依子たち三人と擦れ違ったのは、茶色の着物と袴の若者。髪は丁髷で腰に刀を差し、雪駄を履いている。ジーンズの若者二人と中年女性を従えていた。
「黄門さま?」
徳子が孝江に聞いた。
「慶喜様じゃあない?」
孝江が依子に聞く。
「徳川家のお庭だから、どっちかしら」
と、依子。
彼らの姿は、大泉水の船着き場から唐門跡方向へ移動していく。なにやら捜し物をしているらしい。立ち止まっては周りの景色を確かめている。
「ね、なにしているのかしら」
徳子が依子の腕を引いた。
「行ってみようよ。あのお殿様、イケメンね」
孝江が肩をすぼめた。
そぞろ歩く振りをして後をついていく。
内庭の池沿いに、築地塀の方へお殿様と取りまきたちが移動していく。
深山のように木々が生い茂っている。雨が降りそうだ。
三人は、適当な距離を保って立ち止まった。片方の若者が担いでいた大きなカメラを構えた。もう一人の若者も、反射板を持って塀の近くへ立つ。
「ダメダメ、そこじゃあ。雰囲気に合わないよ」
中年女性の声。鋭い視線がこちらを向いた。
徳子が小声で言った。
「何かのプロモーション撮影だわよ、きっと。屏風岩や音羽の滝、得仁堂方面へ行こうよ。大堰川の沢渡りもしたいし」
「その者たち、そこへなおれっ」
若者の声がした。
三人は慌てて引き返した。
江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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