素朴にして雅致ありと言われる茂松庵の横の小徑をしばらく行けば、その南に四天王堂があり、さらに東に進むと旧藩主の鎮守神である地蔵堂があります。その側らに御影石の石標があり、「二色ヶ岡」の字が彫られています。傍の石道を下っていくと花葉の池の岸辺に出ます。ここからは対岸にある栄唱や延養亭が見渡せ、流れ落ちる渓壑の瀬韻の趣をも臨む事が出来ます

伝え聞くところによると、往時は、この辺り一帯には花樹が多く見られ、「二色ヶ岡花」として後楽園十勝の一つに数えられていたのだそうです。なお、この「二色」を「にしき」と、読ましています。
現在では楓樹が茂鬱して、それこそ晩秋には、あの燦爛とした錦を織るがごとくの奇観を見せます。まあ、勤労感謝の日頃が一番の見頃ではないかと思います。これも、又、私の、秋の豪渓や寶福寺とともに後楽園を楽しむ年中行事の一つになっています


伝え聞くところによると、往時は、この辺り一帯には花樹が多く見られ、「二色ヶ岡花」として後楽園十勝の一つに数えられていたのだそうです。なお、この「二色」を「にしき」と、読ましています。
現在では楓樹が茂鬱して、それこそ晩秋には、あの燦爛とした錦を織るがごとくの奇観を見せます。まあ、勤労感謝の日頃が一番の見頃ではないかと思います。これも、又、私の、秋の豪渓や寶福寺とともに後楽園を楽しむ年中行事の一つになっています