石森則和のSEA SIDE RADIO

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どら焼物語。

2007-02-14 | Weblog
ある取材で、懐かしい2つの街へ行った。
ひとつは浪人時代から学生時代にかけて住んだ板橋区大山。
もうひとつは「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨。
久しぶりの街頭インタビューだ。

特に今回は割りとテーマに制約が少ないので
いろんなかたの素顔が見えるような取材にしたくて
しばらく会話をするなかで自然にインタビューに導入していった。

板橋では商店街をまわるのではなく、古くから営業をしている
個性豊かなお店を回り、そのお店のかたに
「おもしろい人、素敵な人いない?」と聞いて次へ行く作戦に出た。
オンエア前なので内容は「ひみちゅ」だが楽しかったなあ。
学生時代にこの街で過ごしたといったら皆優しくむかえてくれた。
「やさしき頑固店主」ばかりなのだ。

総じて言えるのは「安いものを量販店で買うのもいいけど、時には本物に触れなさい」ということをおっしゃるかたが多かった。
「ものを大切にすること、ものを愛すること、ひいては本物を選んでいるという矜持は心に芯を持たせるんだ」という主旨のことを
おっしゃるのだ。
「いいものを買いなさい」と。
ある紳士服店のおやじさんは店の奥でこう言い放つ。
「今のお客には言いたいことばかりだよ」
プロですねえと関心していると
少し恥ずかしそうに「まあ、やせがまんだな」と笑った。
かなり前から置いてあると思われるクラッシクなスーツは
それでも埃ひとつなかった。
僕以外にお客はいなかったけど(あ、僕も客じゃないや)
きっと、きょうもあの誇り高い顔で
店の奥に座っているだろう。




そのあと巣鴨に向かったのだが
少々板橋で時間がかかってしまい、夕方5時近くになってしまった。
まあ、おばあちゃんがた夕方の買い物でもしてるべやと思ったのに
・・・巣鴨の夜は早い。
まばら。

それでも取材を始めると
歩いているのは元気なお年寄りばかり、
趣味、スポーツなどいくつもやっているかたがザラにいて
若者なんかよりよっぽど行動的だ。

何人か取材していると、
ある小柄なおばあさんはちょっと恥ずかしがって答えない。
何度か話しやすい用に質問を変えるが、やっぱ無理。
僕が「歩いている方に不躾にマイクを出すほうが悪いんです。
足をとめてくださってありがとう。お気をつけて」というと
少女のように微笑んだ。

そろそろ帰るか?いや当初の目標より少ないしなあ、と
迷っていると「ちょっと」と声がする。
ん?とふりかえると誰もいない。
「ちょっと」と下から声がするので見ると、あ、
さっきのおばあさん。

「これたべな」
あ、どら焼だ。
僕は長いこと取材をしているが原則として
取材対象からいっさいものをもらわない。
「結構ですよ、申し訳ない」というと
「いいのよ、あんたがんばってるからあげる」

そう言って僕の手に大きな「どら焼」をねじこむようにして
手を振って去っていった。
「買ってきてくれたんだ」

僕はまばらに流れる人の波のなかで
右手にマイク、左手に「どら焼」を持って立っていたが
食べる前なのに「胸がいっぱい」になって
そのままかじりついた。


よし、もう少しがんばろう。
そう思ってその商店街のパン屋さんにインタビューしにいくと
表で安売りをしていたおばちゃんも
笑い上戸な上に恥ずかしがりで、笑って取材にならん。
でも、おいしいパンのつくりかたを聞くと
口調がまじめになり
「お客さんの喜ぶ顔を思って心をこめること」という。
朝、4時にはもう仕込みをしているんだって。
冬はなかなか釜が「吹かない」し
夏は「吹きすぎ」てしまうし季節によって苦労があるそうだ。
「男の人は朝ご飯はお米でしょ?」と笑うので
「僕は時々、フランスパンを齧るよ」というと
いっそう笑って
「巣鴨じゃあフランスパンは売れないよ」
そうかあ、おばあちゃんたちには硬いものなあ。
その後は、おばちゃんの笑いのスイッチが入ってしまい
結局そのままだったのだが
おばちゃん、店の奥に入っていって
「カレーパン」と「あんぱん」と
コーヒーを持ってきた。

「うちのあんこはね、本物なの。
丁寧に丁寧に作っているの。
これ、あんこがはみ出したやつだけど
本物だから食べて?」
もちろん3度は遠慮したが
その、わくわくした笑顔を見てたら
板橋の紳士服店のおやじさんの
「本物を知りな」という顔と重なった。

僕が巣鴨のお地蔵さんの見えるところに座り
ちょっと、(どら焼で)おなかいっぱいだったが
胸にしみるような懐かしい味に
かぶりついたんだい。