた。Kさんが渡ろうとする。しかし、マッコリが効いてきたのか、足元がおぼつかない。今にも川に落っこちそうだ。
「あっ、危ない!」
私が大声を出した。その声に驚いたのか、Kさんの重心がぐらつく。
「うわーっ」
という悲鳴と共にKさんが川に転落した。近くにいた観光客が「ふんっ、バカじゃないか」という表情でその情景を眺めている。確かに、「いい歳をしたオッサンが何をしているのか」だろう。
そこが浅かったが、仰向けに落下したので、Kさんは全身ずぶ濡れ。幸いなことに、上着は脱いでいたので、ズボン以外は濡れていない。トイレでズボンを脱ぎ、水気をしぼったKさんは少年のように嬉しそうにしていた。
ソウルに戻った私たちは老舗のサムゲタン屋でとろとろになった鶏肉をつまみながら、再びマッコリの杯を重ねた。当然、酒の肴となった話題は、Kさんの小川に落下したこと。みんな思い出して、腹を抱えて大笑いしたものである。病床のKさん、今頃どんな夢を見ているのだろうか。