杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

彼方の友へ

2024年07月15日 | 
伊吹有喜(著) 実業之日本社(刊)

「友よ、最上のものを」戦中の東京、雑誌づくりに夢と情熱を抱いて――
平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。
そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった――戦前、戦中、戦後という激動の時代に、情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。(内容紹介より)


実業之日本社創業120周年記念作品で、竹久夢二や中原淳一が活躍した少女雑誌「少女の友」(実業之日本社刊)の存在に著者が心を動かされて書かれたそうです。(この雑誌には川端康成や吉屋信子著の少女向け小説や中原淳一の叙情画、宝塚スターやファッション情報が載り、読者の投稿欄も賑わっていたそうです。)
本作の長谷川純司という画家はその中原淳一がモデルとなっていて、少女向けの雑誌を作り続けた編集者たちの姿が描かれています。

物語は戦前から戦後の激動の時代を生き抜いた一人の女性の回想形式で進みます。

昭和12年。
父が失踪し母も体調を崩したため進学を諦め西洋音楽の私塾で通いの内弟子として家事の手伝いをしながら学んでいた波津子は、父の遠い親戚の辰也の勧めで『乙女の友』大和之出版編集部に雑用係として働くことになります。この雑誌は昔から波津子の愛読書で、有賀主筆や叙情画家の長谷川純司は憧れの人でした。
古ぼけた銘仙の着物としめ縄のような三つ編み姿の波津子は、有賀や長谷川、翻訳詩人の霧島美蘭や同僚で明るい史絵里ら洗練された人々の中で孤独を感じますが、幼馴染の慎ちゃんから貰った付録のフローラ・ゲームのカードと『乙女の友』への熱い思いが支えとなって一生懸命に働きます。このカードの描写がとても素晴らしくて美しい花の絵が頭に浮かんできます。
萩野先生の原稿を取りに行った際の大胆な行動のエピソードを読むと、彼女が取り柄のない平凡な少女などではないことが推測されますね。
有賀は自分の監視のために彼女を付けられたと感じ、自分から辞めるよう冷たく当たりましたが、波津子の人柄と彼女の『乙女の友』愛を知り、傍に置くことにします。

昭和15年
編集部見習いとなった波津子。
バロンこと徳永先生の破廉恥な振る舞いのエピソードに失笑したのも束の間、空想小説家の空井先生に起きた恐ろしい出来事を通して戦争の足跡が迫って来るのを感じます。空井の開けた原稿の穴を埋めるために波津子の「お話」が掲載されて作家デビューしますが、美蘭は去っていきます。
読者との集い「友の会」では愛国少女からの非難や憲兵の居丈高な態度が書かれ胸が塞がります。

昭和18年
波津子を励まし手伝ってくれていた史絵里は結婚して編集部を去り、幼馴染の慎ちゃんも学徒動員で出兵、時世に合わないとの理由で降板 を余儀なくされた長谷川も有賀と袂を分かちます。更に有賀も岐路を迎えます。そこには辰也の影がありました。明示されていませんが、辰也は諜報機関の人間で、波津子の父の失踪にも彼が絡んでいたようです。
有賀の過去について(美蘭の妹サヤと婚約していたこと。サヤの死など)も明かされ、美蘭の強い想いには女の強さを感じました。

昭和20年
有賀の跡を継いで主筆となった波津子は、言論の規制や紙が不足していく出版業界の厳しさの中で、「友よ、最上のものを」を志しとしたこの雑誌を守り抜いていきます。彼女に反発していた浜田も、大空襲の折に波津子たちに助けられたことで変わります。表紙を担当していた画家の房江先生は、目の前で下宿先の母子が爆弾の直撃を受けて焼死したショックで東京を離れます。その描写がものすごくリアルで読んでいて苦しくなりました。

上里編集長は初めは有賀や波津子に辛くあたっているように見えましたが、実は誰よりも二人を認めていたことがわかってきます。
登場人物に悪人が一人も出てこないのも何だかホッとするというか嬉しい。

戦後、食料にも事欠く中で発行された『乙女の友』を大勢の本屋さんが仕入れに来る場面での「届けますよ、友たちへ」には涙が出ました。リュックに入れられ運ばれていく雑誌。「友」の背から「彼方の友」へ。タイトルはここからとられ、そしてこれしかない!と思わされました。

エピローグで老人ホームに波津子を訪ねてきた人たちの身元と彼女との思いがけない関係が明かされます。特に「あの一夜」で授かったであろう有賀と美蘭の子孫の話から、フランスに渡った長谷川の思い(彼の有賀への想い)を知るとちょっと切なく、同時に温かい気持ちにさせられました。
そして有賀と波津子に通じる五線譜の暗号。有賀から彼方の友へ、ディア波津子、シンシアリィ、ユアズ(親愛なる波津子 私は永遠にあなたのもの。)二人はプラトニックな関係でしたが誰よりも深く想い合っていたことがわかります。もうね~これって最高の愛の言葉です。
あ、タイトルは有賀の「彼方の友=波津子」への想いも込められているのかな。



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