あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

白い夢         生きるべき人たちと死ぬべき人たち

2019-04-27 18:22:07 | 随筆(小説)
中年の男が墓石に、すがりつきながら泣いていた。
妻は既に亡く、男手一つで育てていた愛娘も、先日、彼を残して逝ってしまった。


わたしは、ちょっと離れた後ろから、呆然と、その男を見ていた。
一瞬。
いつの間に、後ろに回り込んだのだろうか、わたしの背中に、男が抱きついてきた。
とても強く締め付けられた。
振り返ると、その大きく見開かれ、血走った目は、こう言っていた。
「どうして、お前は生きているのか」と。


はっとして、目が覚めた。
驚きと恐ろしさで、心臓が縮こまっている。


JR宝塚線(福知山線)脱線事故から、もう14年がたちます。







 














何故、君は生きているのだろう。
ぼくもあれから、ずっとずっと考えている。


あの日の事故、本当に凄惨だった。
あの日死んだ人たちが、すべてぼくを呪っていた。


彼らはつまり、ぼくにこう言っている。
何故、わたしが死んで、お前は生きているのか。
本当はお前が死んで、わたしが生きるべきだった。


こないだの渋谷の事故も、彼らは言っている。
老人が死んで、彼の妻と娘は生きるべきだった。


あの日の事故も、本当に凄惨な事故だった。


清算な自己。


それ以外にない。


そうは想わないか?


何故、彼らは生きるべきで、君は死ぬべきだったのか。


何故、老人は死ぬべきで、母と娘は生きるべきだったか。


でもどうかすべての人達に知って欲しい。
たった一度でも、動物が苦痛の中に死んでゆくことを知りながら、動物を殺した肉を食べ、彼らを殺してでも彼らから搾取するとき、すべての人間は死刑に相当する同等の大罪を背負い続けて生きて行かなければならない罪人となる。
遅いか早いか、すべての人間が神によって、無残に裁かれ、その醜い肉体は解体されゆく。
それは決まっている。

遅いか早いかだけだ。 肝心なことは、死に喰われんことだ。
 
 
何故、わたしがこんな目に。
どんな顔をして言う?


自分の罪のすべてを棚に上げなければそんな言葉は出てこない。
どれほど皮肉な光景であるか、気づいて欲しい。


何故、老人は死んで、母と娘は助かれば良かった?


そんな社会、今すぐ壊れてしまえばいい。


あまりに、それは幼稚だから。


ぼくは本気でそう想う。


何故、彼らは死んで、君は生き残ったのか。

ぼくは答えを知っている。
答えは一つしかない。
君は生きるべきだった。


老人は生きるべきだった。


死ぬ想いで。
死の底を、のたうち回りながら。


それとも、君はあの日死んで楽になり、彼らは皆、生き残ってこの地上の地獄で苦しめば良かったかい。


あの日、老人を轢き殺したのは、母と娘であったなら良かったかい。


その後、母と娘は、罪悪感の末に自殺したかも知れない。


君のように。


誰もが、相手の立場に立とうとするなら、愚かな憎しみなど沸いては来ない。


誰もが、自分への憎しみを、その相手に投影しているに過ぎない。


君は自分を憎み、彼らを憎み、そして死んだ。


それでもまだ、君は訴えている。
 
 
闇の底から。
 
 
君は生きていて、そこからぼくに訴えかける。


何故、わたしは生き残り、あの人たちはあんな酷い死に方をせねばならなかったのか。


では君の代わりに、ぼくが想像する。
生々しく。
あの事故現場に、今ぼくは立っている。
あの血溜まりの上に。でもそんなことは、日常茶飯事だ。
周りには、無数の黒い人影が、ぼくをじっと眺めている。
でもぼくはただ一人、少し先を歩いているぼくの後ろ姿だけを見詰めている。
目を見開いて。目を真っ赤に血走らせて。
口を半開きにして、苦しげに息をしている。
ぼくの右手には、ナイフ、左手にはハンマーが握られている。
ぢりぢりと、静かにぼくはぼくの後ろ姿に近づいてゆく。


そのあと、何が起こったと想う?


君はそれを知っているんだ。
それは既に、君が経験したことだから。


ぼくはぼくを惨殺したんだ。
原型をまったく留めないほどにね。
 
自分という一人の他者を、ぼくは惨殺した。


ぼくは自己憎悪と、罪悪感の末にぼくを惨殺する。


そこを曲がった瞬間。
ぼくらはぼくらを惨殺するんだ。
あまりにも、酷い光景だろう?
あまりにも、惨い死に方だ。
死のカーブは、とても眩しくて、誰をも吸い寄せる絶対的な力があるんだ。


それはブラックホールよりも、遥かに強力だ。


このレール上に、死のカーブは必ず待っている。
ぼくらはいつか必ず、そこを曲がらなければならない。
凄惨な死。
それはすべての存在のカルマの清算の死。


忘れないでくれ。誰の死も、すべての犠牲なんだ。


誰もが、必ず同じような犠牲を捧げ、死の苦しみを味わう。


それはすべてが同じものでできているからなんだ。


遅かれ早かれ、誰もがイエスのように死ぬ。


まだ生きて行かねばならなかったから、君は生き残った。


生きる意味が、この地上に残されていた。
それは君が選んだことだった。


君は生きるべきだった。
君はどんなに苦しくとも、死人のような顔をしてでも、生きるべきだった。


そして彼らはどんなに幸福でも、天国に比べどんなちっぽけな地上での幸福が待ち受けていようとも、死ぬべきだった。


ぼくはまだ幸福でない為、生きなければならない。


虚ろな目で死を纏い、闇に身を引き裂かれ、鉄の器具に潰され続けながらも生きなければならない。


ぼくはまだ、この白い夢から、目を覚ますことができない。
 
 
また、夢で会いにゆく。
 
 
遼太さん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



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