ハレルヤ!  喜び、喜びおどろう

聖書のことばを中心に、2019年12月から、あふれる思いをブログにまとめています

信頼するに足るものを信頼する

2020-10-21 | 喜び
 心配しない、思い煩わない生活とは、神が来られて養ってくださり、着せてくださるのを手をこまねいて待っているだけの生活ではない。蒔かず刈らず、労苦しないで紡ぐこともしない怠惰な生活をするのではない。衣食は神に任せるが他の事は自分の好き勝手にするのではもない。

 生活のすべてを神に委ね任せきった生活です。与えらた財、賜物、能力を神のみこころのままに用いて、神の時に蒔き、神の時に刈り取る。神に時も方法も任せる生活です。何かをする場合、その動機が自分の心配や思い煩いから発しているのではなく、神に聞き従ってすることである。

 心配しない生活は、神にすべてを任せたとして、ダラダラ、怠慢な生活をすることでは決してない。



 信頼するに足りないものを信頼することは愚かなこと。反対に信頼に足るものを信頼しないのも愚かなことです。

 もし、神が万物を創造した全地全能の神であることが事実でないなら、そんな神は信頼できるはずがない。しかし、それが事実であるならば、この神以上に私達が信頼できるものは他にはありません。

 この全地全能の神、私達の心の奥の奥までご存知の神、救い主イエス・キリストを遣わして贖いのみわざをなして復活させてくださった神。再び新天新地を再創造なさる神を、信頼に足るお方として、全幅の信頼を置いて、身も心もささげて、何の心配もない信仰生活を送ることは愚かではなく、賢い生き方です。



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コロナ禍の中も心配しないで生きる

2020-10-21 | 喜び
マタいの福音書6章25-30節から 思い煩うないでよいことを学んだ

 6:25 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
 貯金や資産を持とうとするのは、衣食に不安を感じているから。でも衣食より前にいのちのこと、からだのことを考えるなら、それは衣食より大事なもの。
 いのち、からだは神が直接支配している。養ってくださっているので、衣食について心配することは無用。そのことを26-30節まで例を上げて説明しています。


6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
 いのちについて考えます。空の鳥すら養っていのちを生きるようにしている天の父は、神にかたちに似せて特別に創造した人間を養わないはずがない。全く神に信頼する者を神は必ず養ってくださいます。


6:27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
 私たちのいのちは生きるも死ぬも神の御手の中にあり、私たちにはどんなに心配しても伸ばすことも短くすることもできません。


6:28 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
 6:29 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
 次にからだについて、野の花ゆりを考えます。苦労して働くこともしないし、紡ぐこともしていません。しかし、その美しさはソロモンの衣装より美しい。
 このことは神創造主を知る人には全く否定できない真実であるのに、クリスチャンもこの世の人と同じように心配している。その理由は神に対する信仰、信頼が薄いからである。イエスはそんな不信仰を喜ばれない。


 6:31 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
 空の鳥と野のゆりの例を具体的に示した後、もういちどここで、25節の命令、教え、心配するなと繰り返す。


 6:32 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。
 異邦人、神を知らない人々は、神が養って下さることを知らないので切に求めている。しかし、クリスチャンは心配する必要がない。天の父は私達が必要としているものをすべてをご存知ですから、
 6:11の主の祈りにあるように「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」祈りつつ、祈りが聞かれることを喜んで日々生活すれば良い。


6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
 まず第一に求めるのは 6:10の主の祈りにあるように、「御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。」ということです。
 自分にとって良いことではなくて、神が正しいとすることを実行しようとすること。神のみこころに従って、この世の悪しき霊の働きと戦って、神の国、神の支配を実現するために、永遠の残るもののために仕えることを熱心に求めているなら、他の必要なことはすべておまけについてくる。実際に献身者が経験していることです。


6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。
 全地全能の神に一切を委ね任せる人生には、心配、憂い、思い煩いはない。日々、神が与えて下さることを、たといそれが苦労であっても忍耐して、喜んで受けてその日を過ごせば良い。
 明日は明日で、また与えられものを喜んで受ければ良い。先のことまで取り越し苦労をする必要はなったくない。
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女の子への手紙 写真10枚入り

2020-10-17 | 喜び
長い時間、考え、祈り、パソコンの中の写真を捜してコピーして
やっと書けました。

〇〇ちゃん こんにちは
教会の△△です。〇〇ちゃんのマンションの窓から海が見えますね。その同じ海の少し西の海岸の写真を集めてみました。

ーーー海岸の写真3枚ーーー
砂浜では多くの人がお散歩をしています。特に犬を連れている人をよく見ます。
街の中に住んでいる人も犬も、広い所でのんびり楽しんでいるみたい。

ーーーハマナスの写真3枚、花、実、種ーーー
海岸の植物はまなす
雄しべと雌しべが同時に見られます。虫が花のかなを動き回って自家受粉をしているようです。
名前が浜茄子というので食べられそうと調べてみたら、甘酸っぱくておいしいそうです。プチトマトのようでしょうか。今度見かけたら食べてみましょう。
種を出すのは難しいかな?
鳥が来て、できた種を食べて運んで、糞の中に混じって蒔かれます。浜茄子が発芽して成長するのにふさわしい地に落ちるのは、はたしてどれ程でしょう?

ーーーはまごうの写真2枚 海岸を這っているところと花のアップーーー
海岸の植物はまごう
砂の上を這うようにして海の方へと延びていました。
種はどんな様子か想像できますか?
小さくて黒くて、何か生命力を感じさせる種でした
大波の日に波にさらわれて、やがてどこかの海岸に打ち上げられるでしょうか
発芽できる可能性はどれくらいでしょう。
わずかであっても、流れ着いて芽を出して、嵐にも砂嵐にも負けずに茎を伸ばして花をつけてきたので、天地創造の時から今まで、生きています。
神様の力を感じます。
〇〇ちゃんの見える海岸でも植物を捜すことができますか

ーーー渡り鳥の写真とジェットスキーとウェイクボード ーーー
海には渡り鳥が季節になったらやって来ます。神様が与えたナビゲーターに頼って遠くから来て、遠くに旅立ちます。
私達らは行き先が見えないけど、神様のご支配の中です。鳥たちは心配することなく、神様の導きに全幅の信頼を置いて移動しているのでしょう。

この〇〇ちゃんへの手紙がどうして横一杯に書いているのかと言うと、私達も神様に全幅の信頼をもって聞き従って、祝福された生き方を、喜びから喜びへ、平安から平安にともに生きていきましょう!!という意味を込めています。

主にあって愛します
△△



 
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小学6年の女の子に手紙を・・・

2020-10-17 | 喜び
私達の教会では分散礼拝をしている
教会の建物の中で会堂以外に7カ所の部屋を使い
家庭からネットライブ配信とzoomで参加している人もいる
希望する家庭には、2-3人で訪問して一緒に礼拝する場合もある
私の部屋でも、何回か礼拝しました

明日はパパとママ、小学6年の女の子の家に行って礼拝します
パパへの伝道という隠れたミッションもあります
塾に通い始めて教会に来れなくなっている女の子を励ます目的もあります

礼拝の時間にパパが家におられるかは不明です
女の子は日曜日に塾に通い出したので教会に来られていません。
でも、ママと祈ったり讃美をしています。
教会学校のアーカイブを見て、他の子供達と同じように聖句暗記もしているそうです。

これから、その女の子に手紙を書いて持って行くように導かれていますが
何をどう書くか、これから祈って考えます

2時間くらい待ったけど、全然何を書くのか思いつかなくて困っていたところ
友人から、月曜日に一緒に散歩をしようというお誘いをいただき、歩く方面を海岸に向かうことにしました

そのことから、私が海岸で撮った写真から書き始めるというアイデアが与えられて、やっと書き始める気になれました。
女の子は窓から海が広がっているのが見えるマンションに住んでいます。
その海岸より何キロか西にあたる海岸で撮った海や海岸の植物の写真があります。

合わせて祈ります。
パパが救われるように、
救われた後、どう成長して、どんなクリスチャンホームを立て上げて行くことになるのかも、
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心を合わせて、祈りに専念します

2020-10-16 | 喜び
使徒の働き1章13,14節
1:13 彼らは町に入ると、泊まっている屋上の間に上がった。この人々は、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。
1:14 この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。

★復活のイエスを信じたイエスの兄弟たちが加わっている。
みな心を合わせている。このことを適用します
・心を合わせて祈れるのは、イエスの十字架と復活を信じ、復活の力で生きている者、聖霊を受けて聖霊に満たされ導かれている者が、心を合わせて祈れる
・それぞれの状況に違いがあるが、神のことばを土台にする。信仰の一致と神の御子に関する知識の一致する方向で心を合わせて祈る。二人、三人、さらに多くの小グループメンバーで一緒に祈ります。
・zoomで参加している兄姉が多いが、できれば、実際に祈祷会に出席することを励まし勧めます。

★祈りに専念していたことから、適用します。
・自分の意志や努力で専念しようとしても、この世の誘惑やサタンからの働きかけに引きずられてしまう。勝利の主にすがりついて、離れないで祈り続けます。
御使いが語りかけて来た時、弟子たちに恐れはなかったように、イエス・キリストとつながっているなら、様々な問題、困難、死をも恐れる必要はない。

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