はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 四章 その13 夏侯蘭の奮闘

2024年02月07日 09時57分17秒 | 英華伝 地這う龍
夏侯蘭《かこうらん》に迷いはなかった。
兵をかき分けると、玉蘭《ぎょくらん》たちと夏侯恩《かこうおん》のあいだに滑り込み、夏侯恩の刃を、みずからの剣の刃で受け止めた。
がきん、と凄まじい、耳をつんざく音がする。
夏侯恩がおどろきに目を見開く。
その目線を受けて、夏侯蘭は、にやりと精一杯の意地で笑って見せた。
ぎり、ぎり、ぎり、と青釭《せいこう》の剣とやらの刀身の先が、おのれの刃を削っていく音がする。


だが夏侯恩の姿勢が、どこかへっぴり腰なのが幸いした。
夏侯蘭は力任せに夏侯恩をはじき返すと、すぐさま剣を持ち直し、夏侯恩とその兵士たちの前に立った。
弾かれ、倒れた夏侯恩は、怒りで顔を真っ赤に染めて、叫ぶ。
「夏侯蘭、きさまっ、裏切るのか!」
「もとより、貴様らに力を貸すつもりはなかったさ!」


夏侯蘭に手柄を立てさせてやろうという、狼心《ろうしん》……司馬懿の親切心が、みごとに仇となったのだ。
いや、ほんとうに親切心だったろうか。
あの手紙の内容は見てない。
もしかしたら、知りすぎた自分を消すために、前線に送れ、という内容だったのでは……まさか。


「なにをしている、者ども! こやつらを殺せ!」
夏侯恩の叫びと同時に、いっせいに武器をかまえて、曹操の兵が向かってくる。
兵の数は三十は超えているだろう。
俺はもともと死んだも同然の身だった。
それを助けてくれた二人のために、いま、死ぬのなら惜しくはない。


「玉蘭、阿瑯《あろう》っ、おれに構わず、逃げろっ!」
背後のふたりの返事を待たず、夏侯蘭もまた、みずから敵兵に突っ込んでいった。
だが、敵があまりに多すぎた。
あっという間に囲まれる。
騙されていたと知った夏侯恩の兵は、怒りに燃えていた。
たちまち、夏侯蘭は、かれらの繰り出す槍だの剣だのの餌食となった。
致命傷こそ避けられたが、からだじゅう切り傷だらけ。
一人斃《たお》すごとに、傷がまた増えていった。


痛いとか、つらいとか、考えている暇すらない。
必死で抵抗しながらも、しかし、死というものの巨大な手につかまれているような感覚があった。
俺はここで、死ぬのかな。
だが、夏侯蘭が敵を引き受けているあいだに、逃げればよいものを逃げないで、泣きながらこちらを見つめている玉蘭と阿瑯の姿が目に入った。
「逃げろっ、早くっ!」
その声に促されるようにして、ようやく玉蘭たちは足をうごかしはじめた。
あいつらのために死ねるのなら、よいか。


ざくっ、と嫌な音がして、二の腕が斬られる。
剣を落としそうになって、けんめいに手首に力をこめた。
自分を斬ろうとする男の目をまっすぐ見つめる。
獣じみた興奮に染まる、その目の血走った男の目を。
かつての自分もきっと、こんな顔をして戦場にいたのだろう。


「死ねぇっ」
男の雄たけびがして、袈裟懸《けさが》けに斬られそうになる、その直前。
振りかぶった男の腕が、消えた。


いや、消えたのではない、吹っ飛んだのだ。
男は、腕ごと斬られて、呆然としてうごかなくなっていが、やがて、おおきな悲鳴をあげながら、その場に倒れた。
あまりの電光石火の攻撃に、三十ほどいた敵兵も愕然として、すぐに次の行動に移れないでいる。
それを見逃さなかったそいつ……趙雲は、ぶうん、と槍を振り回すと、つぎつぎと目の前の兵たちを薙ぎ払い、突き刺し、弾き飛ばしていった。
まさにあっという間の出来事だった。
あれほど群がっていた兵の大半は死ぬか、あるいは逃げるかして、いなくなった。
残ったのは夏侯恩と老兵のみ。


「お逃げください、ここはそれがしが!」
老兵が前に出ようとするのを夏侯恩がきりきりとした声で遮った。
「黙れ、このわたしに逃げろというか! 
そこな将、名乗れ、わたしが討ち取ってくれように」
「常山真定《じょうざんしんてい》の趙子龍。そちらも、名のある方とお見受けしたが?」
「夏侯元譲《かこうげんじょう》の弟で、夏侯恩じゃ! いざっ」


夏侯恩は頼みの青釭の剣でもって、趙雲に挑みかかった。
だが、趙雲にも、その剣筋のわるさがすぐにわかったのだろう。
馬上で難なく、ひょいっと身をひねって、その剣をかわすと、あっと驚いた顔をしている夏侯恩の心臓めがけて、正確無比に刃を突き立てた。
どんっ、と地面に落とされた夏侯恩は、そのまま激しく血反吐をはいた。
老兵が、つづけて突進してきたが、これもまた趙雲の敵ではなかった。
かれもまた、一瞬のうちに薙ぎ払われ、地面に伏したところへ、刃を突きたてられ、絶命した。


趙雲は馬から降りると、満身創痍の夏侯蘭のもとへやってきた。
その表情は、さきほどまで三十以上の敵をほぼひとりで斃したとは思えないほど静かで、落ち着いていた。
肩で息をしているものの、疲れているふうではない。
つくづく、おれも恐ろしい幼馴染みをもったものだと、苦笑いとともに夏侯蘭はおもう。
趙雲が手を差し伸べてきたので、夏侯蘭はためらわず、その手を取り、起き上がらせてもらった。


とたん、
「蘭さん、生きているのね!」
「小父《おじ》さん、よかった、よかったよう!」
そう言いながら、玉蘭と阿瑯が泣きながらこちらに駆けよって来た……


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
見てくださる方がいるからこそ、やる気もでるというもの。
つづきもなんとか制作を進めようと思います!

さて、長坂の戦いも山場です。
最後までお付き合いいただけるとさいわいです(#^.^#)
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。