日々雑感

読んだ本やネット記事の感想、頭に浮かんでは消える物事をつらつら綴りました(本棚7)。

「遙かな町へ」(谷口ジロー:作)

2017-08-01 06:10:01 | マンガ
遙かな町へ」(谷口ジロー:作)小学館、2004年発行



 ふとしたきっかけで知った漫画作品。中古で購入して読んでみました。
 あれ、この画見たことあるなあ・・・と思ったら「歩く人」という作品を昔リアルタイム(「ビッグコミック」連載)で目にしていました。
 セリフのないマンガで、成人男性が歩いていろんな光景・風景を目にしていくという、かなり実験的な異色作品でした。

 原作の発表は1998年のようです。
 第3回「文化庁メディア芸術祭」(1999年)マンガ部門で優秀賞受賞作品。
 海外でも評価され、なんとヨーロッパで映画化されています。

 さてこの作品、SFの分野で言えば、いわゆる「タイムトラベル」「タイムスリップ」ですね。
 仕事に疲れ、アルコールにまみれた中年男性が、突然中学生時代の故郷にタイムスリップ。
 そこには甘美な青春時代やファミリー・アフェアがあり、自ら中学生に戻った主人公は郷愁をそそられながらひとときを過ごしてもとの時代に戻るストーリー。

 父親が失踪し、母親が亡くなった年齢に達した主人公が、過去を振り返り自分の育った家族を見つめます。それとともに、当時中学生だった主人公から見た両親の生き様をも見つめます。
 大人目線と子ども目線が混じり合って不思議な心象世界を形成している点が評価されているのかな。

 アハハ、と笑って終わるマンガとは一線を画し、内容が深く濃く、一気に読ませる勢いに作者のスキルを感じます。

書籍の内容
●主な登場人物;
 中原博史(48歳のサラリーマン。34年前の中学生時代にタイムスリップしてしまう)
●あらすじ:
 48歳の会社員・中原博史が、京都出張の帰路にふらっと乗った列車。それは自宅のある東京へ向かう新幹線ではなく、故郷・倉吉へ向かう特急列車だった。だが、なんとなく途中で戻る気にもなれず、結局故郷にたどり着いた彼は、死んだ母の菩提寺へと足を運ぶ。母の墓前で突如激しい目まいに襲われた博史が気がつくと、なんと中学生の姿に戻っていて…(第1話)。
●本巻の特徴:
 34年の時を越え、中学生時代の故郷・倉吉にタイムスリップした博史。最初の戸惑いにも徐々に慣れ、かつて憧れていた少女と二度目の青春時代を楽しみ始める。だが、まもなく父が家族を捨て、失踪してしまう「事実」を思い出した博史は、これを思いとどまらせようと決意するのだが…。谷口ジローの名作シリーズが、リニューアル版全1巻で再刊行!
●その他の登場人物:
 中原和江(博史の母。34年前に夫に失踪され、22年前に48歳で他界)、
 中原京子(博史の3歳違いの妹。20歳のとき結婚している)、
 永瀬智子(中学生時代の博史の級友。男子の憧れ的存在)、
 島田大介(中学生時代の博史の悪友)


 まあ、マンガとしては秀作です。
 しかしSF小説という視点からすると、タイムトラベルの設定に破綻があります。
 私小説としてはありがちなストーリーであり、凡作の域を出ないと思います。

「アオイホノオ」

2016-08-28 04:00:35 | マンガ
テレビ東京の深夜ドラマ
原作は島本和彦のマンガ。



<内容紹介>
主演:柳楽優弥×脚本・監督:福田雄一!原作者、島本和彦の大学時代をベースに、1980年代のクリエイター志望の若者たちが“ まだ何者でもなく、熱かった日々”を描いた群像劇!
舞台は1980年代の初め、大阪の大作家(おおさっか)芸術大学。主人公、焔燃(ホノオモユル)は漫画家を目指していた。「自分の実力ならいつでもプロデビューできる」と自信過剰な性格をしていたが、豊かな才能に恵まれた同校の学生達や、あだち充、高橋留美子といった若手漫画家の台頭を目の当たりにして自信を揺るがされる。それでも焔はプロの漫画家になるため歩み始めるのだった。


たまたま間違えて録画されているものを、消す前にチラッと見たら・・・引き込まれてしまい最後まで観てしまいました(^^)。

ハチャメチャな内容ですが、主人公の自意識過剰振りと、スリリングな展開が秀逸です。
当時の人気漫画家であるあだち充や高橋留美子の批評も面白い。

島本和彦と言えば『炎の転校生』(1983-1985)が記憶にありますね。

浦沢直樹の「漫勉」(NHK)

2016-08-28 03:27:54 | マンガ
録画してあった番組を年単位の遅れで視聴しました(^^;)。
漫画家の製作現場に乗り込んで撮影し、手の内を暴く(?)という内容。
文句なしに面白い!
世界中の日本漫画ファンから注目されること間違いなし。
こういう視点で紹介する番組は今まで皆無だったので、新鮮でした。



漫勉とは
世界中に熱狂的なファンを持つ、日本の「マンガ」。
漫画家が、白い紙にドラマを描き出す手法は、これまで門外不出のものだった。
さらに漫画には、決められた手法はなく、漫画家それぞれがまったく違うやり方を、独自に生み出していると言う。

この番組は、普段は立ち入ることができない漫画家たちの仕事場に密着。最新の機材を用いて、「マンガ誕生」の瞬間をドキュメントする。
そして、日本を代表する漫画家・浦沢直樹が、それぞれの創作の秘密に、同じ漫画家の視点から切り込む。

日本の漫画家のペン先を、世界に届ける。
それが「漫勉」。


第一回は2人の漫画制作の現場を撮影。

1.かわぐちかいじ



代表作は『沈黙の艦隊』。

まず、漫画家がシャーペンを使っていることに驚きました。
鉛筆を使っているものとばかり思い込んでいましたので。
かわぐち・浦沢ともに「B」のシャーペンだそうです。
一時、浦沢がHBへ変えてみたら「どうもしっくりこない」とすぐにBに戻したとか。

浦沢:「○○作品あたりで、眼が大きくなりましたよね。その時、あ、この人SFが描けるんじゃないか、と思った矢先に沈黙の艦隊が登場しました」
かわぐち:「編集者の意見で、眼を大きくした方が表情が豊かになりわかりやすいと言われ、描いてみたらなるほどなと思った。すると、海外を舞台にしたマンガも書けるような気がしてきた」
と興味深いやり取りがありました。

あと、鼻の描き方はマンガの鬼門で、正面の顔は難しいという話題で盛り上がりました。
江口寿史(『すすめ!パイレーツ』)は鼻梁を描かず、小さく鼻の穴の陰だけで表現した。これは漫画界にとって大きな変革だった。
なるほど。



つげ 忠男(つげ義春の弟)の名前が出てきたり、漫画界の知られざる歴史も垣間見えました。



2.山下和美
代表作は『天才柳沢教授の生活』。



少女マンガから少年マンガへ移行した珍しい作家。

製作現場は、まさに“産みの苦しみ”を体現している、凄まじいものでした。
同じ年の浦沢直樹と「うんうん、このつらさよ〜くわかる」という同級生トークが面白かった。
影響を受けた漫画家の中に岩館真理子さん(『ふたりの童話』が好きでした)の名前も出てきて、懐かしかった。

このシリーズ、他にも録画していたかなあ。

「夏目友人帳」

2014-07-31 06:01:26 | マンガ
日本漫画、2003年~(現在単行本で17巻発行、2008年~アニメ化)
作者:緑川ゆき



ーあらすじー(Wikipediaより)
 妖怪が見える少年・夏目貴志は、ある日祖母の遺品の中から「友人帳」を見つける。「友人帳」とは、彼の祖母・レイコが妖怪をいじめ負かした結果、奪った名を集めた契約書だった。
 以来、名を取り戻そうとする妖怪達から狙われるようになってしまった夏目は、とあるきっかけで自称用心棒となった妖怪、ニャンコ先生(斑)と共に、妖怪達に名を返す日々を送り始める。


 神社好きの私に、友人から薦められたマンガです。
 妖怪が出てくるので「あやかしマンガ」系でしょうか。

 しかし、おどろおどろしい世界を描くのではありません。
 軽い、ほのぼのとした雰囲気を纏っています。
 キーワードは「孤独」と「絆」という普遍的なもの。

 ただ、主人公や妖怪達の設定が不明瞭でキャラ立ちが弱く、あやかしの世界を借りた「エッセイマンガ」に甘んじているレベルとも云えます。
 好きな人ははまるかもしれないけど、私には今ひとつかな・・・まあ、夜寝床に入って読んでほっこりした気分になって眠るよい薬にはなりました。

 と思いつつ読み進めると・・・第10巻あたりから雰囲気が変わってきました。
 主人公が「あやかしを霊力で手名付けるのではなく、友情という“絆”で仲間を増やしていく存在」に成長していくのです。

 なるほど、こういう展開があったか。
 ちょっと面白くなりそうです。

「珈琲どりーむ」(漫画:ひらまつおさむ/原作:花形怜)

2012-11-02 06:48:14 | マンガ
 珈琲のうんちく漫画です。

 主人公は老舗の日本屋の息子で、実は大の珈琲好き。和服姿で近所の喫茶店に入り浸ります。
 そこは幼なじみ&恋人の家でもあり、互いの両親は「日本茶vs 珈琲」を絵に描いたような犬猿の仲。
 「将来はカフェを開きたい」と、反対する父親の逆風に晒されながらも「珈琲事業部」を立ち上げ、いろんな人と関わり合いながら夢へ向かってコツコツ前へ進む主人公の様子が描かれている内容で、ストーリーを追いながら珈琲に関するトリビアが知らないうちに身についているという美味しい漫画です。

 いろんなうんちくがでてきますが、自分自身の興味の方向もわかって意外な発見もあり楽しめました。珈琲産地の情報や歴史は気になり、特にラオスの現地状況やエクアドルの森林農法の話は目から鱗が落ちました。一方、珈琲を他の食材でアレンジした飲み物には興味がわきませんでした(笑)。

 ちょっと残念なのは、紆余曲折を経ながらも毎回無難なラストで終わること。
 主人公がもっと失敗して右往左往する展開があると、読み応えが出てくるんですけどねえ。


メモ
 自分自身のための備忘録。

珈琲の珍品「ピーベリー」と「コピ・ルアク」
 ふつう、赤いコーヒーの実の中には、半球形のコーヒー豆が2つ、平らな面を向かい合わせて入っている。しかしごく希に一つの豆しか入っていない物がある。これを「ピーベリー(別名:丸豆)」と呼ぶ。
 ピーベリーはコーヒー豆全体の10%ほどしかないので珍重されるが、味わいも異なる。そのまん丸の形状から、豆全体をうまく均一に焙煎することが可能だからである。ジャマイカやブラジル産のピーベリーは、通常の豆と区別して売られていることがある。
 一方「コピ・ルアク」インドネシアで採取される珍品。これはコーヒーの実を食べたジャコウネコの排泄物(ウンチ)から、消化されないで残った豆を取り出した物。

珈琲と農薬
 実はコーヒーは世界で最も農薬が使われている作物ワースト3の常連である。コーヒー生産国では、農園労働者の農薬被害が大きな社会問題となっている。
 しかし珈琲を飲むことに関して云えば、農薬の危険はそれはどない。コーヒー豆は果実に包まれており、農薬が直接は当たらないからである。更に火を使って焙煎をし、豆そのものを食べるわけではない。

珈琲の名前に「○○○マウンテン」が多い理由
ブルーマウンテン ・・・ジャマイカ
エメラルドマウンテン ・・・コロンビア
クリスタルマウンテン ・・・キューバ
コーラルマウンテン ・・・コスタリカ
カリビアンマウンテン ・・・プエルトリコ
アンデスマウンテン ・・・エクアドル
等々。
 なぜこのような名前が多いのかというと、それは良質なコーヒー豆は山岳地帯で収穫されることが多いから。
 珈琲の木は20℃前後の気温と適度な雨を好む。また水はけのよい土壌や昼夜の温度差も重要である。このような様々な栽培条件を満足させられるのが熱帯の山岳地帯と云うことになる。
 世界中の優良なコーヒー豆の多くは、車も入り込めない山の急斜面で収穫される。農夫たちによる手作業が行われ、運搬にはラバが使用される。その後も加工や選別、袋詰めなどの作業があることを考えると、ふだん何気なく飲んでいる一杯の珈琲がいったいどれほどの人の手を通ってきているのか想像もつかない。

ペーパーフィルターには「レギュラータイプ」と「ヨーロピアンタイプ」の2種類がある
 レギュラーの方が目が詰まっている。
 珈琲豆は焙煎してから時間が経つほどガスが抜けて湿気ってくるのでお湯の吸収力が落ちる。そのため、スーパーなどで売られている古い豆は目の詰まったレギュラータイプでじっくり抽出しないと十分なうま味が出ない。
 逆に焙煎したての豆の場合レギュラーでは余計な雑味まで出てしまう。

ヨーロッパ一の珈琲大国はフィンランド
 ヨーロッパで一番珈琲を飲むのはエスプレッソのイタリアではなく、カフェオレのフランスでもなく、実はフィンランド人。国民一人当たりの珈琲消費量は年間約1200杯! 
 一般的なフィンランド人は毎日朝起きてから夜寝るまでに5-6杯の珈琲を飲む。
 そんなフィンランドにはKUKSA(ククサ)という伝統的なマグカップが存在する。白樺の木にてきたコブを加工して作ったもので、送られた相手が幸せになるという言い伝えから、出産祝いなどプレゼントの定番品となっている。

代用珈琲
 現在では珈琲輸入大国の日本だが、かつては輸入量ゼロの暗黒時代があった。原因は太平洋戦争で、昭和19年にはゼロへ。
 当時、珈琲は敵国の飲み物であり、それを飲む人は非国民扱いされた。ガマンできない珈琲好きの人達は、珈琲に近い苦みや香りを求めて試行錯誤を繰り返し、代用珈琲の登場となった。
 日本では百合やタンポポの根、カボチャの種、サツマイモの屑、サラにはドングリの実までを代用珈琲にしていた。真っ黒に焦がしたこれらの材料をお湯に溶かして珈琲に似た色や苦みを味わう・・・つらい時代だったと思われる。
 コーヒー豆の輸入が再開されたのは昭和25年。

オールド珈琲「オールド・ガバメント・ジャワ」
 戦前ジャワ島の珈琲はオランダ政府が管理していた。専用の貯蔵庫で10年ほど寝かせた生豆は、当時世界で最も優秀な珈琲と云われていた。
 ジャワ島では戦後ゴムの栽培が農業の中心となり、珈琲はゴムの保護植樹としてのロブスタ種ばかりが栽培されるようになった。
 ロブスタ種はそれ以前に栽培されていたアラビカ種に比べて格段に味が落ちるため、今ではジャワの珈琲に昔のような名声はない。

※ 収穫から数ヶ月以内の生豆をニュー・クロップと呼ぶ。数ヶ月以上1年未満はカレント・クロップ、1年から2年でバースト・クロップ、そして3年以上の生豆がオールド・クロップ。

インド珈琲の子孫たち
 珈琲はエチオピアをを原産地年、その後アラビアに伝わり、長い間イスラムの支配階級に独占されていた。
 1500年代前半になると、飲料としての珈琲はエジプトやシリア、トルコなどへ伝わったが、珈琲の木がアラビア以外に持ち出されることはなかった。イスラム総員により非常に厳しい管理がなされたいたためである。
 その珈琲の木を初めてアラビアの外へ持ち出すことに成功したのが、インドからやってきた聖地巡礼者、ババ・ブタンであると伝えられている。彼が持ち出した珈琲の木はインド南部の米ソールで栽培され、後にオランダ人によってジャワ島へと移された。ジャワ島一帯で栽培されるようになった珈琲の木は、その後西インド諸島へ伝わり、さらに中南米へと広まっていった。

アメリカン珈琲はお湯で薄めた珈琲ではない
 アメリカン珈琲の誕生はアメリカ開拓時代と云われている。当時、珈琲豆は非常に高価で重量単位の売買が行われていたため、豆を浅煎りにすることでできるだけ重量を減らさないようにしていた。深煎りにすると水分が抜けた分重量は軽くなってしまう。
 さらに焙煎後の味の劣化は深煎りの方が速いので、広大なアメリカ大陸を流通させるには浅煎りは都合がよかった。

 ではなぜ日本では湯で薄めた珈琲に成り下がったのか?

 1970年代前半、ブラジルのコーヒー農園が霜害で壊滅的な打撃を受け、珈琲の価格が世界的に高騰したことがあった。それとほぼ同時に、アメリカから日本にファストフードのチェーン店が上陸し”珈琲おかわり自由”という当時としては画期的なサービスを始めた。
 それに対抗するため、少ない珈琲豆でたくさんの量を淹れる苦肉の策として考えられたと云われている。

 現在のアメリカの珈琲はどうなっているか。

 ヨーロッパの影響が強い東海岸では濃厚なエスプレッソが好まれている。
 西海岸では今も薄味の珈琲を飲んでいる人が多いらしい。

エクアドルの森林農法
 エクアドルは近年、世界で最も環境破壊が進んだ国tぴわれている。実際、既に9割を超える森林が失われた。
 森林農法は、森の中で珈琲を栽培する方法。
 珈琲のような商品樹木を材木用の樹木と一緒に育て、一つの土地で農業と林業を同時に行うので、森林を伐採することがない上に、土壌や環境の保全が可能になる。それにバランスの保たれた生態系では害虫の発生が少ないため、農薬や化学肥料を使わずに安全な珈琲を作ることができる。

「百日紅」by 杉浦日向子

2011-02-19 17:48:53 | マンガ
 以前取り上げた「百物語」と作者は同じです。
 今回は江戸モノでも葛飾北斎と取り巻きの日常を江戸情緒たっぷりに描いた作品。

 江戸っ子の”粋”が随所に感じられる傑作だと思います。
 これ見よがしのケレンではなく、行間(コマ間?)から情感がにじみ出てくる展開から推測して作者の力量は大したものです。
 例えて云えば”いぶし銀の仕事師”でしょうか。

 北斎は酸いも甘いもかみ分けた、ちょっと斜に構えたガンコ爺、風に描かれてよい味を出しています。
 ほかの登場人物も自他共に認める変人達、それが皆自然体で、人生を楽しんでいる様子が窺われます。
 いい時代だったんですねえ。

 残念ながら杉浦さんは2005年に若くして亡くなりましたが、この作品は後世に残ることでしょう。
 同じく葛飾北斎を扱った駄作映画「北斎漫画」(1981年、新藤兼人監督)とはえらい違いです。

「関東平野」by 上村一夫

2011-02-18 23:23:07 | マンガ
 上村一夫さんの名前は「同棲時代」というマンガで聞いたことがあるくらいでした。
 揺れ動く若者の心理を味わい深く描いた傑作として私のひと世代前のベストセラーだったようです。

 他の本を購入する際、「上村一夫の自伝的戦後史」「最高傑作」というキャッチコピーに釣られてついでに購入したのがこの作品。

 全4巻、一気に読み終わったとき、涙があふれてきました。
 戦後を生き抜いた個性豊かな登場人物達の生き様に共感し、その切なさに感情が抑えられませんでした。
 戦争を経験した「昭和」という時代に生きた人々の、貴重な記録でもあると思います。
 昭和歌謡曲の代名詞であり、親友でもある阿久悠さんの詩も作品中に登場します。

 戦争中の疎開先の千葉県の農村に広がる地平線・・・それが主人公”金太”の原風景。
 親を亡くして祖父に引き取られた金太は、女装趣味の美少年”銀子”やケンカ友達の”石松”達と貧しい中にも多感で刺激的な少年時代を過ごします。

 ほどなく祖父が亡くなり、東京の知人に引き取られていく金太。
 デザイン会社に勤めながら画家を目指す金太のやや屈折した青春。戦後の混乱の中、周囲には社会の日陰で生業を営む怪しげな人々が蠢いていてストーリーに深みと広がりを持たせています。

 作品のもう一つの中心テーマは「性」です。彼自信「戦後、抑圧が解放されいろんな形の”性が”子ども達にも直接なだれ込んできた」とコメントしています。

 少年期の性への憧れと垣間見える大人の性。
 仮の親になった画家は「女体緊縛図」の大家。
 その妻は元子爵令嬢の娼婦。
 赤線の娼婦に筆おろしをされる金太。
 ゲイボーイの走りとなった銀子。
 等々、ちょっと倒錯傾向あり(苦笑)。

 種の保存のために神様が与えた”快楽”に翻弄される人間達は、古今東西の文学で取り上げられてきた永遠のテーマでもあります。
 
 ”動物の交尾”と”人間の性交”の比較を生物学者のエッセイで読んだことがあります。
 一番大きな違いは「メスにも快感があること」だそうです。
 人間に一番近いチンパンジーでさえも、性交上の快感はメスにないとのこと。

 私も「関東平野」の片隅に生まれて育った一人。
 作品中の田舎の風景はわたしにとっても”ふるさと”そのものです。
 高校を卒業してから関東を離れ、帰郷したのは15年後でした。
 子ども時代に遊んだ里山や田んぼに囲まれた家に帰ることのできる私は幸せ者なのかもしれません。街中に住んでいたときに感じた”根無し感”が解消しました。

 さて、上村氏は1986年、45歳で亡くなっています。
 私は既に彼の死亡時年齢を通り過ぎてしまいました。
 後の人生をどう過ごそうか・・・。

「百物語」by 杉浦日向子

2010-12-24 22:59:32 | マンガ
「お江戸でござる」で有名になった漫画家杉浦日向子さんの代表作(マンガ)です。

江戸時代を題材にした怪異譚というか、もののけ譚というか、ショートストーリー風の怪談が淡々と並べられています。
素っ気ないほどあっさりしているので「恐い」という印象より、おばあさんの昔話を聞いているようなほのぼのした気分になってくるから不思議です。
ヘンに説教じみておらず、「こんな話があったとさ」と余韻を残しながら終わる、心憎い演出が効いています。

江戸時代の原作があるかと思いきや、杉浦さんのオリジナルであることを知りビックリ。
漫画家の前に時代考証家だっとというから二度ビックリ。
さらにキワモノ学者の荒俣宏さんと夫婦だったと云うから三度ビックリ。

今年は遠野物語が出版されて100年記念だそうです。
昔読み耽った縁で、最近佐々木喜善さんのザシキワラシの本を斜め読みしました。
昔話や伝承を採集したものを羅列してある内容で、それを読んだ時の感覚と似ていました。

杉浦さんはガンで既に他界しています。

「深夜食堂」

2010-11-17 07:30:59 | マンガ
ふとしたことで知った、安倍夜郎さんによるマンガです。
昔よく読んだ隔週発行の「ビッグコミックオリジナル」出身らしい。

舞台は深夜営業の飯屋。
いろんな人が出入りし、一話ごとにひとつの料理とささやかな人生模様が盛り込まれます。
ホロリとくるエピソードばかりで結構泣けます。

主人は一見強面なのですが、枯れて肩の力の抜けた渋いおじさん。
人生の裏街道を歩いてきた雰囲気も漂わせます。
そんな彼が、都会の生活に疲れた人たちを暖かく迎え入れてくれるのです。
説教するわけではなく、話を聞くだけ。
時に「そうなんだ」「大変だったねえ」と相づちを打つくらい。

なんだか、居心地良さそうなお店。

このお店の魅力はなんだろう・・・
主人の包容力と素朴だけどおいしいごはんかな。

あれっ?
これって「おふくろさん」そのものじゃない。

子どものよいところも悪いところ(成功も失敗も)もまとめて受け止め、「大丈夫だよ」と抱きしめてくれる。
お腹の喜ぶ美味しいご飯を食べさせ、送り出してくれる。

日本の絶滅危惧種、あるいは失いつつある天然記念物。

「NARUTO」ーイタチの真実ー

2009-12-27 07:38:49 | マンガ
毎週木曜日午後7時半からテレビ東京で放映されている、人気漫画をアニメ化した番組です。

いつの時代も日本人は「忍者モノ」が好きですねえ。
古くは「仮面忍者赤影」「サスケ」に始まり、「忍者はっとり君」「ドラゴンボール」などなど。
私は子どもの頃「サスケ」(白土三平作)にはまった一人ですが、生きていく厳しさを垣間見せる内容に、子どもながら何とも云えぬ寂しさ・侘びしさを感じた遠い記憶が残っています。

子どもにつられて「NARUTO」を見始めたのは、もう5年くらい前になるでしょうか。
そのストーリーは大人でも十分に楽しめるレベルに練り上げられていて感心しました。
よくよく考えてみると、時代設定も不確かだし(江戸時代風と思いきや、ラーメン屋が出てきたり)、隠れて行動するイメージの忍者同士が堂々と派手な戦いを演じたり・・・ヘンといえば変です。
「忍者」というキャラを用いた「戦いドラマ(戦国物語?)」という感じでしょうか。
その昔、SF小説の一分野で宇宙を舞台にした戦争物を「スペースオペラ」と呼んだように。

ただ、他の子ども向けマンガ・アニメと異なり、惹きつけられる何かがそこにあります。
それは、「成長物語」と「血のつながり」という要素。
手の付けられないやんちゃ坊主だった主人公のナルトが、苦しい修行で挫折を味わい、仲間とのふれあいの中で友情を育み、戦いの中で勇気と信念を抱くようになって行くのです。
さらに生き抜くための厳しさと、自ら背負う業を知っていく場面では凄みさえ感じさせます。
また、忍者の長である「火影(ほかげ)」を巡って争う場面では血族の繋がりがキーワードとなっています。これは横溝正史の小説に通じるモノがありますね。

そして、2009年12月17(木)に放映された上記テーマは、40歳代後半の私も驚嘆・感動する内容で、書き留めずにはいられなくなりました。

もうひとりの主人公であるサスケの兄イタチは自分の一族を皆殺しにして抜け忍となった憎むべき存在。
両親までも殺した彼を恨んで修行・成長したサスケは遂にイタチを超える日を迎えました。
しかし、兄イタチの命を絶った後で知った真実は・・・

イタチは忍者社会の平和バランスを塾考した上での苦渋の決断として自分の一族を抹殺せざるを得ませんでしたが、最愛の弟だけは手にかけられませんでした(この一文の内容を長い時間をかけて描いています)。
自分を憎むことで厳しい忍びの世界を生き延びるエネルギーを与え、成長したサスケが自分を超えたタイミングで自らの命を捧げ、一族の未来を彼に託したのです。

なんといういうこと!
「巨人の星」以来の心理描写に長けたマンガだと思いました。

※ 海外でも人気が沸騰し、主人公のナルトは「ニューズウィーク日本版」2006年10月18日号の特集「世界が尊敬する日本人100」に選出されたそうです(笑)。