前回(予告編)の続きです。
この船旅(ランチクルーズ)は、元々は神戸港から明石海峡大橋まで往復
する予定で、豪華フレンチフルコース&クラシックピアノ生演奏付きで、
まさしく誕生日にビッタリと、無料ご招待
に(友人の夫さんが何かに応募してチケットをゲットしてくれたもので)私は大喜びしていました。
船内もとてもお洒落でまるで高級ホテル並み。。
クリスマスの飾り付けも綺麗で心もウキウキ。。
2階にあるレストランの(予約ですでに用意されていた)私たちのテーブルは、船の一番前(先端)中央にあり、大きな窓からポートタワーも見えます。
「いい席でよかったなぁ〜」と思う間も無く、船内放送があって、いざ出航!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お飲物は何になさいますか?」とメニューを差し出され、私はお酒が飲めないので、アップルジュースを頼み、
(友人は何を頼んだか忘れたけれど)二人でカンパ〜イ!!
やがて前菜が出てきて、、、パンプキンスープが出てきて、、
「お天氣になってよかったね。。」などと友人と四方山話しをしているうちに。。
あれれ?? 何だか、少し悲しみの感情が胸に、、。
おかしいな。。楽しみとうれしさでいっぱいの筈が、何だろう、この感情は??
そのうち、少し船酔いしたようで、お腹がゆるくなって来て、食事の途中ながら失礼して席を立ち、
ラウンジとお手洗いのある下の階にそぉっと降りて行きました。
その階段を降りる途中には、急激に吐き気が強くなり、頭痛もしてきました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これはヤバイ!と大慌てで駆け込んだ途端、トイレの個室にたどり着く手前の洗面台に噴水のように嘔吐。。
(すみません、こんなヒドイ話にお付き合いくださってありがとうございます)
小気味いいぐらいすっかり吐き切ってしまっても、胸のモヤモヤは収まらず、何だかまた繰り返しそうで、不安です。
それにもうそれ以上食べられそうにも無いし、、
というわけで、もうテーブルには戻らず、ピアノの置いてあるラウンジのソファでぐったりと横になっていました。
周囲には同じように酔ってしまったらしい人がチラホラ。。
客室乗務員の方が通りかかったので酔ってしまったことを伝えると、おしぼりやお水を持って来てくれました。
私は薬は飲まないので、そのままそこにじっと座っていました。
そしたら、理由も無く、なぜか涙が出て来るのです。。
それ以上にキツかったのが頭痛。
頭がガンガン割れそうに痛くて、「船酔いでこんなに頭痛がするものなのか。。」と不思議でした。
席に戻らない私のことを心配した友人が様子を見に来てくれたのですが、
「もうこのままじっとしてる方が、、」と断って、
せっかくの誕生日お祝いの豪華ランチなのに申し訳ないけれど、、
とワガママを許してもらいました。
そしてそのまま一人で目を瞑って静かにしていると、(ピアノ生演奏はすでに終わっていました)
何と私自身の遥かな「過去生」がふと浮かび上がって来たのです。。
(この時は映像で見えるというよりも、その状況が本を読んでいるような感じで伝わってきました。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それはスウェーデンでの出来事のようでした。
そうか、、私はこんな船で(事故で)沈んだことがあったのだな、、。
その時の私(女性)は(船の中で働く)「看護士」をしていた
みたいで、まだ若く独身だったけれど、婚約者がいたらしく、
その彼とは船の中で知り合ったようで、その人はどうやら音楽家(ピアニスト)だったようだ。。
その船と共に(タイタニック号では無いけれど)私は沈んで死んで、彼はその時は陸上に居たので、
もう会えないまま別れてしまうことになったのだな。。とわかりました。
そして私はその船の中で働いている立場だったため、お客様を最優先して、救命ボートには乗れなかったようで、
「ほんとうは自分も助かりたかった!」けれど、とてもそんなことは言えなかったこと。
その船旅の中で仲良しになった小さな子(4歳ぐらいの女の子)がいて、その子は助かったのかどうか?
「きっとまた会いましょうね!!」と固く約束したことを思い出したのです。。
(そうか、もしかしたら、その子が今生では私の娘として生まれて来てくれたのかも。。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなことが脳裏に次々に浮かんで来て、友人がまた様子を見に来てくれた時には、少し頭痛も和らいできていました。
それで友人に涙ながらにそんな「過去生」の話をしつつ、オーリングテストをして確かめたのでした。。
それが、ほんとうにあったことかどうか、科学的に検証することは出来なくて
も、自分の中で腑に落ちることや、符合することなどがたくさんあったのです。
このことについては、また改めて書きますが、たまたま本日(11/22)のさとうみつろうさんのページから過去ログを見たら、そこにこんな記事がありました。
★ 生前の記憶媒体は「水」だった
(2019.8.10 さとうみつろうオフィシャルブログ)
前世を覚えている子どもや、>胎内記憶、雲の上にいた記憶や「水」!の中に居たことを覚えている子もいて、
そんな話を自分の子から聞いたお母さんたちがさとうみつろうさんにその話を伝えているのです。。
池川明先生(産婦人科医)がそういう話(胎内記憶)を集めて
本も書いておられますが、それとはまた別に外国でも研究している人がいたのですね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
長くなりますので、私のこの過去生つながりで思い出したことなどについては、
また次回に。。
本日も「光のチャレンジ」に遊びにきてくださってありがとうございました。
長文を最後まで読んでいただき感謝です。
この船旅(ランチクルーズ)は、元々は神戸港から明石海峡大橋まで往復
する予定で、豪華フレンチフルコース&クラシックピアノ生演奏付きで、
まさしく誕生日にビッタリと、無料ご招待
に(友人の夫さんが何かに応募してチケットをゲットしてくれたもので)私は大喜びしていました。
船内もとてもお洒落でまるで高級ホテル並み。。
クリスマスの飾り付けも綺麗で心もウキウキ。。
2階にあるレストランの(予約ですでに用意されていた)私たちのテーブルは、船の一番前(先端)中央にあり、大きな窓からポートタワーも見えます。
「いい席でよかったなぁ〜」と思う間も無く、船内放送があって、いざ出航!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お飲物は何になさいますか?」とメニューを差し出され、私はお酒が飲めないので、アップルジュースを頼み、
(友人は何を頼んだか忘れたけれど)二人でカンパ〜イ!!
やがて前菜が出てきて、、、パンプキンスープが出てきて、、
「お天氣になってよかったね。。」などと友人と四方山話しをしているうちに。。
あれれ?? 何だか、少し悲しみの感情が胸に、、。
おかしいな。。楽しみとうれしさでいっぱいの筈が、何だろう、この感情は??
そのうち、少し船酔いしたようで、お腹がゆるくなって来て、食事の途中ながら失礼して席を立ち、
ラウンジとお手洗いのある下の階にそぉっと降りて行きました。
その階段を降りる途中には、急激に吐き気が強くなり、頭痛もしてきました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これはヤバイ!と大慌てで駆け込んだ途端、トイレの個室にたどり着く手前の洗面台に噴水のように嘔吐。。
(すみません、こんなヒドイ話にお付き合いくださってありがとうございます)
小気味いいぐらいすっかり吐き切ってしまっても、胸のモヤモヤは収まらず、何だかまた繰り返しそうで、不安です。
それにもうそれ以上食べられそうにも無いし、、
というわけで、もうテーブルには戻らず、ピアノの置いてあるラウンジのソファでぐったりと横になっていました。
周囲には同じように酔ってしまったらしい人がチラホラ。。
客室乗務員の方が通りかかったので酔ってしまったことを伝えると、おしぼりやお水を持って来てくれました。
私は薬は飲まないので、そのままそこにじっと座っていました。
そしたら、理由も無く、なぜか涙が出て来るのです。。
それ以上にキツかったのが頭痛。
頭がガンガン割れそうに痛くて、「船酔いでこんなに頭痛がするものなのか。。」と不思議でした。
席に戻らない私のことを心配した友人が様子を見に来てくれたのですが、
「もうこのままじっとしてる方が、、」と断って、
せっかくの誕生日お祝いの豪華ランチなのに申し訳ないけれど、、
とワガママを許してもらいました。
そしてそのまま一人で目を瞑って静かにしていると、(ピアノ生演奏はすでに終わっていました)
何と私自身の遥かな「過去生」がふと浮かび上がって来たのです。。
(この時は映像で見えるというよりも、その状況が本を読んでいるような感じで伝わってきました。)
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それはスウェーデンでの出来事のようでした。
そうか、、私はこんな船で(事故で)沈んだことがあったのだな、、。
その時の私(女性)は(船の中で働く)「看護士」をしていた
みたいで、まだ若く独身だったけれど、婚約者がいたらしく、
その彼とは船の中で知り合ったようで、その人はどうやら音楽家(ピアニスト)だったようだ。。
その船と共に(タイタニック号では無いけれど)私は沈んで死んで、彼はその時は陸上に居たので、
もう会えないまま別れてしまうことになったのだな。。とわかりました。
そして私はその船の中で働いている立場だったため、お客様を最優先して、救命ボートには乗れなかったようで、
「ほんとうは自分も助かりたかった!」けれど、とてもそんなことは言えなかったこと。
その船旅の中で仲良しになった小さな子(4歳ぐらいの女の子)がいて、その子は助かったのかどうか?
「きっとまた会いましょうね!!」と固く約束したことを思い出したのです。。
(そうか、もしかしたら、その子が今生では私の娘として生まれて来てくれたのかも。。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなことが脳裏に次々に浮かんで来て、友人がまた様子を見に来てくれた時には、少し頭痛も和らいできていました。
それで友人に涙ながらにそんな「過去生」の話をしつつ、オーリングテストをして確かめたのでした。。
それが、ほんとうにあったことかどうか、科学的に検証することは出来なくて
も、自分の中で腑に落ちることや、符合することなどがたくさんあったのです。
このことについては、また改めて書きますが、たまたま本日(11/22)のさとうみつろうさんのページから過去ログを見たら、そこにこんな記事がありました。
★ 生前の記憶媒体は「水」だった
(2019.8.10 さとうみつろうオフィシャルブログ)
前世を覚えている子どもや、>胎内記憶、雲の上にいた記憶や「水」!の中に居たことを覚えている子もいて、
そんな話を自分の子から聞いたお母さんたちがさとうみつろうさんにその話を伝えているのです。。
池川明先生(産婦人科医)がそういう話(胎内記憶)を集めて
本も書いておられますが、それとはまた別に外国でも研究している人がいたのですね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
長くなりますので、私のこの過去生つながりで思い出したことなどについては、
また次回に。。
本日も「光のチャレンジ」に遊びにきてくださってありがとうございました。
長文を最後まで読んでいただき感謝です。