紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(13)きみがそば

2022-10-16 08:45:11 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
「此処に祭られているのは遠い親戚」
 徳子が、大鳥居を見上げて言った。依子の身内にはいない。
「伯父さんは沖縄戦で。二十四歳だったって」
 孝江が、大手水舎で手を洗いながら言う。
 菊の御紋章が際立つ神門を潜り、拝殿で三人は英霊に黙祷を捧げた。

「ね、昼食はどうする?」
 靖国神社の主な所を見学した三人は、休憩所や売店を見渡す。休憩所には、そば、うどんなどの文字がみえる。
 少し離れた場所に骨董市のテントが並んでいる。その奥にそば処の幟がはためいていた。
 暖簾を押すとカウンターに三個の椅子がある。客は三人しか入れない。
「イラッシャ~イ」
 中から、白いユニホームを着た、七十歳は越していそうな二人の男が笑いかけた。
 湯気が立っている。奥が見えないほどだ。
 きみがそば 八百円 
 目の前に品書きがぶら下がっていた。
「きみがそば」
 依子たちは口を揃えて注文する。
「ヘ~イ」
 中の二人も声を揃えた。
「限定メニューなのね。どんなお蕎麦かしら」
「ネーミングがねぇ」
 三人は目配せして笑いを堪えた。
「ヘ~イ、オマッチ」
 三人の前に丼が置かれた。蕎麦が隠れるほど具が載っている。椎茸、ワラビ、ワカメ、タケノコ、青菜、エビ、かまぼこ、錦糸卵。薬味と、甘口の汁がたっぷりと注がれていた。
 三人は大満足で店を出ると、互いに顔を見合わした。
 どこからか三線の音がした。


江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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