昨日、谷川真理ハーフマラソンに出走してきました。
2011年11月のふじのくに新東名マラソン(フル)で、膝痛を発症してからずっとランニングの方は不調でした。
2012年1月の谷川真理ハーフマラソンは、腰の治療をマッケンジー法で続けながら、何となく走れたものの、
2月の青梅マラソンでは軽い低ナトリウム症みたいな状態でフラフラになり転倒、立ち上がる時に膝を捻ってしまって以来、
10ヶ月間、ランニングをお休みしました。
その間、背骨の矯正をしながら、走れるように体を整えていました。
日常生活でも膝痛がなくなってきたこともあり、タニマリハーフにとりあえずエントリーしていました。
11月末からまた少しづつ走りはじめたものの、12月は悪天候や仕事を言い訳にしてあまり走っておらず、前日まで出走しようかどうかずっと迷っていました。
ですから当日まで準備にも気合が入らず、
当日8:30、なんと10:00スタートなのに10:30スタートと勘違いしていたことに気づき動揺・・・
自宅から赤羽まで1時間で行けるか?
正直言ってスタートに立つのは厳しい状況でしたが、奇跡的な電車の乗り継ぎに恵まれ、スタート20分前に会場到着、身支度と荷物預けがスムーズにいき、
9:55にスタートに立ちました。すでに汗だく・・・
ストレッチが足だけしかできていないという不安要素を抱えながらの出発でした。
しかも最後尾から・・・
なので、最初の5kmぐらいはずっと団子状態で、31分かかりましたが、よいウォーミングアップになりました。
快晴で、しかも無風に近い状態で走りやすいなぁと思っていたら、事前のアナウンスはあったものの、工事区間があまりに長い。
しかも砂利道だったり、鉄板敷かれてたりで、すごい悪路・・・
つまづかないように慎重に走らざるを得ませんでした。
開催するからには、運営側も本当にハラハラだったと思いますし、ボランティアの方も厚く配置されていたと思います。
運営側の皆様、本当にお疲れさまでした。
まあコースはどうであれ、現状の私はタイムなんてどうでもよく、とにかく無傷でゴールできればいいんだから関係なし。
ペースは、ラップ取りながら走りましたが、どんなに早くても5分40秒/kmぐらいでしたが、大体は6分前後で走ってました。
あと、断食後は塩分を好まない生活になってしまって、足が攣る可能性も多少なりともあったので、これにはお世話になりました。
しかも、今年は一度もつらいと思ったこともなく、1kmごとの距離の表示があっという間に近づいてくるような感じでした。
不思議なことに、いつもの年よりも全然遅いはずなのに、次の1km表示がなぜかあっという間。
こんなに楽しいなんて。。。
今までは、記録を意識しすぎて体にもすごく力が入っていたと思いますが、今回はいつもなら痛くなるはずの背中も大丈夫でした。
これもひとえに
背骨コンディショニングのおかげです。
月1回、背骨を矯正していただき、特に仙腸関節を中心として背骨を緩める体操を続けてきたことによります。
もともと膝痛がなぜおきていたかというと、整形外科や接骨院では神経痛と判断されていたのが、腰椎のズレによって、膝の滑液を出すしくみが崩れているといるのではないかと言われ、
とても納得しました。
膝を休めても休めても「軋み」がずっと残っていたからです。
そんなこんなで、膝は最後の最後まで悲鳴を上げることはなく、ゴール後も例年は一回座るとなかなか立てなかったり、着替えの時に足が攣ったりしていましたがそれもなく、
最後の最後まで息の乱れもなく、
「まだもう少し走っていたかった」
という終わり方でした。
また、今年の完走Tシャツはステキなワインレッドでカレンダーも小さいサイズで練習メモにも使えそうです。
ハーフマラソンは、デビューから、ずっと2時間を切るペースでしたから、2時間8分56分という記録は満足いくものではないのかもしれませんが、
今年は、ゴールが見えてきた時に、「また走れるようになってよかった」という思いが込み上げてきて、喜びで胸が詰まってしまいました。
10ヶ月間休む、そしてまた戻る。
このままやめてしまうこともできたけど、こうして自分の体を知ったり、自分で手当てしながらも、自分の欲求を満たしていく。
それでいいかな・・・
そして、記録狙わなければ、1kmずつの積み重ねがこんなに楽しいことを知りました。
フルマラソンの時にこの経験は活きそうです。
翌日の今日は、やや腹筋に筋肉痛があります。
これまで固まり切っていた骨盤が動いてくれたのかと理解しながら、背骨を緩める体操をしながらメンテナンスをしました。
今日は、東京は大雪。
昨日の好天に感謝します。
雪が解けたら、また少しづつ距離を伸ばしたいと思います。