※
夜明けの鶏が鳴くころになり、新野の城市に住まうひとびとは、鶏よりもうるさい兵士たちの声でたたき起こされることとなった。
たいがいのものは、『壺中』なるものに聞き覚えがなかった。
うちの壺がどうしたって、と見当違いなことを言って、おなじく起きだした隣近所と顔を見合わせる者もいる。
そんななか、隠れ家にもどってきた夏侯蘭は、ちがうかたちで家の門前で騒ぎが起こっていることにぎょっとする。
家の前で、あきらかに夜の商売をやっているとわかる女たちが集まっていたのである。
脂粉のにおいと酒のにおいをぷんぷんさせたその女たちの顔には、どれも戸惑いと恐怖が浮かんでおり、夏侯蘭は、陳到の策が、女たちにはてきめんに効いていることを知った。
この女たちも、かつての藍玉《らんぎょく》のように『壺中』で働いていた女たちなのだろう。
攫《さら》われ、あるいは差し出された子供たちの成長した姿が彼女らなのだ。
「あ、蘭さん、よいところへ」
藍玉が、つま先立ちになって、女たちの集団のなかから夏侯蘭に手を振ってくる。
「正門でなにがあったの」
「『壺中』の者を探していると言っているね。どういうことだい」
と、これは女たちのひとりが問うてきた。
かくかくしかじか、と状況を説明すると、じっと夏侯蘭のことばに耳を傾けていた女たちが、暁のカラスのように大騒ぎをはじめた。
「斐仁《ひじん》のやつ、とうとうくたばったのだね」
「子仲《しちゅう》さまを苦しめ続けた罰だ」
「やつの死に顔を拝んでみたいものだね」
斐仁は、あちこちで恨みを買っていたようである。
「斐仁はちょくちょく妓楼に来ていたのよ。
子仲さまからせびった金で豪遊していたわ。
こうなるとちょっとかわいそうだけれど」
藍玉の説明に、なるほどなと納得していると、藍玉は女たちから夏侯蘭を引き離すように、ぐいっとその手を引っ張ってきた。
「どうした」
「さきほど、襄陽城に忍ばせていた者から連絡が入ったわ」
「襄陽城?」
「ええ。襄陽城はいま大騒ぎになっているようなの。
『壺中』が分裂を起こして、殺し合いを始めたそうよ」
夏侯蘭は、まじまじと、淡々とことばをつむぐ藍玉を見た。
夜の女たちは、そんなかれらを無視し、めいめいで、これからどうしようかと相談をしている。
「兵隊どもの言うとおり、屯所に出かけたほうがいいんじゃないかねえ」
「罠かもしれない」
「罠? どんな罠だってのさ。
陳到というひとはよく知らないが、趙子龍さまの副将なんだろう?
つまり、孔明さまの部下の部下ってわけで、それなら信頼できるんじゃない」
「なにもわからないから、あたしたちをおびき出そうとしているのかもしれないよ」
「それならそれ、あたしたちが教えてやればいいじゃないか」
女たちの騒ぎをよそに、夏侯蘭は彼女らに聞こえないよう、言った。
「『壺中』が自滅したというのであれば、おまえの願いはかなったというわけではないか。
よかったな」
「あまりよくないの。落ち着いて聞いて。
どうやら、襄陽城で、あなたの追いかけている狗屠《くと》が出たようなの。
それを趙子龍どのが撃退したそうよ」
夏侯蘭は二の句が継げなかった。
なぜ、どうして、という思いが真っ先に頭に浮かんだ。
動揺のあまり、つい周りを見回してしまう。
狗屠と趙雲が身近にいるわけでもないのに。
落ち着いて、と藍玉に諭されて、ようやくまた、われに返った。
藍玉は、腕をからめたままの姿勢で心配そうに見つめてくる。
大丈夫だと答えたかったが、到底無理だった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださったみなさまも、大感謝です!
さらには、ウェブ拍手を押してくださった方も、とても励みになります!
昨晩、とうとつに思い立ち、「臥龍的陣 夢の章」のプロローグ部分をあたらしい原稿に差し替えました。
くわしくは、昨晩更新した記事にありますが、だいぶ変更をかけました。
お時間ありましたら、チラッとでも見ていただけたなら、うれしいですv
でもって、近況報告ですが、本日あたりにウェブ拍手のお礼もかねてさせていただきます。
更新しましたら、どうぞよろしくお願いいたします!(^^)!
夜明けの鶏が鳴くころになり、新野の城市に住まうひとびとは、鶏よりもうるさい兵士たちの声でたたき起こされることとなった。
たいがいのものは、『壺中』なるものに聞き覚えがなかった。
うちの壺がどうしたって、と見当違いなことを言って、おなじく起きだした隣近所と顔を見合わせる者もいる。
そんななか、隠れ家にもどってきた夏侯蘭は、ちがうかたちで家の門前で騒ぎが起こっていることにぎょっとする。
家の前で、あきらかに夜の商売をやっているとわかる女たちが集まっていたのである。
脂粉のにおいと酒のにおいをぷんぷんさせたその女たちの顔には、どれも戸惑いと恐怖が浮かんでおり、夏侯蘭は、陳到の策が、女たちにはてきめんに効いていることを知った。
この女たちも、かつての藍玉《らんぎょく》のように『壺中』で働いていた女たちなのだろう。
攫《さら》われ、あるいは差し出された子供たちの成長した姿が彼女らなのだ。
「あ、蘭さん、よいところへ」
藍玉が、つま先立ちになって、女たちの集団のなかから夏侯蘭に手を振ってくる。
「正門でなにがあったの」
「『壺中』の者を探していると言っているね。どういうことだい」
と、これは女たちのひとりが問うてきた。
かくかくしかじか、と状況を説明すると、じっと夏侯蘭のことばに耳を傾けていた女たちが、暁のカラスのように大騒ぎをはじめた。
「斐仁《ひじん》のやつ、とうとうくたばったのだね」
「子仲《しちゅう》さまを苦しめ続けた罰だ」
「やつの死に顔を拝んでみたいものだね」
斐仁は、あちこちで恨みを買っていたようである。
「斐仁はちょくちょく妓楼に来ていたのよ。
子仲さまからせびった金で豪遊していたわ。
こうなるとちょっとかわいそうだけれど」
藍玉の説明に、なるほどなと納得していると、藍玉は女たちから夏侯蘭を引き離すように、ぐいっとその手を引っ張ってきた。
「どうした」
「さきほど、襄陽城に忍ばせていた者から連絡が入ったわ」
「襄陽城?」
「ええ。襄陽城はいま大騒ぎになっているようなの。
『壺中』が分裂を起こして、殺し合いを始めたそうよ」
夏侯蘭は、まじまじと、淡々とことばをつむぐ藍玉を見た。
夜の女たちは、そんなかれらを無視し、めいめいで、これからどうしようかと相談をしている。
「兵隊どもの言うとおり、屯所に出かけたほうがいいんじゃないかねえ」
「罠かもしれない」
「罠? どんな罠だってのさ。
陳到というひとはよく知らないが、趙子龍さまの副将なんだろう?
つまり、孔明さまの部下の部下ってわけで、それなら信頼できるんじゃない」
「なにもわからないから、あたしたちをおびき出そうとしているのかもしれないよ」
「それならそれ、あたしたちが教えてやればいいじゃないか」
女たちの騒ぎをよそに、夏侯蘭は彼女らに聞こえないよう、言った。
「『壺中』が自滅したというのであれば、おまえの願いはかなったというわけではないか。
よかったな」
「あまりよくないの。落ち着いて聞いて。
どうやら、襄陽城で、あなたの追いかけている狗屠《くと》が出たようなの。
それを趙子龍どのが撃退したそうよ」
夏侯蘭は二の句が継げなかった。
なぜ、どうして、という思いが真っ先に頭に浮かんだ。
動揺のあまり、つい周りを見回してしまう。
狗屠と趙雲が身近にいるわけでもないのに。
落ち着いて、と藍玉に諭されて、ようやくまた、われに返った。
藍玉は、腕をからめたままの姿勢で心配そうに見つめてくる。
大丈夫だと答えたかったが、到底無理だった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださったみなさまも、大感謝です!
さらには、ウェブ拍手を押してくださった方も、とても励みになります!
昨晩、とうとつに思い立ち、「臥龍的陣 夢の章」のプロローグ部分をあたらしい原稿に差し替えました。
くわしくは、昨晩更新した記事にありますが、だいぶ変更をかけました。
お時間ありましたら、チラッとでも見ていただけたなら、うれしいですv
でもって、近況報告ですが、本日あたりにウェブ拍手のお礼もかねてさせていただきます。
更新しましたら、どうぞよろしくお願いいたします!(^^)!