もこにゃんとばあば

もこにゃん もうすぐ八才(2015年生れ)
登場数は少ないですがヨロシク!にゃん

放送記念日

2022-03-22 04:55:27 | 短歌

帰りたいそれのみを言う母のおり帰れないこともわからずに言う

認知症に寄り添え無きし子の我はまだの努力が足りないのかと

(認知症って、記憶を変えるのは無理だし、付き合うのは難しい。何とかならないかね~。)

1925(大正14)年3月22日、NHKの前身となる社団法人・東京放送局が日本初となるラジオの仮放送を開始したことにちなんで、NHKが記念日に制定しております。

東京放送局は、1925(大正14)年3月1日からラジオ放送を開始することを告知し、宣伝活動が行われておりました。

が、東京放送局が購入予定だった日本に1台しかないラジオ放送用送信機が、同じくラジオ放送局の設立準備をしていた大阪放送局に買い取られてしまうというトラブルが発生。

そこで東京放送局は、当時東京電気研究所にあった既存の送信機を借り受け、ラジオ放送が出来る仕様に改造し対応するも、逓信省(現:郵政省)から放送設備機器などが未完成のため放送不可と判断されてしまうことに。

すでに1925(大正14)年3月1日からラジオ放送を開始する旨を告知してしまっていたことと、大阪放送局よりも先に日本初のラジオ放送を行いたい…!との思いから、本放送ではなく試験放送という形を採り、逓信省の認可をパスしたそう。

そのため、あくまでも試験放送なことから、東京放送局のスタジオではなく、東京・芝浦の東京高等工芸学校に仮スタジオを設けて初放送が行われております。

初放送の第一声は、NHK京田武男アナウンサー(当時)によるアー、アー、アー、聞こえますか。

JOAK、JOAK、こちらは東京放送であります。

こんにち只今より放送を開始致します。

でした。

ちなみに、東京放送局にて本放送が始まったのは同年7月12日からで、大阪放送局は同年6月1日から仮放送を開始しております。

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母は大正14年生まれです。長く生きているとそりゃあ認知症にもなりますわな~。

一見認知症ではないような振る舞いをするのです。

それでも付き合っていくのは難しくて大変です。

私のカルマでこうなったのか・・・