はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 太陽の章 その70 少女と趙子龍

2023年02月24日 09時56分59秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



二日くらい経ったころ、船の揺れが収まった。
外からもれ聞こえる水夫たちの掛け声や、波音から察するに、接岸作業に入っているようだ。
これから陸路で樊城の隠し村に向かうらしい。


船倉の扉が開き、趙雲の世話係の少女がやってきた。
少女は緊張した面持ちで、腫れあがっている趙雲の顔を見つめていたが、やがて、遠慮がちにそばによってきて、趙雲の横にぺたりと座った。


少女は、それまで、なかなか口を開こうとしなかった。
口を開いたとしても、信号のように短いことばで。ぽつり、ぽつりと答えるばかりである。
その少女が、消え入るような、ちいさな声で言った。
「わたし、九つになります」
「そうか」
まだそんなに幼かったのかと、趙雲は暗然とした。
「みんなで、貴方のお話を考えました。いっしょうけんめい、考えました」
少女は、暗い瞳をして趙雲を見ている。
「わたしが大きくなったら、娼妓のように、好きでもない男のひとの相手をしなくてはいけない、というのはほんとうでしょうか」


どれひとつとっても、九つの子供の口から出る言葉ではない。
腸が煮えくり返る思いを抑えつつ、趙雲は冷静に答えた。


「そうだ」
「ほかの子たちは、悪い人が得をするために、ほかの人を殺す仕事をするというのも、ほんとうですか」
「そうだ」
「潘季鵬さまのおっしゃっていることが、うそだというのもほんとうですか。
わたしたちは、故郷をまもるために戦っているのではないの?」
「ちがう。もはや潘季鵬は荊州を捨てている。
おそらく、仲間をつれて許都へ向かうために、樊城の隠し村に人をあつめているのだ」
「わたしたちは、もう故郷にかえることはできないのですね」
「潘季鵬についていけば、そうなるであろう」
「船を下りたら、貴方は馬車に乗せられます。
そのまま、まっすぐ樊城の隠し村に行って、そこで罰を与えるそうです」


罰か、いまさらだな。
趙雲は、潘季鵬の陰湿なやり方に、うんざりしつつ思った。
罰を与えると脅しをかけておき、こちらを悩ませ、苦しめるつもりか…


「わたし、名前を軟児《なんじ》といいます。父さんがつけてくれたの」
少女は唐突に自分の名前を口にした。
「父さんは、母さんが死ぬまでは、司隷で農家をしていたの。
けれど、盗賊に村を襲われて、家がめちゃくちゃになってしまった。
母さんもそのときに死んで、父さんは土地を捨てて、わたしと一緒に荊州に逃げてきたの。
でも土地をすてた農民はドレイになるしかないのでしょう? 
そんなとき、荊州には、子供たちばかりをあつめて、学問や礼儀作法を修めさせてくれる学校がある、って教えてもらったの。
おとのさまの慈悲で、お金はひつようないって。
父さんは、わたしだけでもいい暮らしをしてほしいといって、学校につれていってくれるおじさんにわたしを預けたの。
それが、潘季鵬さまだった」


少女は、両の膝のうえで組んでいる指を、よりいっそう強く組み合わせた。
「わたしたちが、父さんに会いたいといったら、潘季鵬さまは、家に戻れば、おまえたちはどうせ家畜以下の暮らしをするだけだから、ここにいたほうが、ずっとましなのだといいました」


趙雲は、それには答えられなかった。
潘季鵬の言葉は、その点のみは、残酷なほど現実を述べていた。


「でも、わたしは、父さんにもう一度、会いたいのです」
軟児は、澄明な眼差しを、じっと趙雲に向けてきた。
「わたしを助けてくださいますか」
「ああ」
かならず、と趙雲は深く肯いた。
決して見捨てはしない。
子供たちはいまや、同じ男に苦しめられ、行き場を失っている、弟妹であった。


「これ」
軟児は、船倉の入り口を気にしながら、趙雲に服の袖に隠したものを見せる。
それは、どこから拾ってきたのか、鏃《やじり》であった。
「みんなで、武器庫から盗んできたの。
これで削れば、縄を外せるかもしれません」
「やみくもに切るのは駄目だ。
縄の結び目があるだろう。そこを中心に切ってくれ」


軟児は、こくりと肯くと、船倉の入り口を注意しながら、がりがりと縄を切りはじめた。
船倉の入り口の内側では、少年二人が、そして表には、年長の少年・治平が見張っている。
軟児の作業が大人たちにばれないように、見張りをしているのだ。


縄が簡単に外れることはなかった。
軟児がけんめいに縄に取り組んでいるあいだも、大人たちは、趙雲がおとなしくしているかどうかを確かめにきた。
幸いだったことは、かれらは、まず趙雲がいることだけに満足して去ったことだ。
子供たちの機転により、切れかけた縄を布でとっさに隠したのもさいわいした。
作業がばれることはなかった。


船から降ろされるさいには目隠しをされたが、移動は軟児が手伝ってくれた。
馬車に乗せられ、樊城の隠し村へ向かう。
そのあいだも、子供たちは大人の目を盗み、懸命に趙雲をがっちり縛り上げている縄を外す作業をつづけていた。


つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^▽^*)
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
今日はちょっと遠出しますので、予約投稿をしましたが、さて、うまくいきますかなー?
うまくいかなくても、お許しくださいませ;
今日は寒さも厳しくなくて、お出かけ日和です。
元気に行ってきまーす。みなさまもよい一日をお過ごしください('ω')ノ


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。