紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

14若冲の鶴図

2022-10-23 08:42:26 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


「ほかに行こうよ」
 徳子が、ルーブル美術展入口の長い列を見て溜息を吐いた。
「そうね」
 孝江がすぐ賛成する。依子も列から離れる。
 東京芸術大学美術館から、東京国立博物館前に移動。案内看板には『若冲と江戸絵画展』とある。
「若、なんて読むのかしら。沖じゃないわよね。ちょんちょんに中だけど」
「ジャクチュウって読むみたい」
「偏が次とか冷とかと同じで、旁が中。チュウと読むのね。難しい」
「ここでいい?」
「どんな絵かしら」
「せっかくお上りさんで来たんだからね」
 伊藤若冲という画家をメーンに江戸時代の絵が並んでいる。
「たくさん描いた後の作品かしら。徹底的に省いているみたい」
 依子は、若冲の鶴図屏風の前で呟いた。
 一筆で描いような丸みのある鶴の体や長い足。濃淡の墨に迷いが見えない。
 楽しんで描いただろうというのが、依子たち三人の感想だ。
「おまえは、何羽いると思う?」
 群鶴図の前で観ていると後ろで声がした。
 共に八十歳くらいの、夫婦らしい二人が画面を指さしている。
「え~と、三羽でしょ」
「違う。五羽だ」
「二羽が右上を見ているし、一羽が下を」
「その他に首を曲げているのが二羽だ」
 群鶴図の右に絵の解説がある。そこには、七羽の鶴とある。
 老夫婦の言う個体の他に、隣の体に隠れるように二羽の頭があった。



江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館『俳句・めいちゃところ』
お暇でしたらこちらへもどうぞ・太郎ママ
https://haikumodoki.livedoor.blog/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・