
風姿花伝にまねぶ-<9>
<五十有余>
この比よりは、大方、せぬならでは手立あるまじ。
麒麟も老いては鷺馬に劣ると申す事あり。
さりながら、まことに得たらん能者ならば、物数は皆々失せて、善悪見所は少なくとも、花は残るべし。
亡父にて候ひし者は、五十二と申しし五月十九日に死去せしが、
その月の四日、駿河の国浅間の御前にて、法楽仕り、その日の申楽、殊に花やかにて、見物の上下、一同に褒美せしなり。
凡そこの比、物数をば、はや初心に譲りて、安き所を、少々と色へてせしかども、花は弥増しに見えしなり。
これ、まことに得たりし花なるが故に、能は枝葉も少く、老木になるまで、花は散らで残りしなり。
これ、眼のあたり、老骨に残りし花の証拠なり。
真の花を得た者は、たとえ老骨の身となったとしても、その存在自体が「花」たるものだ。
世阿弥の父、観阿弥が五十二才で没する直前の最後の舞台、富士山麓は駿河の国浅間神社で舞った奉納能に、世阿弥はその老木ならではの「花」をみる。
「麒麟も老いては驢馬に劣る」と陰口を囁かれないためにはどうすべきか、
世阿弥は冒頭に「大方、せぬならでは手立あるまじ」と掲げる。
老いの花の工夫とは、逆説的な方法である。
四十代の「少な々な」と削っていって、「せぬ」までに至れというのである。
せずしてなお花を感得せしめる、これが老骨に残りし花の証拠だ、と。
参照「風姿花伝-古典を読む-」馬場あき子著、岩波現代文庫