ぶうちん村、風わたる。

風の吹くまま、気の向くままなんて、なかなかできませんが、楽しみを見つけながら過ごしたいものです。

国鉄・宮之城線の今  789 (終点・薩摩大口駅 10)

2010年07月09日 23時13分05秒 | Weblog
 この歴史民俗鉄道記念資料館の展示は、どちらかというと山野線にウェイトが置かれています。
 それだけ、旧大口市にとっては山野線の方がメインの公共交通機関だったということが言えるのだと思います。

 確かに、先に大口まで開通したのも山野線。宮之城線開通後も鹿児島までの距離・時間は山野線有利。地域のつながりとしても山野線。
 
 経済的・政治的にも大口は、川薩地区よりも姶良地区とのつながりが濃厚だということは明らかです。


 この展示を見ながら、宮之城線の存在意義を改めて問い返してしまいました。

 あればあったで「不便ではない」宮之城線。
 でも、「あってほしい」「あるべき」宮之城線ではなかったのではないでしょうか。

 川薩地区の人々にとっては「あるべき」路線だったということは、特別編で縷々述べてきました。

 が、川薩地区の人々が考えるほど、全体像としては、宮之城線の存在意義は薄かったのではないかと思わされたのが、このふれあいセンターの展示でした。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国鉄・宮之城線の今  788 (終点・薩摩大口駅 9)

2010年07月09日 23時07分33秒 | Weblog
 駅名標も展示してありました。

 それはそれでいいのですが、黒電話なんてなぁ~という感じです。


 どうして鉄道の企画展示って、当時使っていた物を集めるんでしょう。

 それは駅員とか関係者にとっては思い出深いものがあると思うのですが、それだけです。
 黒電話ならば、私が子どもの頃に実家にありました。

 それは違うでしょうと言いたくなります。

 と言うよりも、鉄道の企画展示はこんなものという発想の方に違和感を覚えます。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国鉄・宮之城線の今  787 (終点・薩摩大口駅 8)

2010年07月09日 23時04分56秒 | Weblog
 駅長はじめ関係者の帽子も飾ってありました。

 この連載を始めた頃、宮之城で鉄道の企画展示が行われましたが、それに対する感想と同じものを感じました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国鉄・宮之城線の今  786 (終点・薩摩大口駅 7)

2010年07月09日 22時23分41秒 | Weblog
 ふれあいセンターの4階に歴史民俗鉄道記念資料館があります。

 センター自体への入場は全くのフリーですし、4階まで吹き抜けになっているホールでは若者たちがくつろいでいます。

 4階まで階段で上がると、資料館の入り口は閉ざされていました。 
 と言うよりは、「ご自由にお入りください」で、管理人も誰もいません。

 内部が暗いなと思っていたら、自分で照明のスイッチを入れるように案内がはってありました。



 中は、伊佐市の昔の生活の様子など、まさに「歴史」と「民俗」と「鉄道」の資料館です。

 鉄道コーナーへ行きました。

 山野線・宮之城線関係の書物も展示してありました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする