ぶうちん村、風わたる。

風の吹くまま、気の向くままなんて、なかなかできませんが、楽しみを見つけながら過ごしたいものです。

息子の挑戦開始

2011年02月19日 21時21分43秒 | Weblog
 菜の花マラソンの私の姿に、突然、息子が「ぼくも大きくなったら菜の花マラソンに出たい」と言い出しました。

 ならば、まずは具体的な目標をということで、今年12月に行われる校内持久走大会で優勝しようと提案しました。
 息子からすればかなり高い目標になりますが、それぐらいの気持ちでやることが大事だと語り、今日から練習を開始しました。

 もちろん、これまでも声かけはしてきましたが、本当に声かけだけでした。


 ですから、痛風の痛みがまだじくじくと残っている私でしたが、一緒にスパランドで20分間のランをしました。

 1周700mのコースです。
 1周目は4分18秒、2周目は4分8秒、3周目は4分3秒、4周目は4分2秒、そして5周目は3分47秒で、計20分18秒。

 「ちょっときつかった」が感想。

 「楽」ではだめ。「きつい」もだめ。「ちょっときつい」ぐらいがちょうどいいと語り、このペース感覚を覚えなさいと指示。

 
 走るだけでなく、実際の大会を見てイメージトレーニングもさせようと思います。

 息子の挑戦開始は、私にとっても刺激的です。

 菜の花マラソンでは、私の走る姿は見ていませんが、いつかは私が競技している姿も見せないといけないと思います。


 【追記】
 せっかくだったから、2人で走っている姿を写真に収めておくべきでしたね(汗)。
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国鉄・宮之城線の今 2011冬 ⑪宮之城~佐志間 (2)

2011年02月19日 20時42分50秒 | Weblog
 日特工場前からの登り坂は勾配がきついことは、(1)の写真でも明らかです。

 その坂を登り切り、下りにかかるこの場所からは正面奥のはるか遠方に霧島の韓国岳が見えていましたが、ここを訪れた日には霞がかかり見ることは叶いませんでした。

  

 新しいアスファルトは妙に好きな私なのですが、左車線の下に線路跡がありました。
 
 現役時代の姿は私の手元にはありませんが、2010年2月16~17日のこのブログをご覧になればその姿を追うことができると思います。



  
 
 下り坂のアスファルトが切れたところから側道に入ります。
 路盤は削られてかつての車道と同じ高さぐらいになっていました。



  

 ここは踏切跡です。

 2010年2月17日には、謎のてすりの施設の写真を掲載しましたが、その施設はなくなり、踏切の遮断機の基礎部分もなくなっていました。



  

 田んぼの中の道路から見ると、かつての築堤は削り取られ、ずいぶん低くなっています。

 真っ直ぐに伸びた築堤の姿は大好きな場所の一つでしたが、時の流れに押されて、遂に姿を消しました。


 
  

 真っ直ぐな築堤が左にカーブをとり、佐志駅に向かおうとする場所に踏切があります。

 そこからかつての築堤跡を振り返って撮りました。

 手前の側溝が車道と線路跡の境目です。
 これからは歩道と車道を区切る所がそれにとって変わることになります。

 かつての車道も半分残りますが、線路跡はすっかり新しい車道として生まれ変わっていることが分かると思います。



 quo-taさんと薩摩永野駅から先の探検をした時、ここにも立ち寄ったのですが、わずか1週間で工事はさらに進んでいました。
 明日はそのことを述べたいと思います。
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