数年前のある晴れた夏の日中
私の知り合いである大工のAさんは会社からの指示により、
鉛筆でなぐり書きされた補修箇所が書かれた紙とお粗末な地図を片手に、
軽トラを運転し一人某アパートのドアの立て付けの修理に行ったのだそうである。
そして、いざアパートに着き、
「あーあ、さっさとでかしてさっさと帰ろう」
と思ったかどうか定かではないが、おそらくそんなことを考えながら、
部屋番号の書かれた地図を開き、アパートに向かおうとすると、
「???・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うーん困った、そこには同じ形のアパートが3棟並んでいたそうである。
それほど今時ではないタイプである年配の大工のAさんは、
携帯ももちろん持ってはいないし、公衆電話を探すのも面倒で、
<まーよくあることだし、とりあえず部屋番号は分かるんだから、一部屋ずつ当たっていけばなんとかなるだろう>
と思いながら、ドライバー一本片手に205号と書かれた紙を見て、
一つ目の階段を上がり一番奥にある205号室へと向かった。
鍵も預かっていたそうだが、誰か居ては困るのでチャイムを鳴らし、誰も居ないことを確認すると、
鍵をドアノブに差し込んでガチャガチャと回してみてもドアは開かない。
どうも目的の部屋ではないようだ。
次に中央のアパートに行くがこれも一棟目と同じくドアは開かない。
ということは最期が正解の筈である。
こんなちょっとしたことでも最期というのは人間ツキの無さを感じる物であるが、多分Aさん自身同じ気持ちであっただろう。
きっとそんなことを思いながら、最期に残った205号室のドアノブに鍵を差込み、ノブを右にひねりドアを引くと、
ガチャガチャ
開かない
押しても引いてもただガチャガチャ音がするだけで全く開かなかったそうだ。
<会社で鍵を間違ったな>
そう思った大工のAさん。
多分帰りの道中にもブツブツ文句を言いながら、とりあえず会社に戻り、
今度は正しい鍵を持ち、どのアパートなのかを聞き、また仕事場であるアパートへ行った。
今度は目的のアパートの階段をさっさと登り、鍵を開けて部屋に入ろうとすると、
2人の私服の男が近づいてくるのがわかり、男の方を見ると、その男達は明らかに自分の方を向き話しかけてきた。
「今、この辺で不信な人物を見ませんでしたか?」
「はっ?いや、別に見ませんけど」
「白っぽいジャンパーに黒っぽいズボンを履いて、帽子をかぶっていてドライバーを持った男なんですが」
自分を見下ろすと、それはまさしくAさんそのものであった。
白いジャンパーに黒いズボンに手にはしっかりドライバーを握っている。
Aさんはあわてて事情をその場で説明すると、その2人の男も納得し、
自分達は私服警官であることをAさんに告げた。
警官の話では、ドライバー片手にアパートを移動しながらドアをガチャガチャといじっているAさんを
アパートの住人の女性が目撃し、
これは怪しい(ピッキング犯罪か)と思ったその女性が警察に通報したということであった。
そして決まりだからということで、ウロウロしていた人がAさんであることを確認する為、その通報者の元に連れて行かれて顔を確認され、更に、名前や会社名などもしっかり記録された。
最期まで全くツキがない一日のAさん。
この時のAさんのビックリした顔を、ぜひ直に見たかったものだと思う意地悪な私だが、
多分Aさん異常にビックリして且つドキドキしたのは通報した女性だったに違いない。
だって、もしかしたら自分がピッキング犯人逮捕に一役買うかもしれなかったんだから。