石森則和のSEA SIDE RADIO

ラジオマンの
石森則和がお届けするブログです!

思いがけない結末。

2008-05-18 | Weblog
羽田空港で取材したときのこと。

出発ロビーのベンチに
幸せそうな5人家族が座ってた。

中学生ぐらいの娘さんはマイクを持った僕に気づき、
読んでいた本を置いて微笑んだ。

皆、顔を見合わせて照れくさそうだが
会釈をしてくださった。

真ん中の
ふくよかなおばあさんに
マイクを向けた。


ご旅行ですか?


「パパ(息子)が九州に単身赴任してててね。
たまには家族でパパの単身赴任先に行って
一緒に温泉を巡るの」


いちばん端に座ってたメガネのパパが
にっこり微笑む。


パパにマイクを向けた。
「いやあ、お父さん、うれしいですねえ」







・・・ママでした。




パパはまだ九州だってさ。がーん。
(どうやってフォローしたか忘れた)


終わらない歌を歌おう。

2008-05-18 | Weblog
前の会社で同期だった記者が
上京してきた。

全国の報道関係者が集まる会議があったからで

『夕方会えるか?』って
メールしてきたんだ。

彼には
『文化放送の後輩記者が
日航機墜落現場を取材したとき』や
『僕が
群馬県知事選挙を
ニュースパレード用に取材したとき』など
今でも個人的に
協力してもらってる。

会社の下の
コーヒーショップで

思い出を話すつもりが
ついつい「報道論(?)」に。

今、彼は迷いながらも
報道記者として
より高みを目指そうとしていた。

でも僕は
明確な答えを出すことが
できなかった。


僕は
『日々取材しつづけ
現場で起きてることを
伝えられる喜びが
僕らの糧だ』
と言ったけど

彼は
『その先』を探してた。

僕の同期は4人いたが
記者としての採用は
僕ら2人きり。

もっとも僕は
「アナウンサー兼 記者」
・・・だったけどね。


通勤客で
ごった返す改札で

『石森を励ましに来たのに
こんな話で、ごめんな』
と手を振ったけど



君はまだ
戦い続けてるんだな。

なに言ってんだ。
これ以上の
励ましがあるか。


『石森』って呼び捨てが
懐かしかった。


あの頃の僕は
DJでもあり
よく
こんなことを言ってた。

『自分を変えてくれる歌と

自分を
変わらずにいさせてくれる
歌がある』

今夜君に

どんな曲を
贈ればいい?