エビの味

 子供の頃、手塚治虫氏の「ユニコ」が大好きで、何度も繰り返し読んだ。ユニコーンの子ユニコが、旅の先々で出会う人々や動物たちを愛の力でハッピーにしてしまうというストーリーだが、その中にチャオと言う名の黒猫が出てくる話がある。チャオは赤いリボンをつけた雌の子猫。人間にあこがれて、ユニコの不思議な力で少しの間だけ人間の姿にしてもらう。人間の女の子となったチャオはゴキブリを手づかみで捕まえ、「食べない?エビの味がするのよ」と勧める。
 …本当にエビの味がするのだろうか。ゴキブリを忌み嫌う文化の中で育った私は、それを食べるところを想像するだけでも気持ち悪いが、調べてみると(胸の悪くなるキーワードの組み合わせ「ゴキブリ 食べる 味」で検索した)、百年ほど前までは世界各地で食されていたそうである。現在でも、一部で食べている人たちがいるらしい。その人たちが言うに、「小エビの味に似ている」そうな。やはりさすがは手塚氏、しっかりとしたセリフの根拠があったわけだ。
 セミもエビの味がするのだと私の友人は言う。何年か前の夏の夜、実家猫のデビンちゃんが、部屋の明かりに引き寄せられてベランダに飛んできたセミを捕まえて遊んでいた。ひっくり返ったセミが羽をばたばたさせて暴れたりするのを、最初はただ見て遊んでいるだけだったが、くわえてみたら美味だったのか、ある時から食べるようになった。とったらすぐにむしゃむしゃむしゃ。羽だけは食べずに残している。
 この話を、猫をこよなく愛する友人Mにしたところ、訳知り顔でうんうんうなずき、「セミってエビの味がするんだよ」と言った。Mには少し雲の上を歩いているようなところがあるので、あまりまともに取り合っていなかったのだが、ついでに調べてみると、どうやらMの言うとおりのようである。
 ただ、エビの味だけではなく、ピーナッツに似ているとか、フランス料理に出てきたものはアスパラガスの味だったとか、セミの味は一種類ではなさそうだ。クマゼミは「サワガニとかエビといった味」で、アブラゼミは「そら豆の味」だという記述もあったので、セミの種類によって味は違うのかもしれない。
「いつも同じえさを食べていると、たまには別のものが食べたくなるんだよ」とMは猫の気持ちを代弁する。
 つぎの朝ベランダに出てみると、デビンちゃんが前の晩に食べ残した羽と一緒に、セミの顔が落ちていた。小さなバルタン星人のマスクみたいである。セミには気の毒だが、私は内心喜んでそれを頂戴し、ライブハウスでもらってきたマッチ箱の底に貼りつけて、びっくり箱を作ったのだった。



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みゆちゃんのスーパーボール

 昨日逃げたゴキブリが、今は使っていない床置き式クーラーのうしろでもしかすると死んでいるかもしれないと期待し、クーラーと戸棚の隙間を懐中電灯で照らしてみた。光の輪の中に現れたのは、黄色いスーパーボールと、古い栗のいが。なぜ栗のいががそんなところに落ちているのかは全く謎であるが、スーパーボールはみゆちゃんが入れたに違いない。
 クーラーと戸棚の間は六センチほどであるが、みゆちゃんは子猫の頃、この隙間を出入りすることができた。みゆちゃんは呼び鈴のピンポン音が怖い。ピンポンが鳴るとよその人が来るということを知っているので、急いでこの埃だらけのクーラーのうしろに隠れるのである。家の呼び鈴だけではなく、隣の呼び鈴が聞こえてきたときや、テレビでピンポンと音がしたときにも、耳をピンと立ててそわそわしている。
 ある日ピンポンが鳴って、みゆちゃんは六センチの隙間に入り込もうとしたが、大きくなったみゆちゃんはもはや入ることができなくなっていた。それ以来、ピンポンが鳴るとみゆちゃんは二階へ避難することにしている。スーパーボールも、もう取り出せないのだろう。


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猫と虫

 九月も半ばをすぎてようやく涼しくなり、夏のあいだ 寝て過ごすことの多かった猫のみゆちゃんも、また活発に遊ぶようになった。
 行方不明になっていたオレンジ色のピンポン玉をどこからか取り出して来て、自分で転がし、廊下を走り回って追いかけている。この、形が少しいびつになったピンポン玉でみゆちゃんが遊ぶのは、時たまである。前に遊んだときから、二ヶ月とか三ヶ月とか経ったあとで、ふと思い出したかのようにどこからか持ち出し遊ぶ。あ、そうだ、あれで遊ぼう、というわけだ。最後に使ったときどこに転がって行ったか、ちゃんと覚えているのである。
 廊下は滑るので、あと足の爪をがりがり立てる音や、床を滑ってしゃあしゃあ言う音、だったか走る音で、大変騒がしい。ピンポン玉が床を転がる音や、玄関の土間に落ちて跳ねる音もする。
 ああ、やってるなと思い、こちらの部屋で用事をしていると、音の種類が変わった。どたんどたん、ごろん、何かが落ちたような音もする。何をしているのだろう、見に行こうかしらと思ううちに、みゆちゃんが部屋に駆け込んできた。ぞぞ。そのみゆちゃんの前を、黒いものが、明らかに自らの力で走って―ピンポン玉のようにみゆちゃんに転がされているのではなく―、テーブルの下に逃げ込んだ。また出た…。
 二、三週間ほど前にも出たのだ。部屋の隅っこに置かれた箱の後ろを、右から左から、みゆちゃんが突っついていた。「何か」と遊んでいるのだ…。非常に嫌な予感がして、と言うよりもむしろ確信を持って、腕に鳥肌を立てながら見ていると、果たして箱の後ろから黒いものがかさささととび出して、壁を三十センチほど登ったかと思うと引き返し、絨毯の上を滑るように走って、ソファの下にとび込んだ。ソファのうしろに、キンチョールを撒く。しばらくして、そいつは少し離れた場所で死んでいた。
 みゆちゃんはテーブルの反対側へ回り、ちょいと手でつつく。虫は再び走り出すが、すでに弱っているようだった。またみゆちゃんに先回りされ、虫もUターンを試みるが、少し行ったところで、猫の前足に押さえられた。
 が、すぐにまた解放する。食べるつもりではなく、遊んでいるのだ。実家のちゃめも、夜中にゴキブリを捕まえて、父の枕元に置いておいたそうである。そういえば、子供の頃好きだった手塚治虫の漫画「ユニコ」に出てきた猫は、ゴキブリを捕まえて、「エビの味がするのよ」と言っていた。
 結局虫は、台所の今は使っていない床置き式クーラーのうしろに逃げ込んでしまった。みゆちゃんは、クーラーと食器棚の間に積まれた古新聞の山の上に乗って様子をうかがっていたが、バランスを失って、新聞と一緒に壁際へ落っこちてしまった。這い上がろうとするが、新聞の山が崩れて登れない。仕方がないので無様なおっちょこちょい猫を引き上げてやった。
 クーラーのうしろにキンチョールを噴霧しておいたが、虫の生死はわからない。



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