「ワリエワの悲劇」
フィギュア団体戦女子シングル(2月6、7日)では五輪史上初めての4回転ジャンプを
成功させて、ROC(ロシア・オリンピック委員会)に金メダルをもたらした最高殊勲
選手のワリエワ。でも表彰式が延期になった原因がワリエワのドーピングにあったの
ですから、この時点で失格にしておけばその後のゴタゴタは生じなかった。
昨年12月25日のロシア選手権女子シングルでワリエワは優勝して、五輪出場の
資格を得ましたが、そのときの検査の結果(禁止薬物トリメタジジンの陽性
反応が出た)がWADA(世界反ドーピング機構)によって報告されたのが8日です
が、7日の団体戦(フリー)のときには分かっていたから表彰式を延期せざるを
得なくなったのでしょう。
WADAの報告を受けてRUSADA(ロシア反ドーピング機関)は、ワリエワを暫定資格停止
処分にしたまでは、ロシアのドーピングに対する反省らしきものが垣間見えたかに思
えたのですが、ワリエワ側が翌9日に異議を申し立てたら、待ってましたとばかりに
同日夜に処分を解除した。なんという分かりやすい出来レースだ!
当然のことながら、そんな茶番は許すまじと、IOC(国際オリンピック委員会)、ISU
(国際スケート連盟)およびWADAは、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴するのですが、
ワリエワが個人戦に向けての練習を再開した10日では無く、ITA(ドーピング検査を管
轄する国際検査機関)にワリエワのドーピング違反を公表させて、大義名分を得た後
に行なった。
僕なんかの素人でもこれで勝負あった、なんて思っていたら、CASはフィギュアスケー
ト女子ショートプログラム(2月15日)の直前(14日)に個人戦の出場を認めた。
その裁定のために、前日(13日)にオンライン形式でしたが、CASはワリエワ側に事情
聴取を行ったのですが、検出濃度はWADAが定める制限を下回っているので、「祖父の薬
が食器などを介して混入した可能性が高い」と答えたそうです。
反してWADA側は、祖父がトリメタジジンを使っていた処方箋がないし、検出された濃度
は意図的な服用を示すものであり、偶然混入したものではないと反論したそうです。
ワリエワ」の尿から検出されたトリメタジジンの濃度は2.1ng/mL(1ミリリットル
あたり2.1ナノグラム)で、WADAが定める「トリメタジジンの最小要求性能限界レ
ベル(MRPL)の10ng/mL」を下回ってはいますが、MRPLはあくまでも「この数値以上
の濃度で薬物が混じっていたら、基本的に検出できるような機器でなければダメ
ですよ」という機器の感度を定めた基準であって、ワリエワ側の云うような「この
濃度以下ならば、検出されても陰性としてよい」と云うものではありません。
祖父の薬が混入したとして、ワリエワの母は「祖父が練習の送迎を行い、昼食も一
緒に過ごしている」と証言し、祖父が車内で薬の箱を持つ動画も証拠として示した
そうですが、そのような(サンプル汚染)ケースで判明した他のスポーツ選手と比
較して、およそ200倍にも当る量だそうですから、祖父のコップに相当量の成分が
付着していない限り起り得ません。それにワリエワのコーチのエテリ・トゥトベリ
ーゼが率いるチームは選手の体重や練習などを徹底管理することで知られていて、
選手たちの体重が100グラム単位で管理されていることからも、大会前には水一杯飲
むのも無断では行えないと云いますから、祖父と食事を共にするなんて絶対に有り
得ない話です。
CASがWADA側の提訴を却下した理由として、昨年12月の検査結果の報告が遅く、五輪期間
中は陽性反応を示していないことを挙げていますが、WADAはその遅れ(約1カ月半後)の
原因はスイス・ストックホルムにある検査機関に対してロシア側(RUSADA)が「ワリエワ
の検査を優先すべき検体だと通知しなかった」ことにあるとしています。コロナ禍である
ことも手伝って後回しになることを考えてのロシア側の計画的な仕業でしょ、これって。
おそらくフィギュア団体戦の最中にワリエワのドーピング検査結果が届いていない
ことにWADAが気付いて、ストックホルムの検査機関に直ぐに提出するよう要請した
のでしょう。直ぐにでも検査ができるようですし、折り返すようにして報告が届い
たものと思われます。
でもね、いずれは分かって問題になることも承知している筈だから、遅らせる理由が他に
あったと考えるのが自然。
それはプーチンの開会式出席(2月4日)の前にドーピング違反が判明し、それが組織ぐる
みであることがバレてしまうことだと。
ロシアは2014年ソチオリンピックで組織的なドーピング違反(それも隠蔽行為)を犯し、
2022年12月までの懲罰を受けている国家、いわば前科持ちですからね。そんな国の元首を
主催国である権威主義国家中国が招待できるわけがない。中共にとって唯一の大国元首が
出席できないとなると、随分とみすぼらしい五輪を印象付けることになる。で、中国も知
らぬ顔の半兵衛(反米?)を決め込んだ。
IOCは中国の手の裡にあるようなものですし、CASもIOCとは独立した機関とは云え、その会
長はIOCのジョン・コーツ副会長でやはり同じ穴のムジナ。
CASが、WADAの規約(禁止物質の陽性反応が出た時点で自動的に個人資格を停止)を曲げて、
無理筋とも思える16歳未満(ワリエワは15歳)の「要保護者」に同様の処分を下すことがで
きるかどうかはっきりしていないとして、「出場させないことが取り返しのつかない傷にな
る」と強弁して出場を認めたのも根っ子は同じで強権・金満国家中国への忖度。
中共が、今回の五輪を政治利用したことは周知のことですが、習近平個人の権威発揚の
手段としても利用しましたよね。メダル獲得のためには手段を選ばず、審判などの大会
運営者を抱き込んで露骨な判定や妨害を行って金メダルの数を増やした(増やそうとし
た)ことも周知の事実。
なお、CASの本部はスイス・ローザンヌにあるが、五輪期間中は、調停のスピードを重視
するため、出張所を五輪を行っている都市(北京)に置き、早期解決に当たる。
ワリエワは、どこまで知らされていたかは不明ながらも、出場を認められたことから、それ
まで浮かぬ顔して公式練習に臨んでいたのが一転して練習に身を入れるようになり、翌15日
のSPでは堂々の首位発進。
が、17日のフリーではスッテンコロリと2度も転がり、およそワリエワらしくない演技に終始
しました。
「ボレロ」にのっての演技は団体戦でも馴染のもの。二つ目のジャンプ、トリプルアク
セルは苦手なのか団体戦のときと同じように着氷が乱れた。続く連続ジャンプで転倒。
後半の4回転トーループでも転倒。七つのジャンプ要素のうち減点がなかったのは二つだ
け。スピン、ステップも音に合わなかった。
この間にワリエワを動揺させる何があったのか。
その鍵となりそうなのが。上に載せた画像です。左側は団体戦でのフリーの演技。右側は個人
戦でのフリーの演技。中央にあるのが16日の公式練習のときのもの。コーチのエテリ・トゥト
ベリーゼの囁きにワリエワは浮かぬ顔どころか随分と悲しそうな顔をしています。
憶測の域を出ませんが、ワリエワは自身の置かれている状況(三位以内に入ったならば、メダ
ル授与のセレモニーが延期になり、団体戦同様に他のメダリストに迷惑を掛けること)を直前
に知って、夜も眠れぬほどに苦悶したのでは。その悩みにエテリ・トゥトベリーゼは、さらに
耳に痛い情報を伝えた上に、なんとしてでも頑張れ、後でなんとでもなるから、そんなことは
気にするな、とでも囁いたのか。
15歳の少女に不正に加担を強いるようなコーチの言葉。悲しい顔になるのは当たり前田のクラ
ッカー。
耳に痛い情報とは、米「ニューヨーク・タイムズ」電子版(15日付)が、検出されたのは
禁止薬物「トリメタジジン」だけではなく、「ハイポキセン」と「L-カルニチン」も検出
されたと報じたこと。いずれも禁止薬物ではありませんが、併用することで「トリメタジ
ジン」に準ずる効果があるとのこと。
禁止薬物「トリメタジジン」は、狭心症などの心臓病の治療薬で、血管を広げることで、
心臓の負担を減らします。ですから、持久力を必要とするスポーツでは有効的に働く。
エテリ・トゥトベリゼのチームは、2015年まで疲労回復効果のある薬「メルドニウム」を
使っていたものの、2016年にWADAによって禁止薬物に指定されたことから、エテリ・トゥ
トベリゼが「選手が疲労から回復するために役立つビタミンのようなものが必要だった」と
語っているように、「ハイポキセン」と「L-カルニチン」が使われたことは確か。
そして検出された「トリメタジジン」も禁止薬物と知りながら練習時に使っていた。ただ
成分が抜ける時期を見誤っただけ。
ワリエワはそういったことを体験してきただけに、耳どころか心が痛かったのでは。
そしてワリエワは、意識的と云うより、無意識的に(ちぢに乱れた心の整理が付かぬままに)
演技も乱れた。ワリエワが計算してわざと転んだとして祖国で英雄視する向きがあるようです
が、3位につけた坂本花織の得点を知って咄嗟にそれを下回り4位に入る演技なんて出来る筈が
ありません。(ただし数点の範囲であれば、審判が斟酌した可能性はあります。)
エテリ・トゥトベリーゼがワリエワのフリー演技直後に叱咤した言葉「何で戦うことを
やめたの?説明して!アクセルのあとくらいからまったく集中できていなかったわ!」や
ワリエワが号泣しながらずっと「みんな大嫌いだ!」、「みんな本当に大嫌い!近づかな
いで私に!」と云っていたことから上のように判断しました。ロシアのメディアが「少な
くても、これで表彰式は中止されないだろう」とコーチのエテリ・トゥトべリーゼに語っ
たと報道しましたが、自らが進んで転んだとする脚色(「板垣死すとも自由は死せず」と
同様の英雄伝説)でしかない。
コーチのエテリ・トゥトベリーゼは、スケート場を「工場」、選手を「原材料」と表現するひと
らしい。逸材であっても、一度疵付いたレッテルは自他ともに長く悪い影響を及ぼすだろうし、
見切りを付けられる可能性は多分にある。が、トカゲの尻尾切りにだけはなってほしくない!
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