思い切り睨みつけていると、子文《しぶん》が、まいった、まいった、というふうに両手をあげた。
「悪かったよ、先生、あんたを巻き込むつもりはなかった」
「どういうつもりにせよ、嘘つきは許さぬ。早くあの女人を追いかけて、いま言ったのはうそだと言いに行ってくれ。
断袖《だんしゅう》の仲だなんて勘違いされたら、わたしも困るが、あなただって困るだろう。この城にいられなくなるぞ!」
「そんなに怒るかねえ。大丈夫だよ、あとでちゃんと謝りに行くから。
あの娘、ちょっと思い込みがはげしくてな。いつもの遊びのつもりですこしからかっていたら、すっかり女房気取りになってしまった。
嫌気がさして、口論になっていたところへ、うまい具合にあんたがやってきたというわけさ」
「ひどいではないか。わたしに対してだけではなく、あの娘に対してもひどい。あの娘、あなたと付き合いがあったなどと知れたら、嫁に行けなくなるぞ。あなたにしがみつこうとしたのも当然だ」
「しがみつく相手を見極める目を持たなくちゃな。いい勉強になったろうよ」
「ひどいひとだ」
「そうかね。おれはおれを優秀な人材だと思っているが。
で、何の用だ、先生、わざわざおれなんかのところにお出ましとは」
しれっとして悪びれない程子文に、孔明は心底あきれてしまった。
これでは、あるじの劉琦の評判も地に落ちるというもの。
また腹をたてた孔明は、率直に注意した。
いいかげん、よい年なのだから、ひとりの女に決めたらどうだ、そんなだらしない生活をしているから、世間になめられるのだ、と。
すると、程子文は笑って答えた。
「美女も美少年もおれにとっての最高の薬さ。癒しをくれる女たちがいなければ、おれはとっくにこの世から消えている。
まあ、あんたは年が行き過ぎているが、おれに癒しをくれるやつの一人に数えてもいいだろう」
「ふざけないでくれ。劉公子の学友たる者の品行が乱れているのは、どうかと言っているのだ。
あなたの評判の悪さが、劉公子の評判にも傷をつけている。それを考えたことはあるか」
程子文は、ふむ、と考え込むそぶりをみせてから、言った。
「おまえさんはずいぶん正直でおせっかいな奴だな。正直なのはわかっていたが、おせっかいなのは知らなかった。なぜ、そこまで公子に肩入れする」
「まぜっかえさないでくれ。劉公子のお立場は日に日に悪くなっている。ご長男でありながら、ご次男の劉琮《りゅうそう》どのらを推す一派に押さえつけられているさまは、はたから見ていてもお気の毒でならぬ」
「長幼《ちょうよう》の序は守ったほうがいいと思うかね」
「もちろん。そう思うからこそ、あなたにも品行をおさめて、劉公子の支えになるようになってほしいと思っているのだ。
人は犬が死んだくらいで泣くのはおかしいというが、そちらほうがおかしい。
かの孔子も、愛犬の死は悲しんでいた。愛しいものがいなくなったら、泣くのがまっとうなのだ。それを許せないという風潮のほうがおかしいに決まっている。
そして、そのおかしな風潮から公子を守るのがあなたがたの役目だろう」
「ならば、なぜ自分で劉公子を支えようとしない。劉公子が|主《あるじ》と仰ぐには器が小さい男だからかい」
それは、と孔明はことばを詰まらせた。
劉公子こと劉琦は、優しいことだけが取り柄の平凡な青年だ。
戦場に立てば、目の前の惨状にひっくり返ってしまうだろうというほどに軟弱。
宋の襄公《じょうこう》以上に、敵に情けをかけすぎて失敗する危険すら考えられた。
思いやりがあるといえば聞こえがいいが、うらをかえせば、狡知《こうち》に乏しい世間知らず。
その欠点を補えるかというと、資質の問題で、どうもよい方向には変えられそうもない、というのが世間の一致した見解であった。
しかし、だからといって軽んじてよいという問題ではない。
つづく
※ サイトのウェブ拍手を押してくださった方、どうもありがとうございました!(^^)!
気合入った! ますます励んでまいります♪
いま最終章の「太陽の章」の仕上げ中です。
「臥龍的陣」までは、まちがいなく何とかなりそうです。
また遊びにいらしてくださいねー、お待ちしております。
「悪かったよ、先生、あんたを巻き込むつもりはなかった」
「どういうつもりにせよ、嘘つきは許さぬ。早くあの女人を追いかけて、いま言ったのはうそだと言いに行ってくれ。
断袖《だんしゅう》の仲だなんて勘違いされたら、わたしも困るが、あなただって困るだろう。この城にいられなくなるぞ!」
「そんなに怒るかねえ。大丈夫だよ、あとでちゃんと謝りに行くから。
あの娘、ちょっと思い込みがはげしくてな。いつもの遊びのつもりですこしからかっていたら、すっかり女房気取りになってしまった。
嫌気がさして、口論になっていたところへ、うまい具合にあんたがやってきたというわけさ」
「ひどいではないか。わたしに対してだけではなく、あの娘に対してもひどい。あの娘、あなたと付き合いがあったなどと知れたら、嫁に行けなくなるぞ。あなたにしがみつこうとしたのも当然だ」
「しがみつく相手を見極める目を持たなくちゃな。いい勉強になったろうよ」
「ひどいひとだ」
「そうかね。おれはおれを優秀な人材だと思っているが。
で、何の用だ、先生、わざわざおれなんかのところにお出ましとは」
しれっとして悪びれない程子文に、孔明は心底あきれてしまった。
これでは、あるじの劉琦の評判も地に落ちるというもの。
また腹をたてた孔明は、率直に注意した。
いいかげん、よい年なのだから、ひとりの女に決めたらどうだ、そんなだらしない生活をしているから、世間になめられるのだ、と。
すると、程子文は笑って答えた。
「美女も美少年もおれにとっての最高の薬さ。癒しをくれる女たちがいなければ、おれはとっくにこの世から消えている。
まあ、あんたは年が行き過ぎているが、おれに癒しをくれるやつの一人に数えてもいいだろう」
「ふざけないでくれ。劉公子の学友たる者の品行が乱れているのは、どうかと言っているのだ。
あなたの評判の悪さが、劉公子の評判にも傷をつけている。それを考えたことはあるか」
程子文は、ふむ、と考え込むそぶりをみせてから、言った。
「おまえさんはずいぶん正直でおせっかいな奴だな。正直なのはわかっていたが、おせっかいなのは知らなかった。なぜ、そこまで公子に肩入れする」
「まぜっかえさないでくれ。劉公子のお立場は日に日に悪くなっている。ご長男でありながら、ご次男の劉琮《りゅうそう》どのらを推す一派に押さえつけられているさまは、はたから見ていてもお気の毒でならぬ」
「長幼《ちょうよう》の序は守ったほうがいいと思うかね」
「もちろん。そう思うからこそ、あなたにも品行をおさめて、劉公子の支えになるようになってほしいと思っているのだ。
人は犬が死んだくらいで泣くのはおかしいというが、そちらほうがおかしい。
かの孔子も、愛犬の死は悲しんでいた。愛しいものがいなくなったら、泣くのがまっとうなのだ。それを許せないという風潮のほうがおかしいに決まっている。
そして、そのおかしな風潮から公子を守るのがあなたがたの役目だろう」
「ならば、なぜ自分で劉公子を支えようとしない。劉公子が|主《あるじ》と仰ぐには器が小さい男だからかい」
それは、と孔明はことばを詰まらせた。
劉公子こと劉琦は、優しいことだけが取り柄の平凡な青年だ。
戦場に立てば、目の前の惨状にひっくり返ってしまうだろうというほどに軟弱。
宋の襄公《じょうこう》以上に、敵に情けをかけすぎて失敗する危険すら考えられた。
思いやりがあるといえば聞こえがいいが、うらをかえせば、狡知《こうち》に乏しい世間知らず。
その欠点を補えるかというと、資質の問題で、どうもよい方向には変えられそうもない、というのが世間の一致した見解であった。
しかし、だからといって軽んじてよいという問題ではない。
つづく
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気合入った! ますます励んでまいります♪
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「臥龍的陣」までは、まちがいなく何とかなりそうです。
また遊びにいらしてくださいねー、お待ちしております。