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「これはね、人間で言えば六十歳位の牛皮。ブーツを造る皮と同じ。えっ、皮は皮よ。こっちは羊。四十歳位かな」
靴屋の主人は私の顔を見て言う。
「靴のことは、私はね、浅草で靴を造っていましたから良く分かりますよ。大きい皮でブーツを造ると半端な皮がでるでしょう、それで造ったのよ、これは。このメーカーは人気があってね、かなり売れましたよ」
主人はパンプスの並んだ棚から、同じ形の、高さの違う黒のパンプスを私の足元へ並べた。
「靴一足造るのに工程が三十六もあって大変なのよ。四十年も靴を造りましたよ。イヤになって売る方に回ったのですけどね。中国で造ったのが一番安くって神戸が二番。浅草が一番高いかな。今は客の流れが変わって、常連さん相手にポツポツの商売ですけどね」
私は、スポーツシューズを脱いでストッキングだけになった。
「高さはどうです? 見た目は高い方が綺麗ですけど。低い方がいいですか?」
主人は、ヒール高七センチの方を棚に戻した。
「それに、足首にバンドの付いたのもあります。これは、脱げやすくありませんし、安全ですよ」
私は、バンドのあるものとないものを履いてみた。両方とも左足が若干緩い。
「誰でも左右サイズが多少違いますからね」
主人は、暫く私の足元を見ていた。
「バンドは丁度いいように調節しますよ。どうです、そちらの羊の四十歳は」
還暦を過ぎた私は、ヒール高四センチのパンプスを、左のバンドに穴を一つ開け足してもらい買うことにした。
「お客さん、良くお似合いですよ」
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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お待ちしています。太郎ママ
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