「徒然草 REMIX」 酒井 順子 新潮文庫 2014年(平成26年)
「はじめに」 その2 P-14
(前略)
兼好に与えられた表現手段としてはもう一つ、和歌がありました。和歌に長(た)けた人であったからこそ、彼は40代以降は歌人として都で活躍したわけですが、しかし兼好の胸には、和歌を詠むことでは排泄しきることができないものが、あったのです。おそらくその時代、いくら随筆を書いても生活の足しにもならなければ、歌人としての評価にもつながらなかったと思うのですが、それでも書かずにいられない澱(おり)が兼好の中には溜まっていたのでしょう。
同様の孤独を、私は清少納言の上にも見るのです。枕草子には、
「すこし日たけぬれば、萩などのいと重げなるに、露の落つるに枝うち動きて、人も手触れぬに、ふと上ざまへあがりたるも、『いみじうをかし』といひたる言どもの、『ひとの心には、露をかしからじ』と思ふこそ、またをかしけれ」
という文章があります。雨上がりに、雨露がついて重そうな萩を眺めている清少納言。誰も触れていないのに、露が落ちた瞬間にひょいと枝がはね上がる様子に「いみじうをかし」と思いつつ、「他人にはこんなことツユほども『をかし』くないのだろうなぁ、と思うのがまた『をかし』!とも、彼女は思っている。
そこには、「こんなことで面白がっているのは私だけ」という孤独の自覚があります。が、彼女はその孤独をも『をかし』とする、あっけらかんとした感覚を持っているのです。それは、「あやしうこそものぐるほしけれ」という、兼好のひねりの入った孤独の客観と、似てはいるけれど少し異なるもの。
私はそんなところに、男女の違いを見るのでした。随筆という手段をとらざるを得なかった二人の資質には、共通した部分がある。しかしそこには、決定的な違いもある。
今の世で随筆を書く女として生きる私は、徒然草を読んでいると、つくづく「男だなぁ! 」と思うのでした。男好みの、男ならではの感覚が、そこには満ちている。
(後略)
「はじめに」 その2 P-14
(前略)
兼好に与えられた表現手段としてはもう一つ、和歌がありました。和歌に長(た)けた人であったからこそ、彼は40代以降は歌人として都で活躍したわけですが、しかし兼好の胸には、和歌を詠むことでは排泄しきることができないものが、あったのです。おそらくその時代、いくら随筆を書いても生活の足しにもならなければ、歌人としての評価にもつながらなかったと思うのですが、それでも書かずにいられない澱(おり)が兼好の中には溜まっていたのでしょう。
同様の孤独を、私は清少納言の上にも見るのです。枕草子には、
「すこし日たけぬれば、萩などのいと重げなるに、露の落つるに枝うち動きて、人も手触れぬに、ふと上ざまへあがりたるも、『いみじうをかし』といひたる言どもの、『ひとの心には、露をかしからじ』と思ふこそ、またをかしけれ」
という文章があります。雨上がりに、雨露がついて重そうな萩を眺めている清少納言。誰も触れていないのに、露が落ちた瞬間にひょいと枝がはね上がる様子に「いみじうをかし」と思いつつ、「他人にはこんなことツユほども『をかし』くないのだろうなぁ、と思うのがまた『をかし』!とも、彼女は思っている。
そこには、「こんなことで面白がっているのは私だけ」という孤独の自覚があります。が、彼女はその孤独をも『をかし』とする、あっけらかんとした感覚を持っているのです。それは、「あやしうこそものぐるほしけれ」という、兼好のひねりの入った孤独の客観と、似てはいるけれど少し異なるもの。
私はそんなところに、男女の違いを見るのでした。随筆という手段をとらざるを得なかった二人の資質には、共通した部分がある。しかしそこには、決定的な違いもある。
今の世で随筆を書く女として生きる私は、徒然草を読んでいると、つくづく「男だなぁ! 」と思うのでした。男好みの、男ならではの感覚が、そこには満ちている。
(後略)