後楽園について、先人の思いは如何にか、その概要の前に触れてみたいと思います。
「後楽園真景及詳誌」には、まず、当時の侍従長徳大寺実則氏の歌を載せています。
つくりけん こころも見えて 国民の
後に楽しむ 園そゆかしき
と。
また、後楽園の美しさを備中の人三島中洲も、山陽一の名園だと、次のように詩に詠っています。
「園中の花木の燦爛、泉水の清冽、巖石の雄抜、三櫂山(?)の巍峨(高く険しいさま)など、目に触れる物、悠遠の楽の窮る所を知らず」
と。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/34/6aef9c6c81e10f3c237c49b646390450.jpg)
その他、和歌にも漢詩にも、沢山詠われています。その内の一首を挙げておきます。戸田則素と言う人の歌です。
世のうさに さきたつひとの 後れきて
ともにたのしむ そのはこの園
「後楽園真景及詳誌」には、まず、当時の侍従長徳大寺実則氏の歌を載せています。
つくりけん こころも見えて 国民の
後に楽しむ 園そゆかしき
と。
また、後楽園の美しさを備中の人三島中洲も、山陽一の名園だと、次のように詩に詠っています。
「園中の花木の燦爛、泉水の清冽、巖石の雄抜、三櫂山(?)の巍峨(高く険しいさま)など、目に触れる物、悠遠の楽の窮る所を知らず」
と。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/34/6aef9c6c81e10f3c237c49b646390450.jpg)
その他、和歌にも漢詩にも、沢山詠われています。その内の一首を挙げておきます。戸田則素と言う人の歌です。
世のうさに さきたつひとの 後れきて
ともにたのしむ そのはこの園