はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

黒鴉の爪痕 その16 残された烏の羽根

2024年12月05日 10時12分16秒 | 英華伝 序章 黒鴉の爪痕
「やや、犬がいる」
と、宴の席の隅っこで、ちびちび料理と水を飲み食いしていた陳到《ちんとう》が言った。
確かに黄色い犬が宴席に入り込んでいた。
だれかの猟犬というわけではなさそうなのは、その丸っこい体形でわかる。
犬はうまそうな料理のにおいに釣られてやってきたのか、くるんとまいた尻尾をぶんぶん振りながら、へっへと愛想よく舌を出して、陳到のほうへと向かってきた。


「やあ、こりゃあ、だれかの飼い犬かな。ずいぶん人なれしておるわい」
陳到がぱりぱりの皮がおいしい鶏の丸焼きの一部を犬にやると、犬は目を輝かせてそれに食らいついた。
その隙にと、陳到は素早く犬を捕まえて抱え上げ、がやがやとにぎやかな宴席に向かってたずねる。
「おおい、この犬に見覚えのあるやつはいるか!」
すると、「ないぞー」という声があちこちから返って来た。
「迷い犬かもしれぬな、こんなところで粗相《そそう》をされても嫌だし、どこかにつないでおくか」
言いつつ、陳到が犬を抱えて出て行く。


同時に、周慶《しゅうけい》を先頭に、侍女たちと料理人が総出で、新しい料理を運び入れてきた。
今度は豚の丸焼きで、その香ばしい匂いに、宴席の人間から歓声があがった。
席次の高い順から、いいところの肉を切り分けてもらえる。
孔明は麋竺《びじく》の次の席だったので、すぐに肉が回って来た。
切り分けられた肉を手にしようとした、そのときである。


「おい、どうした」
簡雍《かんよう》の弟の簡啓《かんけい》が、怪訝そうに隣の席の孫直《そんちょく》に声をかけた。
その声があまりに甲高かったので、それぞれおしゃべりに興じていた男たちは、はっとしてそちらを見る。


孫直の様子がおかしかった。
かれは、喉元をおさえて、膝立ちになり、口をパクパクさせている。
息が出来ない様子である。
「おいっ」
簡啓が孫直のからだを抱き留めようとするのより早く、げふっと孫直が、大量の血を吐いた。


とたん、大広間は大騒ぎとなった。
孫直は、げえっ、げえっ、と激しく血を吐いて、それっきり横に倒れてしまう。
「しっかりしろ!」
孫乾が席をけって、弟のところへ駆け寄っていく。


『毒だ!』
孔明はすぐさま判断し、かつて妻が煎じてくれた解毒剤を与えるべく、孫直のもとへいく。
しかし、孫直は白目を剥いて、ぴくりとも動かない。
脈を診る。
「ぐ、軍師! 弟は……」
孫乾《そんけん》の問いに、孔明は首を横に振った。
孫直は、絶命していた。


高い悲鳴が聞こえたかと思うと、どさっと誰かが倒れ込む音が聞こえた。
振り返ると白妙《はくみょう》で、となりにいた周慶が、あわてて白妙を抱き上げている。
孔明は孫直の膳を見た。
まだ豚の丸焼きは、かれのところに回っていなかった。
ということは、これまで運ばれてきた料理の中に、毒が仕込まれていたのだろう。


『しかし、なぜ?』
すぐに『黒鴉』のことが頭をよぎったが、そうだとして、なぜに軍師たる自分ではなく、一介の書生ともういうべき孫直を狙ったのか、それがわからない。
人違いにしては、孔明と孫直の席は離れ過ぎていた。


「軍師」
固い声がして顔をあげると、趙雲がいつの間にか側に寄ってきていて、孫直の衣を見て顔をゆがめている。
なにかがはみ出ている。
そばにいる孫乾が声をあげて泣き伏しているのをしり目に、趙雲は孫直の衣に手を差し入れると、そこからひとつのものを取り出した。
それは真っ黒な、烏《からす》の羽根であった。


つづく

※ とうとう動き出した『黒鴉』!
果たして孔明と趙雲は、『黒鴉』の正体を暴けるか?
と、あおりつつ……
そうそう、「赤壁に龍は踊る・改」、二章目の半ばまで初稿が出来ました。
早い、早い。やけにノリにノッております(^^♪
序章の連載が終わったら、すぐに「赤壁」を連載できそうです。
いや、できるようにがんばります!
ではでは、次回もおたのしみにー(*^▽^*)


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