ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

6/22日 鳳来寺山をプチ回遊 その4:瑠璃岩で眺望を楽しみ、”山頂”に戻り、今度は岩尾根を天狗岩まで歩く。

2018-06-30 07:09:52 | 草花
この山の最高所、瑠璃岩の上に上がり、眺望を楽しむことにします。
この日の空は、梅雨の季節らしい、鬱屈感のある空でしたが、意外なことに、遠くの南アルプスの山並みが見えないこともありませんでした。
また、富士山の一部分が幽かに見える場所ではありますが、この日は、結局見えることはありませんでした。

身近な宇連山 ↓

岩の上から一番最初に見たのは、すぐ近くに聳える宇連山でした。



その右に三ツ瀬明神山

宇連山の右手に三ツ瀬明神山が聳えます。その山の左右の稜線上に、南アルプスの峰々が浮かんでいます。



遠くに南アルプスの南部 ↓

三ツ瀬明神山の右側の稜線上には、聖岳以南の山があります。



霞んでいるが北岳と塩見岳 ↓

そして、左側の稜線上には、塩見岳以北の山が幽かに見えます。



聖岳から信濃俣岳まで ↓

少しだけアップして、聖岳から信濃俣岳までを切り撮ります。



仙丈ヶ岳と北岳 ↓

北岳の左側には仙丈ヶ岳も見えていました。しかし、おぼろな見え方でしかありません。



愛・静県境の弓張山方面 ↓

目を南方に転じると、愛知と静岡の県境をなす、弓張山地はシルエットで見えています。



瑠璃岩 ↓

最高所の瑠璃岩はこんなところです。



瑠璃岩から下りて、東海自然歩道の上で小休止を入れます。


ネジキ ↓

お腹に少しだけ詰め物をしている時、頭上で咲くこの花が見えました。地面にはつぼ型の花が散り敷いています。



クリタマバチによる虫こぶ ↓

小休止を終えて、歩き出すときに、こんな上部にも栗の木があることに驚きましたが、クリタマバチもちゃっかりと虫こぶを作っています。



ウスノキ ↓

ウスノキの実も一つだけ見つけました。これから、先ほど歩いて来た”山頂”に向かって戻って行きます。



これから向かう天狗岩方面 ↓

これから歩くことになる、天狗岩・高座石・鷹打場方面に向かう岩尾根が見えています。



カキノハグサ ↓

前回来た時にはカキノハグサが花ざかりでしたが、今回は花は全く見られず、時折、若い実を見せてくれます。


ウマノスズクサ ↓

ここでもウマノスズクサは花も実もつけていません。



再び”山頂” ↓

”山頂”に戻ってきました。ここから左折して、天狗岩方面に岩稜帯を下って行きます。


ここから岩尾根歩きの下り勾配に入ります。


異株混合 ↓

奇妙な取り合わせと言いましょうか、大きい木の間に別の樹種が割り込んでいるようです。



不思議な造形 ↓

どうしてこういう形になるのか?・・・と首をかしげます。
人間に例えるならばフィギュアスケートの荒川選手がやったポーズのようにも見えます。



ヒカゲツツジ ↓

ヒカゲツツジの花を、結局、今年は一度も見ませんでした。



天狗岩にて ↓

天狗岩に着きました。ここには壊れかけた東屋があり、危ないので立ち入り禁止となっていましたので、そこには入らずに、専ら、眺望を楽しむことになります。


浜松の街 ↓

県境の山の向こうに、浜松の街がぼんやりとした視界で、広がっています。



眼下に表参道 ↓

眼下には、朝方に歩いて来た表参道が見えています。



イワタケ ↓

岩には、地衣類のイワタケが着いています。



ササユリ ↓

終わりかけの花が、最後の姿を見せてくれています。
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6/22日 鳳来寺山をプチ回遊 その3:勝岳不動から奥之院を経て、一般的な”山頂”と、最高地点のある瑠璃山山頂まで。

2018-06-29 07:01:58 | 草花
小生のネット地図上に鳳来寺山と書かれた場所が二か所あります。
一つは標高684mの山頂の看板があり、人も20人は寄れそうな、如何にも山頂らしい雰囲気のある場所です。
もう一つは、そこから直線距離で140mほど北にある、「瑠璃岩あるいは瑠璃山」と呼ばれる岩上の場所で、こちらは標高が695mあり、この山の最高地点になりますが、人が三人も寄れば一杯になりそうな岩の上です。

684mの”山頂”では樹木に囲まれていて眺望は得られませんが、最高地点695mの瑠璃岩の岩上からは北から東にかけての眺望が広がり、晴れた日には南アルプスの眺めや、富士山の頭の部分がちょっぴりと見えます。

今回は”山頂”を経由して、瑠璃山に到るまでの道のりをレポートします。
丸太の橋 ↓

東海自然歩道の諸施設も、予算不足からでしょうか、大分古びて傷んできていますが、この丸太橋などはまだましな方でしょうね。



六本杉 ↓

看板には”六本”と書かれていますが、この大きな古い切り株の外にはもう一本大きな木が立っていましたが、それ以外はどれがそれに該当するのか? と思いながら通り杉?ました。
”別れの六本杉”となりましたね。



エンシュウハグマ ↓

秋にきれいな花を見せるエンシュウハグマは草の株が勢いを増してきています。



倒木に着生ラン ↓

行く手に倒木があり、それにはマメヅタランが着生していました。



奥之院 ↓

ボロボロになった建物は奥之院です。これが由緒ある建物ならば、早く更新して欲しいですね。


奥之院の裏にある露岩の上からは西から南にかけての、良い眺めがあります。


表参道 ↓

岩の上から表参道を見下ろします。



ニガナ ↓

岩の上に、ニガナの花も見ます。



山岳景観:奥之院の裏手の岩からの眺めをご覧ください。

城山方面 ↓


富幕山 ↓


金山・吉祥山方面 ↓


本宮山 ↓

一番奥の山です。

西三河の焙烙山 ↓


眼下に”ブッポーウォール” ↓

あの縦長の建造物は、平成6年の愛知国体時にクライミング競技に使われた人工の登攀用の”壁”で高さは33メートルあります。しかし、今では全く使われていませんから、どんなに長さのある壁だとしても、”無用の長物”に成り下がっています。
建物のフォルムはコノハズク(声のブッポーソー)のミミズク型の耳を思わせるものがありますね。
名前に”ブッポー”(ソウ)がありますので、当然のことかもしれませんが・・・。



ヤブコウジ ↓

ヤブコウジは未だ蕾です。



コアジサイ ↓

ここのものは花が終わってしまっています。



ツツジ科 ↓

岩の壁にツツジの花で赤味の濃いものが咲いています。
あれはサツキなんでしょうか?



ドウダンツツジ ↓

ドウダンツツジも花が終わってしまっています。



”山頂”

ここが標高684mの一般的な”山頂”です。木々に隠されて眺めがよくありませんので、最高地点のある、瑠璃山山頂を目指し、稜線を歩きます。



ミヤマシキミ ↓

木たちも花の時季が終わって、実を大きくする過程に入っています。



コアジサイ ↓

こちらのコアジサイは、花が未だ残っていました。


鉄の階段 ↓

瑠璃山の手前に、立派な鋼鉄製の階段が掛けられています。



瑠璃山の瑠璃岩の下 ↓

瑠璃岩の直下まで来ました。あの岩上がこの山の最高所となります。


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6/22日 鳳来寺山をプチ回遊 その2:本堂にお参りして、山頂目指して勝岳不動まで進む。

2018-06-28 07:08:27 | 草花
(以下はwikiより抜粋、加筆したものです。)
鳳来寺は大宝2年(702年)に利修仙人が開山したと伝えられる。利修仙人は、山の木のほこらの中に住みながら修行を続けていたが、そのかたわら、霊木の杉から本尊・薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将、四天王を彫刻したとも伝わる。
655年(85歳の時)に百済へ渡り修業をして鳳凰に乗って帰国する。
帰国後は文武天皇の病気平癒祈願を再三命じられて拒みきれず、鳳凰に乗って参内したという伝承があり、鳳来寺という寺名及び山名の由来となっている。
利修の17日間の加持祈祷により、天皇は快癒。この功によって伽藍が建立されたという。

大正3年(1914年)に本堂を焼失したが、昭和49年(1974年)に現在の建物が再建された。
(引用終了)

このブログでたびたび名前の出る利修仙人は、570年4月7日、山城の国に生まれたと言われます。
修験道の開祖である役行者の血縁だったという説もあります。

文武天皇の御代の後は、聖武天皇の病気を治し、光明皇后より額を授けられています。
この額は仁王門の扁額
となっているそうです。

仙人は地元で悪さを働いていた三匹の鬼を改心させ、従者として従えていたそうですが、878年に308歳(凄すぎっ!!)で亡くなる際、この三匹の鬼たちも仙人を慕って一緒に死んだと言われています。

鳳凰に乗って見たり、鬼を従えて居たり、308歳まで生きて居たりと眉に唾する話ですが、信仰とはこういう世界感から始まりやすいですね。
そういえば空中遊泳した方も居ましたね。

鳳来寺山のレポートに入ります。
石段登り ↓

このあたりで石段の8割方をこなした様です。


ちょっと寄り道します。


胎内くぐり ↓

這いつくばらないと通り抜けられないようでしたので、これはパスしました。
岩窟の中には石仏が祀られていました。



ジャノヒゲ ↓

この付近でだけ見たように記憶しています。



石段登りの終局 ↓

あの天頂が1450段の最後の部分となります。



本堂の横 ↓

参詣道は本堂の横に出てきます。奥の平屋建ては田楽堂となっていて、平常時は訪問者の休憩舎となっています。



本堂の正面 ↓

午前7時53分ということで、まだ本堂が開いていませんし、参詣客も居ない、静かな空間です。



山頭火の句 ↓

田楽堂の欄干には種田山頭火の句が掲げられています。山頭火は昭和十四年四月廿二日にここに来ているのですね。しかし、その時は本堂が消失していたはずで、彼の目の前にはどんな景色があったのでしょうか。


本堂を後にして山頂を目指します。まず始めに鏡岩の下に行って見ます。



ドクダミ ↓



鏡岩(屏風岩)の一部分 ↓

鏡岩(屏風岩)は本堂の背後に聳え立つ岩壁で山頂部は、日本三大分布の松脂岩(ガラス質火山岩)で構成されています。その昔より信仰の対象となっていました。善人も悪人も分け隔てなく映し出す鏡は“平等”の象徴とされ、屏風岩(鏡岩)の信仰もあって、昔は祈願の際に鏡を持参する人が多かったそうです。



コノハズク(声のブッポウソウ)の石像 ↓

昔は宵の頃から「ブッポーソー・ブッポーソー・・・・・」と鳴くコノハズクの声がこの鏡岩に響き、こだましたと言われていました。昭和10年6月にはNHKの実況放送がされたこともあるとか言うことでした。
しかし、この場所で「ブッポーソー・・・」の声が聞かれなくなって、もう30年以上経つようになってしまいました。
小生は昭和58年の6月に、田楽堂の前にテントを張って、家族とともに「ブッポーソー・ブッポーソー・・・」と繰り返して鳴くこの鳥の声を、生で聞いています。
でもその声は「キョッ・キョッ・キョー」という三音節の繰り返しで聞こえたものです。
あの鳴き声をもう一度聞きたいものと思い、いろいろ頑張っていますが、なかなか実現しません。



テイカカズラ ↓

山に来て標高が上がっていますので、平地では花期の済んだ花が未だ残っています。



古いお堂二棟 ↓






利修仙人の石像 ↓

ここでも窟の洞に利修仙人が出てきました。



イワタバコ ↓

その岩にはイワタバコが着いています。



山道三様 ↓








ユズリハ ↓

三河の岩山ではユズリハをよく見ます。



勝岳不動 ↓

この手前の岩壁から水の滴りがあって、そこにはお不動様が祀られています。



イワガラミ ↓

その岩上にイワガラミが見えました。



ササユリ ↓

もう花には充分に遅かったのですが、ピンクの花が可憐な姿を見せてくれました。
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6/22日 鳳来寺山を今度は石段登りで その1:石段登りの始まり 松尾芭蕉の句碑 仁王門 傘杉

2018-06-27 05:57:59 | 草花
5月25日に鳳来寺山に来ていますが、またやって来ました。 今度は昔ながらの表参道石段登りで、鳳来寺の本堂を目指します。
この道は松尾芭蕉や種田山頭火、若山牧水たちが通った道でもあります。
(以下は引用文)

”木枯に 岩吹とがる 杉間かな” 芭蕉

(元禄四年閏十月二十三日(1691年12月12日)のことです。)
松尾芭蕉は上方から江戸へ帰る途中、新城の門人、太田白雪を訪ねた。当時、鳳来寺山は三河随一の霊場で、芭蕉も鳳来寺山への参籠(さんろう)を希望していた。翌日の朝、白雪の案内で弟子を伴い、新城から16km以上の道を歩き鳳来寺山表参道へ到着したのは午後であった。曲がりくねった参道を進み、200段余りの階段を登ったとき、仁王門に差し掛かった時、芭蕉は身震いする寒さのために一気に疲労を感じて持病(一説には”痔”であったとも)が起こり、参詣を断念して下山することになった。このとき、上の句は即詠されたということである。


”夜着一つ折り出(いだ)して旅寝かな” 芭蕉

芭蕉は持病がひどくなり、頂上まで登らずに引き返し、表参道にあった「家根屋」という旅館に泊めてもらった。(この日は鳳来寺の秋祭りで、どの家も満員であったため、無理に頼みこんだものだったという。)
与えられたその部屋は風が吹き抜け、布団もお粗末だったために、芭蕉のことを案じた弟子たちが夜道を奔走して、やっと一軒の家から拝み倒して、夜着(掛布団の一種)を一枚借りることが出来たという。
その時の句が上掲のものである。(引用終了)

鳳来寺山のレポートを6回に分けてやっていきます。
位置図 ↓


行程鳥瞰図 ↓


実行図 ↓


断面図 ↓


一の門 ↓

この場所に無料の駐車場があり(休日は有料だそうです。)、そこに車を置かせていただきました。
この門から山に向かって昔の門前町の面影が残っています。



表参道 ↓

昔の勢いは失せてしまいましたが、表参道という感じは残っています。



自然科学博物館 ↓

朝早かったので立ち寄ることはしませんでしたが、ここでは
鳳来寺山を中心とした郷土に生息する植物・動物・きのこ、地質の総合展示で
動物:哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、昆虫類
植物:樹幹、さく葉標本、植生
地学:岩石(堆積岩、火成岩、変成岩)、化石、石の利用などを見学できるようです。



参道の民家 ↓

旅館や硯の工房などがありました。



石段の入り口 ↓

石段は全部で1,425段あるそうですが、数え方によって随分数字が違ってきます。
(以前、小生が数えながら歩いた時には1200段ほどでした。)
この入口でストレッチをしてから石段歩きに取付きます。


始めの一歩 ↓

歩き始めます。



ヤマホタルブクロ ↓

石段の脇にヤマホタルブクロが出てきました。



”セバイシ”あたりか? ↓

このあたりで芭蕉は句作のイメージが湧いたのではないでしょうか。これを過ぎるとすぐに仁王門が見えて来ます。
セバイシは”狭石”の変化形だと思われます。岩の狭まった道の個所といった意味でしょうか。



仁王門に到る石段 ↓

芭蕉はこの石段を上ることなく引き返したのだと思います。



芭蕉の句碑 ↓

この句碑は、仁王門に登る石段の取付き箇所にあります。”木枯らしに・・・”の句碑は新旧二つ設置されていて、新しい句碑は”セバイシ”のところにあり、こちらの古い句碑は仁王門に登る手前に設置されていて、もうほとんど字が判読できません。



仁王様「阿形」 ↓


仁王様「吽形」 ↓

仁王門は、慶安4年(1651)に再建され、三間一戸、入母屋造の楼門であり、屋根は銅板葺(本来は檜皮葺)となっていて、国の重要文化財になっています。
中央の柱間を通路とし、両脇前方の一間四方に仁王像を祀りますが、仁王像は県の指定文化財となっています。



仁王門より行く手を見る ↓




岡田耿陽の句碑 ↓

”霧深し大傘杉はどれならむ”耿陽(こうよう)は高浜虚子門下生で東三河の俳人です。
御神木である傘杉を探しながら、石段を頑張って登っていたのでしょうね。



その「傘杉」 ↓

(引用文):日本一の樹高を誇る大杉「傘杉」は樹高約60m、枝下約31m、樹齢は推定800年になります。新日本名木百選に選ばれるこの杉は、枝が“傘の骨”のように広がっていることから名付けられました。
(引用終了)
もう20年以上前のことになりますが、この根元に落ちていたセッコクの株を持ち帰り、我家の柿の木に着けておいたものが毎年花を咲かせてくれています。



ヤマアジサイ ↓

石段の道は杉の木の下で、どちらかというと薄暗くさえもあり、比較的涼しく歩けています。
そんな道沿いにこの花を見ます。



石段はまだ続く ↓

もう半分くらい来たのでしょうか、結構筋肉が熱くなってきています。



ユキノシタ ↓

道脇の石にこの花が咲いていました。



ハエドクソウ ↓

撮りにくい花が出てきました。
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季節の花 ウチョウランを見てきました。

2018-06-26 06:59:55 | 草花
6月の下旬になるとウチョウランの花が咲く頃となります。
今年は花が早いので、気が焦り気味となっていましたが、幸いなことに梅雨の中休みがありそうなので、その日を選んで出掛けてきました。

愛知県では、鳳来湖を取り囲む山の岩場に、ウチョウランが着くことで知られていますが、だいぶ以前から続く野生ランブームでウチョウランも人の手の届く場所のものはほとんど取られてしまい、今残っているのはほとんどの場合、人が近づけないようなところのものに限定されてしまいました。

今回はそういうことを覚悟して、望遠レンズをカメラに装着して山に入りましたが、運よく花に近づけた時のことを想定して、近写用のレンズも持って行きました。

岩棚に ↓

やはり、最初は遠くで咲いているものが出てきました。



ギボウシのそばで ↓

これも近づけない場所で咲いています。



これは花ざかり ↓

人の近づけない場所ですので、悠々と咲いています。



色が薄い ↓

これは無理をすれば手の届きそうな場所でした。色の薄い花でした。



蕾 ↓

これは近い距離にありました。



あちこちに ↓

この岩場ではあちこちに散らばって咲いています。人が近づける場所ですとこうはいきません。



崖っぷち ↓

これは別の場所のものです。
崖の下から見上げると、横からなら何とか近づけそうですので、回り込んで接近します。
両方の足元は空中に突き出した木の細い幹で、写真を撮る小生も空中遊泳中です。



これも崖のもの ↓

しばらく歩いて違った場所のものです。今度は崖を横から見て撮ります。
この場所のものは、縦位置でかなり散らばって咲いていました。



ツツジ科の花とともに ↓

色の派手さにおいては、ツツジ科の赤い花の色には負けますが、つつましいピンクの色がとてもシックに見えてしまいます。



ついに近寄れた ↓

花を探して歩きまわったおかげで、花と至近距離で撮れる株がありました。早速近写用のレンズに換えて向き合います。



こちらはやや色の薄い二輪 ↓

色の淡い二輪を撮ります。



お友達 ↓

こちらは最盛期のお友達同士です。



蕾 ↓

今にも花を開かんとする場面です。



元気な株 ↓

崖を回り込んでたどり着けた株です。



それを近写 ↓

それに近づいて撮ります。無理をすれば、他にもあったのですが、この辺で切り上げて、今年のウチョウラン探勝は幕にします。
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