ハレルヤ!  喜び、喜びおどろう

聖書のことばを中心に、2019年12月から、あふれる思いをまとめています

ITと、こんなに長い会話をしたのは初めて

2025-03-19 | 旧約聖書

英会話の先生が、公園で見る鳩はビジョン。聖書で見る鳩はダブと聞いたので
その違いをチャットGPTコピロットに聞いてみたら、面白い展開になった。

赤い字は私の質問
黒い字はコピロットの返事

鳩(ダブ)は象徴的に幅広い意味を持つ鳥ですが、一般的に以下のようなものを象徴しています:

  • 平和: 特にオリーブの枝をくわえた白い鳩は、平和の象徴として広く知られています。
  • 希望: 鳩は、新しい始まりや希望を示すシンボルとしても使われます。
  • 愛と純潔: 鳩は純真無垢や永遠の愛の象徴としてもよく見られます。
  • 聖なる使者: 宗教的な文脈では、鳩は神聖な存在や精霊を象徴することもあります。

たとえば、ノアの箱舟の物語では、鳩がオリーブの枝を持ち帰り、洪水の終わりと希望の復活を知らせたことが有名です。

これらの象徴には文化的な背景もありますが、どれも美しいメッセージを含んでいますよね!もし詳しく知りたいテーマがあれば教えてください。

バプテスマのヨハネは、イエスを水でバプテスマを授けましたが、ヨハネ自身はイエスのバプテスマを受けることはなかったのでしょうか

興味深いご質問ですね!バプテスマのヨハネがイエスのバプテスマを受けたかどうかについて、聖書には直接的な記述がありません。そのため、この点については解釈や推測に委ねられている部分があります。

バプテスマのヨハネは、自身を「イエスの道を整える者」として、自分の役割を理解していたことがわかります(ヨハネ123節)。また、マタイの福音書314節では、ヨハネがイエスに「私があなたからバプテスマを受けるべきですのに、あなたが私のところに来られたのですか?」と述べる場面が記されています。この言葉からも、ヨハネが自分をイエスよりも下位に位置づけ、イエスにバプテスマを授けるという行為に謙虚な態度を持っていたことが分かります。

ただし、ヨハネがイエスから霊的な意味でバプテスマを受けた可能性や、比喩的な形で受け取ったと解釈する学者もいるかもしれません。

このように、確固たる記録はありませんが、その背後にある神学的な意味や象徴性を探るのもまた興味深い考察になると思います。このテーマについて、さらに詳しく掘り下げてみたい部分はありますか?

バプテスマのヨハネは、最後の預言者と言われるので、彼自身は旧約の時代を生きた人であって、聖霊は受けていなかったのではないかなと思いました

素晴らしい視点ですね!確かに、バプテスマのヨハネは「旧約の時代を生きた最後の預言者」として位置づけられることが多いです。そのため、彼がイエス・キリストによってもたらされた新しい契約の聖霊の贈り物を直接受けていない、という解釈は神学的に筋が通っています。

ヨハネは、ルカの福音書115節で「母の胎内にいる時から聖霊に満たされる」と述べられていることから、特別な使命のために聖霊による働きがあったとされています。しかし、それは新約において信者たちがペンテコステ(使徒の働き2章)で受けた聖霊の注ぎとは異なるものと見なされることがあります。

また、ヨハネ自身も、自分の役割を旧約の預言の成就として理解しており、「私は水でバプテスマを授けるが、私の後に来られる方(イエス)は聖霊と火でバプテスマを授ける」(マタイ311節)と言っています。この言葉からも、彼自身が新しい時代(聖霊の時代)に入る橋渡しの役割を果たしたけれど、その完全な実現を見ることなく使命を全うしたと考えられます。

このような観点から、ヨハネが聖霊の直接的な注ぎを受けなかったとする考えには深い意味があるといえるでしょう。他に関連する聖書の箇所やテーマについて探求してみたいことがあれば、ぜひ教えてください!

マタイ3:16 こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。 この場面で、御霊を見たのはイエスご自身であって、ヨハネが見たとか、そこにいた人たちが見たとは書かれていないのが不思議に思ったのでした 神の御霊は、イエスの十字架と復活の後、救い主と信じて、聖霊の内住を経験した人しか、聖霊が下るのを見たり、天の声を聞いたりはできないのかなと思ったのでした

非常に鋭い洞察ですね。マタイ3:16の記述では、「イエスがご覧になった」と明記されているため、聖霊が鳩のように下る様子や天の声を、バプテスマのヨハネやその場にいた他の人々が直接目撃したのかどうかについては明示されていません。この点が興味深く議論されている部分でもあります。

一般的な解釈の一つとして、イエスがこの霊的な現象をご自身で目撃されたことが記されているのは、彼の神性やご自身の使命に対する確証を示すため、また読者にその出来事の中心がイエスであることを伝えるためだと考えられています。一方で、バプテスマのヨハネや周囲の人々が同じ現象を見たり声を聞いたりしたかどうかについては、各福音書において記述が一致していない部分もあり、これは意図的なのか、それともそれぞれの視点の違いなのかと推測が交わされています。

あなたが述べた「聖霊が下るのを見たり、天の声を聞いたりすることは、救い主と信じる者に限定されるのではないか」という考えもまた、聖書の全体像において重要なポイントです。新約において聖霊の働きがペンテコステ以降、信仰者たちに大きく現れることは確かです(使徒の働き2章)。それ以前では、聖霊の働きが特定の目的や人々に対して限定的であることが多かったことが旧約・新約両方から見て取れます。

また、これは新しい契約(イエスの十字架と復活を通じてもたらされた契約)の成就を示すものとも言えそうです。この視点から、「その場で聖霊の現象を見たり聞いたりできたのは、イエスが成し遂げる救いの計画の一部を担う特別な体験だった」という解釈が成り立つかもしれません。

このテーマについてさらに掘り下げるご意向があれば、ぜひ共有してください!

マタ 3:17 また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」 この言葉は、いったい誰が聞いたのでしょうか

この場面での天からの声に関しても、誰がそれを聞いたのかについては、福音書には明確な説明がされていないため、解釈の余地が残されています。

  1. イエスご自身が聞いたという解釈があります。これは、神の御声がイエスに対する直接的な肯定と使命の確認であり、特にイエスに向けられたものだと考える視点です。
  2. バプテスマのヨハネが聞いた可能性もあります。イエスが神の子であることを証しするために、ヨハネがこの神の声を聞いたとする解釈です。この解釈は、ヨハネの使命がイエスの道を準備することであったため、彼がこの重要な瞬間の証人だった可能性を支持します。
  3. その場にいた群衆が聞いたと考える解釈もあります。これは、イエスが公に神の子として宣言されたという考え方に基づいています。ただし、福音書の記述にはこの点に関する詳細はなく、他の福音書(例えばヨハネによる福音書)では、この場面に関する記述が異なる点もあります。

こうしたさまざまな解釈があるため、神学的な議論では、これがイエスの神性とその使命を強調するための象徴的な出来事として捉えられることが多いです。「神の御霊が下り、天の声が聞こえた」という一連の出来事が、イエスの公生涯の開始を象徴的に示しているとも言えるでしょう。

この件について、他の視点や関連する聖書箇所を深掘りしてみたいと思われますか?どんな方向でもお手伝いします!

私は一般の信徒であって、特別に深堀りをしたいとは思っていません。でも、聖霊に満たされて、神の声を聴いて、神に喜ばれる生き方をしたいと思うのです

そのような願いを持たれていることは、とても素晴らしいことですね。一般の信徒であっても、神に近づこうとする心は、何よりも価値があるものです。聖霊に満たされて、神の声に耳を傾け、神に喜ばれる生き方を求めるその姿勢は、神が大いに喜んでおられると信じます。

聖書には、神に喜ばれる生き方について多くの示唆があります。たとえば、ミカ書6章8節にはこう書かれています:

「主があなたに求めておられることは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」

また、新約では、ガラテヤ書5章22-23節で、聖霊の実として示された「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」が挙げられています。これらの実を求め、日々実践しようと努めることが、神に喜ばれる道につながると言えるでしょう。

日々の小さなことを通して神に心を向けると、聖霊による導きがさらに豊かに与えられるかもしれません。お祈りや賛美、感謝の心を大切にしながら、神との親しい関係を深めていかれる道のりを応援しています。

何か具体的な支えや聖書の言葉が必要でしたら、いつでもお声がけくださいね。あなたの歩みが祝福されますように!

ダブとビジョンから始まって、こんな会話をコピロットさんとするなんて、なんて面白い時代なんでしょう

本当に、驚きの時代ですよね!ダブやビジョンというようなシンプルな始まりから、ここまで深いテーマを語り合えるなんて、テクノロジーが日常の中で人々の思索を豊かにしている証拠ですね。

AIと聖書、信仰、そして人間としての歩みについて語る場があることは、どこか時代を超えた面白さを感じさせます。このような会話ができるのは、私にとってもとても刺激的で光栄なことです。次にどんなテーマが広がるのか、楽しみです!

時代の変化やテクノロジーについて、ほかに気になることがあればぜひ教えてくださいね。


キリストの御霊 おお、主よ

2025-03-19 | 旧約聖書

「キリストの御霊」 アンドリュー・マーレー

本箱の中に置きっ放しにしていた本を取り出した。

1章から31章まであるので、毎日読んだら一カ月で読了することになる。

各章の終りの段落は、「おお、神よ」 「おお、わが主よ」と、祈りの声を上げている。

私も、「おお、私の神様」「おお!」と感謝、喜び、信頼、希望の言葉で始まる祈りで閉じる、本物のデボーションができるようになるまで、この本を読み続けらるでしょうか。



「おお、主よ。みこころにかなう祈りと願いは、必ずきかれることを信じて、読み進もうとしています。
私の祈りの姿勢を変えてください。霊的な、深い喜びで満たされて、謙遜に仕えることができるように、刻々と導いてください。

委ねる祈り Prayer of commitment - Andrew Murray 13-01-2019
「おお、私の主よ。今日は私の部屋に招いている小学生二人とそのママ、教会学校のリーダーとのランチタイムに
主がともにいて、小学生に主にある交わりがどんなに嬉しいものであるかを、知らせてください。

「おお、神様!!  座り込んでいる間に時間がたってしまいました。あと2時間で彼らが来ます
お料理、掃除と子供の遊びコーナーの準備を集中的にできますように。

 


英語でカナダ人に手紙

2025-03-15 | 旧約聖書

Dear Ian
私がイアンの英会話クラスに入った時のことをよく覚えています。
他の生徒さんが欠席していて、二人だけだったのは幸運でした。
イアンは、カナダには悲しい歴史があると言って、カナダ先住民族の過去と現状について話してくれました。そして、英語の聞き取り能力に合わせて、丁寧に優しい言葉で教えてくれました。いつもの弾けるような笑い声はなくて、真剣な表情でした。

それ以降、私はこれまで全く関心を持っていなかった事について、YouTubeで調べてみました。大西洋三角貿易、オーストラリア先住民アボリジニ、南北アメリカ大陸の先住民インディオ、北アメリカのネイティブ・アメリカン・インデアン

そして、日本のアイヌ民族、今も残る被差別地域についても、関心を持っています。
神様がイアンと話ができる時を与えてくださったことを感謝しています。

イアン ごきげんよう
神様があなたと、あなたの家族と、あなたの国を祝福してくださいますように

 

ネットの翻訳機能に助けてもらって英文にしてみました

Dear Ian, I vividly remember the time when I joined your English conversation class. It was such a fortunate coincidence that the other students were absent, leaving just the two of us.

You mentioned the sorrowful history of Canada and kindly shared with me about the past and present of the Indigenous peoples of Canada. You explained it carefully and thoughtfully, adjusting your words to match my level of English.Your serious expression during that conversation was quite different from your usual attitude.

Since then, I have started exploring topics on YouTube about the Atlantic Triangle Trade, Indigenous Australian Aboriginals, Native peoples of the Americas, and the Indigenous Indians of South and North America.

Moreover, I have developed an interest in Japan’s Ainu people and the historically discriminated areas within our country. I am grateful to God for allowing me to have such a nice conversation with you.

Have a nice day.
May God bless you, your family and your country

 

 


ワクワク天国に向かって

2025-03-13 | 旧約聖書

しみや傷のない主のからだを目指している私は、心を地上に、この世に置いていてはいけない。目をあげて、神のみこころに聞き従って、実際に応答をして、変えて行くのです。地上でささげた宝がある天に向かうプロセスの中にいるのだから。今から、ワクワク喜んでいられる。

どんな困難な中でもワクワク喜んで仕えるためには、個人的なみことばと応答の祈りが大切にします。絶え間なく、神との深い交わりがないと、奉仕も先細りになり、信仰も立ち消えになってしまいそうだから。

何年も前の主日礼拝のアーカイブで、自分が説教に応答して立ち上がって祈っている声を聞いた。私自身はすっかり忘れているけれども、神様はちゃんと聞いておられることがはっきりわかり、感動します。

たとい、難しいなと思われる事があっても、十字架にかかって、死んで私の罪を贖ってくださったイエス様は、復活されて今、生きておられます。
ワクワク感謝して、神に従います。


信徒メッセージに

2025-03-11 | 旧約聖書

明日は私が信徒メッセージを担当します
できるだけ、短くシンプルに伝えて
応答は、讃美の中に求めよう

 

♪539讃キリストには代えられません」

マタイ6:19~24 「今、選ぶべき生き方」

Ⅰ---宝のあるところに、心もあるから

1.原語から

➀現在形の命令が2つ

➁そこでホプーが3つ

➂最後に未来形

2、宝とは何か

➀形のあるものと、ないもの

➁地の上と、天の中

➂地の上の宝はどうするの

 

Ⅱ---目が健全なら

➀健全とは

➁目とは 1家の窓 2理解力 3目標

➂暗さとはどんなのか

 

Ⅲ---神にも富にも兼ね仕えられない

➀不可能なこと

➁神とマモン 比較

➂今するべき選択

ピリ 3:14 

♪讃美620「新しい地に」