沖縄スティも後少しとなりました。今年最後の石獅子(シーサー)探しにでます。南城市前川区と八重瀬町新城です。行政区は違っても意外と近い位置にあります。バスと徒歩で訪ねます。
A=新城の石獅子(A)B=新城の石獅子(B)C=前川区の石獅子(C)D=前川区の石獅子(B)E=前川区の石獅子(A)
こんなコースです。
◇先ずは新城の石獅子(A)です。ここは目印の神社があるのでわかりやすいですね!しかし、ここからが大変!いくら探してもそれらしきものは見あたりません!
やっと人が歩いたと思われる細い崖の小径を発見!恐る恐る登るといきなり展望台のようなものが、、、。(画像の白い線)
やっと人が歩いたと思われる細い崖の小径を発見!恐る恐る登るといきなり展望台のようなものが、、、。(画像の白い線)
その足元にかわいい顔をした「新城の石獅子(A)」がありました。まるでかくれんぼうのようです。
隣は民家ですがね!袋小路になっています。石獅子の後ろ脚のコンクリートに平成24年3月11日?でしょうか?この日にここに移されたのでしょうか?
平らな顔つきです。平らな顔の石獅子は初めてです。割合シンプルな造りです。
どうも本当はここが出入り口のようです。しかし、塞がれています。どういうことでしょうかね!
◇次に向かったのは新城の石獅子(B)です。
「もも保育園」の横にありますが、ここからは見えません。
お尻をこちらに向けておりました。どこを向いているのか気になったので方角を測ると「東」でした。
やはりシンプルな造りの石獅子です。
顔つきも「新城の石獅子(A)」と似てますね!同じ造り手でしょうかね。村を守る様子がよく分かります!
「もも保育園」の横にありますが、ここからは見えません。
お尻をこちらに向けておりました。どこを向いているのか気になったので方角を測ると「東」でした。
やはりシンプルな造りの石獅子です。
顔つきも「新城の石獅子(A)」と似てますね!同じ造り手でしょうかね。村を守る様子がよく分かります!
途中で村の高齢の女性に聴いた話では本来三体あった石獅子の内一体は盗まれたとのことでした。村を囲む三角形で配置されていたとのことです。
◇続いては、南城市前川区の石獅子(C)です。なかなか見つけにくいかと思われますので「玉城那覇自転車道」よりみた画像を示します。
貯水池の土手の上にあります。(玉城那覇自転車道:通称沖縄のみち自転車道より)
これが前川区の石獅子(C)です。これは「おきなわワールド」の駐車場の裏の道沿いにあります。それも石垣の上です。
これまでとは違い迫力ある顔つきですね。まるで恐竜のようです。邪気を追い払う迫力満点です。
こんなに大きく口を開けた石獅子は珍しいですね。ガオー!
◇次は「前川区の石獅子(B)」を探します。前川農村広場へ行く途中にありますが、振り返らないと見つけられません!
このフェンスの向こうにあるのですが全く見えません!気づかず通り過ぎますよ
県道から「前川農村広場」へ行く坂道を上って直ぐ振り返ると鎮座しています。
顔が完全に潰れていますね!残念!でも、立派な石獅子です。
顔がこのように?!向きは南西です。
◇次の石獅子はここから近くです。
直ぐに「前川農村広場」の標識が見えます。
直ぐに「前川農村広場」の標識が見えます。
前川区の石獅子(A)と前川区の石獅子(B)との位置関係です。
広場の隅に「前川区の石獅子(A)」が鎮座してました。
堂々とした石獅子です。でも、ここも頭の一部が欠けていますね。
多分、「前川区の石獅子(B)」もこのような顔だったと想像されます。全体に丸みを帯びています。
今にも走り出しそうな態勢です。向きは南西です。
◇これで2020年の石獅子(シーサー)探しは終了です。偶然見つけた石獅子(シーサー)の魅力に魅せられ各地(特に南部)を訪ねました。中には地図にも載っていないものもあり探すのに苦労したり、地図にあってもどうしても辿り着けないものもありました。村を守る石獅子に琉球の文化を垣間見ます。それだけ沖縄の歴史文化を知る上で重要な遺産といえます。残念ながら訪ねた石獅子の中には保存状態の良くないものもありました。是非これからも大切に残して欲しいと願うばかりです。
今年訪ねた石獅子の数18体
これまで訪れた石獅子の数35体
訪れた市町村は、那覇市、与那原町、南風原町、八重瀬町、南城市、糸満市。豊見城市を除く南部を網羅してます。
また、来年に続く、、、!