あの時きみは、本当の言葉を、二つ言った。
『だれに向かってお前ゆうてるねん。』
『俺のせいで寝たきりなってるとか、そんなん知らんやん。』
このたった二つだけが、確かにきみの本当の言葉だった。
ぼくはその時のきみが、一番好きだ。
あとのきみは、その時と比べ物にならないほど、くだらなくてつまらない存在だ。
ぼくは、きみの本当の言葉を聴きたかった。
ぼくは、本当のきみを知りたかった。
それ以外、それはきみではない。
ぼくはそのなかに、本当のきみが隠れていることを知っていた。
ぼくは本当のきみだけを見ていた。
そしてそれが、何より冷たいことを知っていた。
生きていないのに、生きている振りをしているそれは、滑稽であった。
ぼくの側で、きみは頑張っていた。
太陽を飲み込んで、爆発しかけている河豚のように。
きみはぼくの隣で、拗ねながらも、頑張っていた。
病棟の薄暗い灯りが、きみを照らしていた。
ぼくはあの瞬間、散らばり。
情熱の欠片たち、破片たち。
いま違う星で、ぼくとは別の日常を営んでいる。
ぼくは夢で、いつもぼくの情熱の欠片たちに、話し掛ける。
ぼくの情熱の欠片たちは、ぼくを苦しめる。
ぼくはあの瞬間、ぼくから散らばったぼくの情熱の欠片たちに向かって、泣き叫ぶ。
『なんでぼくの苦しみを、わかろうとしてくれないんですか。』
ぼくの情熱の欠片は、ぼくに向かって、冷静に答える。
『わかろうとしました。わかろうとしましたが、わからないんです。』
涙声で、ぼくはぼくの情熱の欠片に向かって言う。
『こんなに苦しんでるぼくの苦しみが、わからない可哀想なきみだから、ぼくは愛したんだ。』
ぼくの情熱の欠片は、半笑いでぼくに答える。
『別にぼくは可哀想ちゃいますけどね、ぼくはそれでも幸せだからいいんですけどね。』
その瞬間、またぼくは散らばり。
ぼくの情熱の欠片と、ぼくの情熱の破片が、対峙した。
ぼくは目を覚ました。
何と無し、悲しい夢を見ていたという感覚が、ぼくを目覚めさせたが、情熱の欠片であるぼくは、なにひとつ、覚えさせてはもらえなかった。