<画像> モミジ、燃ゆる……
(撮 影)平成25年12月1日
(撮影場所)宮島大聖院さん境内
往年の企業戦士は独り、壮絶な最期を迎えた。
倒れた時は、平成25年11月30日昼時間(らしい)。
喉頭癌手術で8日間入院し、あまりにも早く退院したのが先の25日月曜日。
この12月10日に再入院し、11日に手術を受ける予定になっていた脳内血管の瘤が、突然爆発し、頭がい骨内に血液が爆発的に溢れたから堪らない。 本来ならばその時点で絶命したていたはず。 にもかかわらず夕刻まで自宅内で声なき悶絶の時を戦こと半日。 御心温かい第一発見者により、実兄の吾輩に連絡あり。直ちに姪及び甥に連絡した。
救急車によりH市民病院『救命救急センター』に搬送。 甥夫婦立会いのもと、引き続いて実施された脳手術は延々4時間30分に及び12月1日未明に終る。 物理的処置はされたものの切断された左側頭骸骨をもとに戻せない程に脳が肥大し溢れんばかりの状態にて縫合不可。
この段階で医師より弟家族へ通達あり、
良くて下半身不随、且つ言語応答能力不可。悪くて数日(数時間)以内に死亡。
明けて、
第2回目の医師の通達あったのは昨日12月1日正午過ぎ、
「もはや肺呼吸機能をつかさどること不可にて、脳死に至る。植物人間状態になりました……」とのこと。
まさか、
早すぎる我が弟の天命に驚き慄く。
イヴェント開催中の宮島から急遽、広島市内へ向い、脳死状態の弟に面会を果たす。
人工呼吸器の作動により、辛うじて生命維持されている。
魂は、すでに黄泉の国に旅立った後なのだ。
にもかかわらず、
物理的には、未だこの世の存在だ。
もういい。じゅうぶんであるぞ。
ごくろうさん。
企業戦士として、君は人生をよく戦った。
たぶん君は、機関銃弾やミサイル等一切搭載せず、武装解除した戦闘機に搭乗し、しかも片道のみの燃料をつぎ込んで、かの『かみかぜ特攻機』の操縦士の如く、頭がい骨から溢れ出す大量の血液をものともせず、壮烈に雲の上の天空のかなたに舞い上がったのか。
よくわかった。
潔く、突撃していった。
ダサいほどに愚直だった。
逃げ出さなかった。
やることなすこと熱く、
人生、良く戦った。
君は、
超一流にダンディーだった。
ロマンティストだった。
別れの挨拶は昨日夕刻、君がよこたわる病院のベッドの傍らにたち、敬礼!
心からの『挙手の礼』をもって、葬った。
今朝から、
我が心に「ハーフマスト」(半旗)を揚げる。
ともあれ、
先に逝って待っている我々の両親はじめ御先祖様に宜しく伝えてくれ。
人生の諸先輩にきちんとご挨拶しておいてくれ。
そして、
……しばらく、待っていてくれ、、、、。
(撮 影)平成25年12月1日
(撮影場所)宮島大聖院さん境内
往年の企業戦士は独り、壮絶な最期を迎えた。
倒れた時は、平成25年11月30日昼時間(らしい)。
喉頭癌手術で8日間入院し、あまりにも早く退院したのが先の25日月曜日。
この12月10日に再入院し、11日に手術を受ける予定になっていた脳内血管の瘤が、突然爆発し、頭がい骨内に血液が爆発的に溢れたから堪らない。 本来ならばその時点で絶命したていたはず。 にもかかわらず夕刻まで自宅内で声なき悶絶の時を戦こと半日。 御心温かい第一発見者により、実兄の吾輩に連絡あり。直ちに姪及び甥に連絡した。
救急車によりH市民病院『救命救急センター』に搬送。 甥夫婦立会いのもと、引き続いて実施された脳手術は延々4時間30分に及び12月1日未明に終る。 物理的処置はされたものの切断された左側頭骸骨をもとに戻せない程に脳が肥大し溢れんばかりの状態にて縫合不可。
この段階で医師より弟家族へ通達あり、
良くて下半身不随、且つ言語応答能力不可。悪くて数日(数時間)以内に死亡。
明けて、
第2回目の医師の通達あったのは昨日12月1日正午過ぎ、
「もはや肺呼吸機能をつかさどること不可にて、脳死に至る。植物人間状態になりました……」とのこと。
まさか、
早すぎる我が弟の天命に驚き慄く。
イヴェント開催中の宮島から急遽、広島市内へ向い、脳死状態の弟に面会を果たす。
人工呼吸器の作動により、辛うじて生命維持されている。
魂は、すでに黄泉の国に旅立った後なのだ。
にもかかわらず、
物理的には、未だこの世の存在だ。
もういい。じゅうぶんであるぞ。
ごくろうさん。
企業戦士として、君は人生をよく戦った。
たぶん君は、機関銃弾やミサイル等一切搭載せず、武装解除した戦闘機に搭乗し、しかも片道のみの燃料をつぎ込んで、かの『かみかぜ特攻機』の操縦士の如く、頭がい骨から溢れ出す大量の血液をものともせず、壮烈に雲の上の天空のかなたに舞い上がったのか。
よくわかった。
潔く、突撃していった。
ダサいほどに愚直だった。
逃げ出さなかった。
やることなすこと熱く、
人生、良く戦った。
君は、
超一流にダンディーだった。
ロマンティストだった。
別れの挨拶は昨日夕刻、君がよこたわる病院のベッドの傍らにたち、敬礼!
心からの『挙手の礼』をもって、葬った。
今朝から、
我が心に「ハーフマスト」(半旗)を揚げる。
ともあれ、
先に逝って待っている我々の両親はじめ御先祖様に宜しく伝えてくれ。
人生の諸先輩にきちんとご挨拶しておいてくれ。
そして、
……しばらく、待っていてくれ、、、、。
esedaruma
あらためまして、ありがとうございます。
早いもので、もう一年です。
弟はまだ生きているような気がしてなりません。