すこしずつ進もう

ジョギング、合気道、ダンスに音楽
下手のヨコズキ暴走中!
何か一つ光るものが得られるまで
日々精進です!

意識を伝える

2012-12-13 23:04:10 | 合気道
この歳になって・・・合気道を始めてから
私って自分のことなーんにも理解してなかったなぁって思う
できないものだと決めつけてたり
やらなくていい事だと思ったり
動かせるはずの筋肉や神経を無視してたり
やっと自分に向き合えるきっかけをもらえた感じ
どうかねぇ・・・私って・・・
それなりに色々やってきたつもりだったけど
思った以上に不器用で、センスなかったわぁ
もっと中からも外からも鍛えたい・・・
と思いながら
最近家に帰るとパソコンの前で缶ビール片手に動画観てるわけですが・・・
なんとも・・・
やはりオヤジ化である



意識と感覚
イメージすることって大事
思い通りに動かすことが、できなくても
できたときのイメージをふくらます
そこから感覚が養われる・・・と思う
例えばピアノを弾くときに
右手と左手で違うメロディーを弾く
両方いっぺんに両方ともできちゃえば問題ないけど
できなければ片方ずつマスターする
それでも合せて弾けないとき
今度は左手で引いて右手のフレーズは弾かずに歌う
一見関係ないように見えるけど
歌う事が出来ると弾けるようになる
子供のころは先生に言われたとおりにそういう練習をして
そうすれば弾けるってことだけ認識してたけど
何故弾けるようになるのか考えたこともなかった
今思うに
歌う事で右手で弾くイメージをして
右手に通う神経が学習されてたんだろうなぁってね・・


心理学では感覚は意識の一つなんだって・・
へぇ・・・
そぉなんだ
意識って色々な捉え方があるけどもともとの意味は覚醒すること
眠っているもの・・・休んでいたものが目覚めるんだよね
例えば誰かを好きになったら
相手の存在を意識し始める
会うたびに心臓の動きが速くなったり顔が赤くなったり・・・するらしい・・
きっと
自分の体の中でイメージされたものが体現されてるんじゃないの?
って思う


合気道でもそうだろう
何をやってもあれもこれも・・って課題ばかりがどんどん増えてるわけですが

強い結びをつくりたい・・
あぁそうね・・・早く動く・・しっかり攻め込む・・・って
よし!
でもしっかり攻めてもそこで固まるのよ・・・
それなら腹を使って・・・そうかやっぱり呼吸力か
それにしても動きが固いよね・・・じゃぁ肩を柔らかくしないと!
という感じに
結局あれもこれもできてないじゃん・・・ってことになってる自分
慰めの言葉も浮かばないわよホント
んーでもこんなマイナスなイメージばかりでいいのか?!


合気道は足し算じゃないって以前教えてもらったっけね
掛け算なのかな?
1×1は1
1×2は2
そうそう・・・1あれば・・・!
何か少しだけ良いものがあればどんどん大きくなっていく
でもゼロが一つでもあると5×0はゼロなわけで・・
これが止まっちゃうとか力んじゃう・・・とか途中でやめちゃう
なんてことなんじゃないかなぁ
ゼロにしない努力!
0.1でもあればいい・・はったりでもいい
イメージだけでも持っていれば
ゼロにはならないもんね
できない部分はイメージでカバーする
いいイメージをしっかり持って神経に覚えさせる
学ばせる
そうしていればきっと伝わるはずだ 


呼吸すること
合気道で言う呼吸力ってなんだろう
合気道始めた手のころに
鼻で吸って口で吐くって感じの呼吸の事ですかね?って聞いて
そんな単純なもんじゃないよって笑われたっけ・・・
じゃぁ何?って言ってもしっくりこない
言葉にしてもわからないし勿論体現できない
ただ・・・黒帯さんたちの呼吸を感じることはできる
引っ張られるというよりは
吸い込まれる感覚
まさにいきなり自分の前に大きな穴が表れて
その中に吸い込まれる感じ
抵抗しても戻ってこれない・・・
不思議な感覚
そして受けの醍醐味が相手の呼吸力を感じれることなのよねぇ
すごく楽しいし、なんだかシビレル・・・あはは

何が呼吸なのかな・・・
以前言って笑われちゃったけど
合気で言う呼吸も吸って吐くことなんだそうな・・・
でもただ口で吸って・・・鼻ではいて
ってんじゃないのは確かだよね
普通の呼吸って肺に空気を取り入れて膨らませる
取り入れた栄養を体の中に取り入れて
巡らせる・・・そして吐き出す
こんな感じだと思うけど
合気だとそれだけじゃない
師範の腕とか掴ませてもらうと感じるんだけど
吸い込むと腕が膨らむ?うーん・・・
膨らむっていうか密度が濃くなるような
硬くなると同時に磁石のようにぴったりとくっついちゃうような感覚
吸い込んだ空気が自由自在に体の中に取り入れられてるみたい
実際、腕から呼吸してるっていう感じもあるんだろうな・・・
人間の体の機能としてはあり得ないのかもしれないけど
でも
・・・
結果としてそういうイメージがある
体の中の細胞全て自分の体の一部なんだし
呼吸して・・・ピンポイントにある一部分に空気を送り込む
とか、ある一部分から引っ張りこむとか・・・できてもおかしいことじゃないんだろうなぁ・・・
体のあらゆる部分へ意識を送り込む
そして感覚として覚醒されていく・・・
あぁなんか漫画チックな表現だけど
でもあるある!って思うんだよね。

以前スポーツクラブで教えてもらったヨガも・・・
先生が言ってたのがヨガで重要なのはポーズじゃない
ポーズ覚えても意味がないのよ!重要なのは呼吸です!って教えてもらって
体の硬い私は、周りの人がきれいにポーズをとるのを横目に
呼吸だけ必死にやってたっけね・・・
その時も毎回お決まりでやってた呼吸が
鼻から吸って・・・・体の前面を通り頭のてっぺんへ駆けのぼり
吐くときに体の後面を流れ鼻骨から抜けて行く・・・
って感じに呼吸をしてたんだけど
最初は何?そんなことある?なんて思ってたけど
何度もやってると実際に体の前面後面を何かが通ってる感覚ができる
イメージだけだったんじゃない?っていわれるとそうかもしれない
けど、明らかにその間隔はやればやるほど強くなっていった思い出がある
イメージ・感覚・意識・・・・
呼吸も
訓練すればイメージは感覚となり意識付けされていくんだって思う


最近の稽古で
柔らかく体を使って体の中を動かすってのが多い
派手に腹周りを動かすとただのダンスみたいになっちゃう
そうじゃなくって・・
体の中をちょろちょろと水が流れるごとく
動きを感じる
細くゆっくりと体の細部に息を吹き込めるような呼吸
大きな呼吸じゃなくって
小さな繊細な呼吸をつなげられる・・・ゆっくりとつないでいけるのが
呼吸力なのかな・・・って思う


正しい稽古をするために

道と名のつくものには起源と歴史と深い意味がある
って思うんだけど
やっぱり時代が廻れば伝わらなくなったり間違った解釈をされるのかなぁと思う
これが文字であらわせられるようなものなら文献となって継がれていくかもしれないけど
合気道って文字にあらわされても真を知ることはできないと思う
いろんな道場があっていろんな教えがある
いろんな環境があるんだろうからどれが正しいっていう事もない
その人にあった環境にどっぷりはまればいいだけなんだしね

なんで私はここの道場にしたんだろう・・・

3つ道場を見に行って一番最初に見学行った道場
見学しに行った時は、なんだか黒帯ばかりで男だらけで怖いなぁという印象
そして素人が見てもちょっとマニアックなかんじがして
たぶん私じゃこの中には入れない!つぎの道場行ってみよう!って思ってたんだけど
師範にちょっとレクチャーしてもらって
何だかわからない力を感じて・・・
合気道やりたいという目的が、これって何だろう??に変わったんだよね
単純な私はそこで”やります”と次の日から稽古に出たわけですが・・・

道場決めたのに見学の約束してたから一応他の道場もお邪魔させてもらったんだけど
それぞれ特色があって
丁寧に技の動きを教えてくれた道場や、受けもできない私に入り身投げを結構な勢いで投げられた道場もありまして・・
嫌じゃなかったし、きっと他の道場でも楽しくやれたかもしれない
けど
あのときの”なんだろこれって?”っていう感覚を味わえたかともうと微妙なところだよねぇ
もともと私が合気道で知りたかったこと・・・興味を持っていた部分って
技、動きじゃなかったんだよね
だからあの時即決したのは本能だったのかなぁ・・・
実際、もう2年半続けられたわけだし

稽古の環境はばっちり!なんだわさ
他の道場生もきっとそうなんだって思う
学べる環境であり良い物を感じ取れる環境である
あとは自分の意識をしっかりと正しいもので置いておかなきゃならない
たとえ環境が良くても稽古法が間違ってたら意味がない
間違ってるって言うと語弊があるかもしれないが
ある程度できるようになったり何度も繰り返すうちに
慣れる・楽になる・できたつもり・・・
これが結構まずいことになる
意外と良い感じにできたという経験がその場に留まらせてしまう

日々の積み重ねで段々上達していくものだ!
うんうん。勉強するのもスポーツもこの考えは正しいと思う。
だけど合気道に限っては当てはまらないんじゃないかなぁ
以前もブログに書いたけど一つ一つ上に積み重ねて上達するって感じじゃないからね
合気道って・・
地球の謎を知る!みたいなイメージ
地上にいる私たちが地球の心臓となる核に向かって掘り進んでいく感じ?
最短距離で進めるときもあれば曲がりくねって進んだり・・・
少しづつ核に向かって掘り進んでいく
大事なものを重要なことをきちんと意識して繰り返しゆっくり進む
たぶんものすごーくながい道のり
ただね・・進んではいるけど地上をなでるように進んでたら
それは進んでいても核には近づけない
時間だけたっても、高速で走りぬけてもきっと日本から南米に辿りついて
あれ?って思って
気が付いたら10年たってました・・・なんてね
そんなことにもなりかねないんだろうなぁ・・・
上手な人の技をみれば美しい!と感じて真似をしたくなる
でも簡単に目に見えるものは
大事なものを作り上げた結果を表現されたもの
そこだけをコピーしても
辿りつくのはブラジルなんだよね
辿りつきたいのは何処か?
向かう方向は間違ってないか?きちんと見つめなおす必要があるんだと思う。
稽古の動画も撮っていつでも見れる環境だし
自分の姿を客観的に見てどうか・・・
その中にしっかりとしたものはあるのか・・・
違うなら直す・・・捨てる・・・やめる
ということも大事
合気道は
下手な鉄砲数打っても当たらないって・・・



真を知る

どたばたの受け・・・振り回されて投げられて・・・
こんなかっこ悪い受けが私・・・
あぁ。美しく受けたい
でもそれだけじゃない
こんな受け方をしているうちはかなり損してるって思う
仕手の動きを感じるために柔らかく受け入れる
そして後手後手にならないように・・・
拒絶しないで受け入れたり受け入れさせたり
そんな密着した感覚があってこそ
相手の真の力を感じることができる
自分じゃまだできないことや、わからないことだらけなんだから
せめて良い物を本物をしっかりと感じ取りたいのよね
どぉすりゃいいのかなぁ・・・
重い受け、粘りのある受けを・・・ってよく言われるけど
柔らかく受け入れたら押し込まれて倒れる
じっくり感じてたら遅くなって振り回される
それじゃダメよねぇ
しっかりと相手の真を(芯も)しるための位置に自分がいないといけないんだろう
仕手のときに自分の前で剣を振るとか・・・自分の前に持ってくる・・・とか言うように
受けも自分の前で相手の力を受ければいいのかな???
んーでもまともに受けちゃだめだって言われるし
微妙な位置なのかなぁ・・・
受けって難しいわぁ

先日の稽古で正面打ちの呼吸投げだったっけかなぁ
師範に投げられて
正面打ちの剣の重さを恐ろしいくらい感じました
剣vs剣って感じじゃなくってね
剣から空気銃で撃たれるみたいに
ずしんと腹のあたりに重くのしかかる感覚
怖かったぁ
ゆっくりやってもらったから味わえたこの重さ
折角のチャンス外したくないよねぇ・・・
普段もきちんと味わえるように良い受けしなきゃなぁってね

一教で落とした後も結びで何度も何度も相手を引っこ抜く感じに
・・・っていう稽古の時
どうしても相手を引き込みきれない
相手が付いてきてくれてるんだけど
なんか感覚が違う
しっかりと芯からの力を伝え中から引っこ抜く
押して弾いての動きの中にものすごく強い繋がりを感じられるようにならないと
結びはいつまでたっても感じられないんだと思う


息を吸って吐いて体の中を鍛え上げる
柔らかく中の動きも外の動きも固まらないで
全てを活かすんだろうね
体のすみずみに意識を伝えられるような
そんな稽古をしていきたいな・・