「エコノミストの女神」
という小説を書きました。
ホームページ、浅野浩二のHPその2
に、アップしましたので、よろしかったらご覧ください。
(原稿用紙換算130枚)
エコノミストの女神
2006年(平成18年)初夏の、午後10時頃、京急本線の品川駅-京急蒲田駅間の下り快特電車内である。
植草一秀、は、「植草一秀を応援する会」の会合が終わって、紹興酒を飲んで、ほろ酔い気分だった。
「植草さん。なあに。気にする必要なんて、ありませんよ。男なんて、みんな、スケベですよ。それより、あなたほどの、経済分析能力は、日本を救えます。我々が、応援しますから、どうか、日本を良くして下さい」
と、植草一秀は、会長に言われた。
会長は、
「ささ。どうぞ。本場の紹興酒です」
そう言って、会長は、植草の前に、コップを、置き、紹興酒を注いだ。
「有難うございます。私も、そう言って下さる人がいると、本当に、救われる、思いです」
そう言って、植草は、紹興酒を、飲んだ。
「ささ。植草さん。カラオケです。どうぞ、好きな歌を歌って下さい」
そう言って、会長は、植草に、マイクを、渡した。
植草は、
「ありがとう。では、一つ、歌わせて、頂きます」
と言って、大好きな、広末涼子の、「マジで恋する5分前」、を、歌った。
そして、ほろ酔い加減で、帰途に着いた。
そして、タクシーで、京急線の駅に向かい、京急線に乗った。
植草は、電車の中で、(ああ。もう、オレは、完全に、再起できた)、と、上機嫌だった。
(名古屋商科大学の大学院の客員教授にも、なれたし。実力がある者は、世間が、ほっておかないな)
ふと、前を見ると、一人の女子高生、がいた。
女子高生、は、チラッ、と、植草の方に顔を向けた。
その顔は、植草の憧れの、広末涼子に、似ていた。
植草の心は、ドキン、と、ときめいた。
心臓が、ドキドキしてきた。
幸い、人は、前の駅で、降りてしまって、少ない。
植草の、持って生まれた、悪いクセ、が出た。
植草一秀は、そっと、手を伸ばして、女子校正の、スカートの上から尻を触った。
しかし、女子校正、は、何も言わない。
(しめた。この子は、「痴漢―」、と、叫ばないタイプの子だ)
植草一秀は、そう確信した。
植草一秀、は、女子高生の、スカートに、手を入れた。
そして、そっと、パンツの上から、女子校生の尻を触った。
弾力のある、柔らかい尻だった。
女子校生は、黙っている。
植草一秀、は、パンツフェチだった。
尻は、直接、そのものを、触るのも、いいが、パンツの上から、触るのも、いい。
大きな尻を、ピッチリ収めている、パンツの触り心地といったら、この世のものではない。
(ああ。いい気持ちだ。何て、可愛らしい尻なんだ)
植草一秀、は、紹興酒の酩酊と、ともに、女子高生、の、尻の、柔らかさ、に、酩酊していた。
女子高生、が、何も言わないので、植草一秀、は、だんだん、図に乗って、パンツの縁から、ちょっと、手を入れた。
しかし、女子高生は、何も言わない。
(こうやって、優しく、触ってやれば、愛は伝わるものだ)
植草一秀、は、女の体、を、優しく触ることは、女を、愛撫する行為だという信念を持っていた。
植草一秀、は、女子高生、の、柔らかい、弾力のある、尻を、直接、撫でて触った。
その時である。
女子高生が、植草一秀、の方、に、そっと、顔を向けた。
広末涼子に似た、その女子高生は、目を潤ませていた。
「植草さん」
女子高生は、小さな声で言った。
「なあに?広末涼子ちゃん」
植草一秀、は、優しく、女子高生に、話しかけた。
「私は、広末涼子では、ありません」
女子高生が言った。
「どうして?だって、君は、広末涼子ちゃん、じゃない?」
植草一秀、が、聞いた。
「植草さん。酔っているんですね」
女子高生が言った。
「ああ。紹興酒を、ちょっとね」
と、紹興酒を、あびるように、飲んだ、植草一秀、は、言った。
「植草さん。確かに、私は、広末涼子に、似ている、と、よく言われます。しかし、ちょっと、冷静になって、考えてみて下さい」
と、女子高生は、言った。
「何を?」
植草一秀、は、聞き返した。
「広末涼子は、1980年、つまり、昭和55年、生まれです。ですから、広末涼子さんは、今、26歳です。私は、高校三年の18歳です」
と、女子高生は、言った。
「ああ。そうか。そうだったね。確かに、彼女は、20代半中ばだ。じゃあ、広末涼子ちゃんには、いつまでも、女子高生でいたい、願望があって、こうして、いつも、女子高生の制服を着る、コスプレの趣味があるんだね」
と、植草一秀、は、言った。
「植草さん」
女子高生が言った。
「なあに?」
植草一秀、が、優しく、聞き返した。
「そうとう、酔っていますね」
女子高生が言った。
「いやあ。ちょっと、飲んだだけだよ」
植草一秀、は、紹興酒を、浴びるように、飲んだ後だったので、酩酊していたので、冷静に、物事を考える状態ではなかった。
「植草さん」
女子高生が言った。
「なあに?」
「どうして、私が、(痴漢―)、と、叫ばないか、わかりますか?」
女子高生が聞いた。
「それは、僕の愛撫が、気持ちいいからだろう?」
植草一秀、が、言った。
「いえ。違います」
女子高生は、キッパリと、言った。
「じゃあ。どうして」
植草一秀、が聞いた。
「それは、私が、植草一秀、先生、を、尊敬しているからです」
と、女子高生が言った。
「そうなの。それは、ありがとう」
そう言いながら、植草一秀、は、女子高生の、尻を触り続けた。
「でも、どうして、僕を尊敬してくれているの?」
植草一秀、が、聞いた。
「それは、植草一秀、先生、が、秀才だからです。東京大学に、楽々、合格しました。たいして、勉強していないのに」
と、女子高生が言った。
「いやあ。僕だって、大学受験の前は、必死に勉強したさ」
と、植草一秀、は、言った。
「私も、第一志望は、国立大学で、国立大学に、入りたい、と思っているんです。それで、塾にも、通っているんです。でも、どんなに、頑張っても、数学、や、物理学、は、難しくて、わからないんです。経済学も、難しくて、よく、わからないんです。ですから、国立大学は、無理だと、あきらめているんです。私には、三流私立大学に入れるか、どうか、の、学力しかないんです」
と、女子高生が言った。
「ふーん。そうなの」
と、植草一秀、は、言った。
「それで、涼子ちゃんは、将来、何になりたいの?」
と、植草一秀、は、聞いた。
植草一秀、は、浴びるように、飲んだ紹興酒の酩酊のため、目の前の少女、が、広末涼子、なのか、大学受験を、ひかえた、女子高生、なのか、の、区別が、つかなくなっていた。
「将来は、人の役に立つ、仕事に就きたいと、思っています」
と、女子高生、は、言った。
「ふーん。立派だね」
と、女子高生が言った。
「私は、毎日、ニュースを見ています。(朝まで生テレビ)、や、(ワールドビジネスサテライト)、でも、植草一秀、先生の、経済理論は、見ていましたが、難しくて、よく、わからないんです。でも、日本を良くしようと、考えていることは、何となく、わかるんです」
と、女子高生が言った。
「ああ。竹中平蔵。あいつが、日本の、ガンだ。それと。ハゲタカ(外国資本)、ハイエナ(国内資本家)、シロアリ(財務官僚)、も、退治しなくては、日本は、良くならないんだ」
と、植草一秀、は、強気の口調で言った。
「植草一秀、先生は、そのように、純粋に、日本を良くしようという、志をもって、おられます。ですから、2004年(平成16年)、の、手鏡事件から、ようやく、ほとぼりがさめて、せっかく、名古屋商科大学からも、お呼びが、かかって、名古屋商科大学の、大学院の客員教授にも、なれた、植草一秀先生の、地位を、私なんかのために、失わせたくないんです。植草一秀先生、には、頑張って、日本で一番の、エコノミストとして、活躍して欲しいんです。ですから、私は、痴漢さても、黙っているんです」
と、女子高生が言った。
「ふーん。涼子ちゃんは、立派だね」
と、植草一秀、は、言った。
「私は、植草一秀、先生を、尊敬しているので、触られても、黙っていますが、他の、女子高生、は、触られたら、(痴漢―)、と、叫びますよ。ですから、これから、電車に乗る時は、お酒は、ほどほど、に、して下さいね」
と、女子高生が言った。
「うん。忠告、ありがとう。これからは、酒は、ほどほどにするよ。涼子ちゃん、って、本当に、人思いなんだね」
と、植草一秀、は、言った。
その時である。
近くに、座っていた、男が、立ち上がって、植草一秀、に、近づいてきた。
そして、植草一秀、に、向かって、
「あんた。痴漢は、やめなさいよ。男として最低だよ。人間として、卑劣だよ」
と、言った。
植草一秀、は、咄嗟に、酔いが覚めて、サッ、と、スカートの中から、手を引いた。
男は、今度は、女子高生、に目を向けた。
「あなたは、痴漢されているのに、どうして、(痴漢―)、と、叫ばないんですか?」
と、聞いた。
女子高生、は、男を見て、
「私は、痴漢なんか、されていません」
と、キッパリ、と、言った。
「そうかなー。私は、この目で、ちゃんと、見たよ。あなた。この男が、怖くて、言えないんじゃないの?」
と、男が言った。
「あなたは、いつから、私、と、この人、とを、見ていましたか?」
女子高生、が、男に聞いた。
「最初から、見ていたよ」
男が言った。
「これは、痴漢プレイです。この人とは、少し歳が離れていますが、私の、恋人です。彼は、こういう、痴漢プレイ、が、好きなんです」
と、女子高生、は、男に、言った。
「彼、が、私、を、触っている間、私と彼は、話していたのを、あなたは、見たでしょう。痴漢されて、嫌がっている、女が、痴漢している男と、長々と、話したりしますか?」
と、女子高生、は、言った。
男は、一瞬、迷っていたが、
「そうですか。それなら、構いませんが・・・。しかし、人に、誤解を与えますからね。そういう事は、あまり、やらない方がいいですよ」
と、男が、女子高生、に、言った。
「ええ。それは、わかっています。ですから、半年に一回、程度、電車が、混んでいない、時に、制限して、やっているのです」
女子高生、は、言った。
「そうですか。わかりました」
そう言って、男は、去って行った。
植草一秀、は、一気に、酒の酔いが覚めた。
そして、現実を、認識した。
植草一秀の顔は、真っ青になった。
「君。すまないことをした。許してくれ」
と、植草一秀、は、謝った。
「いえ。いいんです。これからは、電車に乗る時は、お酒は飲み過ぎない方がいいですよ」
と、女子高生、は、言った。
しかし、植草一秀は、不安だった。
二度、痴漢冤罪を犯したら、もう、世間から、見放されるだろう。
それで、植草一秀は、少女が、降りようとした蒲田駅で、一緒に降りた。
「君。ちょっと、話してもらえないかね?」
植草一秀が言った。
植草一秀は、もう、酒の酔いが、すっかり、覚めていた。
「はい。いいですよ」
と、少女は、淡々と言った。
植草一秀と、女子高生は、駅のプラットホームの、待合室に、入った。
そして、椅子に座った。
「君。本当に、すまないことをした。悪かった。許してくれ」
植草一秀は、ペコペコ、頭を下げて、謝った。
「いえ。いいんです。私。気にしてませんから」
「このことは、どうか、誰にも言わないでくれないかね?」
少しばかりだが・・・と言って、植草一秀は、財布から、1万円を出した。
そして、それを、少女に渡そうとした。
「いえ。いいんです」
と、少女は、断った。
「でも。それでは、僕の気がすまない」
植草一秀は、食らいついた。
「では。植草一秀先生」
と少女が言った。
「なあに?」
「私とデートしてもらえないでしょうか?」
少女の意外な、申し出に、植草一秀は、驚いた。
「それは、かまわないけれど。どうして、そんなことを言うの?」
「私。植草先生のファンなんです」
と、少女は、言った。
植草一秀は、首を傾げた。
芸能人とか、俳優、とか、を、ファン、というのなら、わかるが、自分は、経済学者である。
しかし、ともかく、少女が、そういう条件を出して来たのだから、それに従うしかない。
「それでは。いつ、どこで、デートするんでしょうか?」
植草一秀は、聞いた。
「そうですね・・・・今週の土曜日の正午に、ここの蒲田駅の待合室で、会う、というのは、どうでしょうか?」
少女が言った。
「わかった。今週の土曜日の正午に、ここで、だね。必ず来るよ」
植草一秀は、言った。
「うわー。嬉しいわ」
と、少女は、喜んだ。
「では。私。今週の土曜日の正午に、ここで、待っていますので、よろしかったら、来て下さい」
「ああ。必ず、行くよ」
「では。さようなら」
そう言って、少女は、立ち上がって、笑顔で、手を振って、改札を出ていった。
植草一秀は、キツネにつつまれれた、ような、感覚だった。
しかし、ともかく、一大事にならなくて、ほっとした。
電車が、やって来たので、植草一秀は、乗った。
・・・・・・・・・・
家に着いた植草一秀は、ほっとして、すぐに、布団に入った。
植草一秀の、妻と息子は、植草一秀の、2004年の、事件以来、別居していて、植草一秀は、一人暮らしだった。
一時、抜けきったと思った紹興酒の酔いが、また、戻ってきて、植草一秀は、グーガー、と、深い眠りについた。
・・・・・・・・・・
翌日になった。
植草一秀は、昼頃、目を覚ました。
「昨日のことは、あれは、夢だったのだろうか?それとも、本当だったのだろうか?」
と、大きな欠伸をしながら、植草一秀は、考えた。
(飲み過ぎて、悪酔いしていたから、あれは、夢だったのかもしれない)
と、植草一秀は、思った。
しかし、どうも、「夢」、と、ばかりも、断定しきれない気持ちだった。
植草一秀は、2004年の手鏡事件で、早稲田大学大学院の教授の職も、テレビコメンテーターの仕事も、すべてを失ってしまったが、ようやく、ほとぼりが冷め、今は、名古屋大学から、お呼びが、かかって、名古屋商科大学大学院客員教授の身分だった。
明日から、名古屋商科大学での、授業がある。
なので、植草一秀は、家を出て、東京駅に行き、東海道新幹線に乗って、名古屋に向かった。
そして、三日ほど、大学院の生徒たちに、講義をして、三日目の夕方、新幹線で、東京にもどってきた。
・・・・・・・・・
夢か現実か、わからない、少女との約束の土曜日になった。
植草一秀は、おそるおそる、家を出て、品川駅から、京急線の下りに乗った。
そして、「京急蒲田駅」、で、降りた。
乗り降りしたことの無い、駅だった。
蒲田駅のプラットホームには、待合室が会った。
時刻は、11時50分だった。
植草一秀は、早く、正午にならないかと、待った。
待つ時間というものは、すごく、長く感じられた。
正午になった。
植草一秀は、30分、待って、12時30分に、なったら、帰ろう、と思った。
植草一秀は、イライラしながら、腕時計を見た。
時計は、ちょうど、正午を指していた。
トントン。
「植草さん」
植草一秀は、肩を叩かれた。
パッ、と、振り返ると、何と、びっくりしたことに、広末涼子に、似た、月曜日の夜に見た、少女が、笑顔で立っていた。
「植草さん。来てくれたんですね。嬉しいです」
と、少女は、ニコッと、笑った。
植草一秀は、心臓が止まるかと、思うほど、びっくりした。
(あれは、夢、ではなかったんだ)
と、植草一秀は、実感した。
「や、やあ。久しぶり」
植草一秀は、へどもどと、挨拶した。
「植草さん。私のことを、夢、かもしれない、と、思っていたんでしょう?」
少女は、ニコッと笑って言った。
「ああ。実を言うと、そうなんだ。あの時は、深酔いしててね。でも、現実だったんだね」
「あの時の、約束、覚えていますか?」
「ああ。覚えているよ。君と、デートするんだよね。君のような、かわいい女子高生と、デート出来るなんて、僕も嬉しいよ」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
「じゃあ、デートしよう。どこに行く?ディズニーランド?それとも、後楽園?原宿?」
と、植草一秀は、聞いた。
「あ、あの。植草さん。よろしかったら、私の家に来て頂けないでしょうか?」
少女は、突飛な事を言った。
「で、でも・・・・」
「大丈夫です。私は、父子家庭ですし、父は、大阪支社に、一カ月、出向していますので、家は、私一人です」
「わかった。じゃあ、君の家に行くよ」
「ありがとうございます」
「ところで、君の名前は?」
「佐藤京子と言います」
そうして、改札を出て、二人は、タクシーをひろって、京子の家に行った。
二階建て、の、建て売り住宅だった。
「どうぞ。お入り下さい」
「では。お邪魔します」
かなり、大きな、間取りで、ゆったりとした居間も、食卓も、あった。
一人で、暮らすには、大き過ぎるな、と、植草一秀は、思った。
「植草さん。昼ご飯は、もう食べましたか?」
「いや。まだ、食べていないよ」
「そうですか。それは、よかった」
何が、よかった、のか、植草一秀には、わからなかった。
「植草さん。私が、お昼ご飯を、作りますから、食べて頂けないでしょうか?」
「ああ。それは、嬉しいね」
「では。腕に寄りをかけて、作りますので、少し、待っていて下さい」
台所で、ジュージュー音がした。
「さあ。出来ました。植草さん。食卓について下さい」
言われて、植草は、食卓についた。
京子は、ハンバーグと、ポテトサラダ、と、みそ汁、を、食卓に乗せた。
「うわ。美味しそうだね」
「では、どうぞ、召し上がって下さい」
「いただきます」
と言って、二人は、京子の作った、ハンバーグご飯、を食べた。
「いやー。美味しい。美味しい」
と、言いながら、植草一秀は、ご飯を食べた。
植草一秀は、小食だったが、京子の作った、料理なので、腹一杯、食べた。
「ところで、佐藤京子さん」
「はい。何ですか?」
「どうして、僕のような、エコノミストを、好きなの?」
植草一秀が、聞いた。
「では、これから、その理由を説明します」
そう言って、京子は、アルバムを、持ってきた。
「これは、三年前に死んだ母のアルバムです」
そう言って、京子は、植草に、アルバムを渡した。
植草一秀は、それを、開いた。
植草一秀は、アルバムを見て、思わず、「あっ」、と、叫んだ。
なぜなら、アルバムには、東大生だった頃の、自分と、きれいな、若い女性が、一緒になって、写っている写真が、たくさん、あったからである。
植草一秀は、その女性を、知っていた。
東京大学には、1974年に、前川喜平、泉、山森、の、三人によって、作られた、アルディック、というテニスサークル、があるのである。
もちろん、テニスが好きで、テニスを楽しむために、作られたサークルではない。
日本女子大学。お茶の水女子大学。聖心女子大学、などの、女子大学の生徒を、勧誘して、合コン、をするために、つくられたインカレサークルである。
植草一秀も、友人に誘われて、そのサークルに参加したのである。
学生時代、そして、大学に入っても、勉強一筋の、植草一秀だったが、ある時、友達、3人が、(おい。植草。お前も勉強ばかりしていないで、合コンに、行ってみないか?)、と、誘ったのである。
植草一秀は、興味本位で、友達と、合コンに、行ってみた。
相手の女性は、聖心女子大学の、女子大生、3人だった。
東大生3人と、聖心女子大学の、生徒3人、が、お互いに、喫茶店に入って、話しているうちに、植草一秀は、山崎夏子、という女性を、気が合ってしまった。
そして、付き合うようになった。
二人で、ボーリングに行ったり、映画を観たりと。
頭のいい、植草一秀は、夏子に、勉強を教えてやったり、優しく接した。
(将来は、夏子と結婚・・・)
ということまで、本気で考えた。
しかし、植草一秀は、東大経済学部を卒業して、野村総合研究所に入社し、経済調査部を担当するように、なると、仕事が忙しくなって、夏子と、会えなくなってきた。
一方の、夏子も、聖心女子大学を卒業すると、××物産に就職したが、一年後、夏子の父親の命令で、××物産の、エリート社員、佐藤隆司と、見合い結婚させられて、結婚してしまったのである。
それ以来、二人は、会うことが、無くなった。
「植草さん。その写真、の女性に、見覚えが、ありますか?」
「ああ。あるとも。大学時代、付き合っていた、山崎夏子さんだ」
「そうですよ」
と、京子は、ニコッと、笑って、言った。
「じゃあ、もしかして君は、夏子さんの、娘さん、なんだね?」
「ええ。そうです」
「そうか。これで、やっと、納得できたよ」
と、植草一秀は、は、ほっと、胸を撫でおろした。
「母は、三年前に、交通事故で死んでしまいました」
「ええー。そうだったの。知らなかった」
「植草さん。母は、よく、植草さんの、ことを、よく、話してくれましたよ。本当は、植草一秀さんと、結婚したかったけれど、会社での、玉の輿の、ため、仕方なく、父と、結婚した、と、言っていましたよ」
「そうだったのか。僕が、もう少し、早く、プロポーズしていれば、夏子さんと、結婚できたのに・・・」
と、植草一秀は、残念そうに、言った。
「植草さん。近くに、テニススクールがあります。コートを借りて、一緒に、テニス、やりませんか?」
京子が提案した。
「ああ。いいけれど・・・僕は、ラケット、持ってないし・・・」
「大丈夫ですよ。テニススクールには、貸しラケットが、あって、タダで貸してくれますから・・・」
「ふーん。そうなんだ」
「じゃあ、行きましょう」
こうして、二人は、近くの、テニススクールに行った。
「植草さん。テニスを、やったことは、ありますか?」
「夏子さんと、アルディックという、東大のテニスサークルで、数回、彼女と、やったことがあるよ」
「じゃあ、やりましょう」
そうして、二人は、ラリーを始めた。
植草一秀は、運動が、苦手だったので、あまり、上手く出来なかった。
しかし、多少なりとも、テニスをやったことがあったので、初心者レベルでは、あったが、多少は、出来た。
「植草さーん」
京子が、ネットに近づいてきた。
植草一秀も、ネットに、寄って来た。
「なあに?京子ちゃん」
「試合をしませんか?」
「いいけど・・・・」
「では。フィッチ」
と、言って、京子は、ラケットヘッドを、コートにつけた。
「スムース」
と、植草一秀が言った。
京子は、ラケットを、クルクルクルッ、と、回した。
ラケットは、クルクルクルッ、と、回って、パタリと、コートの上に、乗った。
ラケット面を見ると、「ラフ」、だった。
「ラフですね。では、サービス、か、レシーブ、かは、私が決める権利がありますよ」
「ああ。そのくらいのルールは、知っているよ」
「じゃあ、私から、サービスしても、いいですか?」
「ああ。いいとも」
「では、ベースラインに下がって下さい」
「ああ」
言われて、植草一秀は、ベースラインに下がった。
京子もベースラインに下がった。
「じゃあ、いきますよー」
そう言って、京子は、ボールを、宙高く、トスアップした。
そして、頭の上の、ボールを、サーブした。
ボールは、かなり、速く、センターギリギリに入った。
植草一秀は、あわてて、ボールをとりに、走った。
しかし、そうとう速い球だったので、植草一秀は、返せなかった。
京子の、サービスエースである。
「15―0」
と、京子は、言った。
位置を、変えて、二度目のサービスを、京子は、打った。
これも、植草一秀は、とれなかった。
「30―0」
と、京子は、言った。
また、位置を、変えて、三度目のサービスを、京子は、打った。
これも、植草一秀は、とれなかった。
「40―0」
と、京子は、言った。
マッチポイントとなった。
また、位置を、変えて、四度目のサービスを、京子は、打った。
これも、植草一秀は、とれなかった。
京子の、ストレート勝ち、だった。
「京子ちゃん。上手いね」
「いえ。それほどでも・・・・」
と、言いつつも、京子は、高校の、テニス部員で、都大会では、優勝したことも、あるほどの実力だった。
サービスが、変わって、植草一秀の、サービスの番となった。
「じゃあ、今度は、植草さんの、サービスの番ですよ」
京子が言った。
「うん」
植草一秀は、たどたどしい動作で、ボールを、トスアップして、サービスした。
しかし、植草一秀は、初心者だったので、ネットしたり、オーバーしたりと、ボールを相手のサービスコートに入れることが出来ず、全部、ダブルフォルトの連続で、ラブゲームで、負けた。
「京子ちゃん。ちょっと、休憩させて」
植草一秀が言った。
「ええ」
二人は、ベンチに並んで、座った。
「はい。植草さん」
と、言って、京子は、植草に、ポカリスエットを、渡した。
植草一秀は、ポカリスエット、を、ゴクゴク飲んだ。
「いやー。京子ちゃん。上手いね。とても、かなわないよ」
「いえ。それほどでも・・・」
と、言って、京子も、ポカリスエット、を飲んだ。
「ふふふ。植草さん。私。私、勉強は、全科目、植草さんに、全然、かなわなくて、植草さんより、あらゆる点で、下の人間だと、劣等感を持っていましたけれど、テニスは、私の方が、上ですね。何だか、劣等感が、少し、解消されて、嬉しくなってきました」
と、京子は、悪戯っぽく笑った。
「では、続きをしましょう」
「よし。やろう」
そう言って、二人は、また、コートに入った。
京子は、今度は、全力サーブではなく、遅い山なりの、サーブを打って、手加減してやった。
植草一秀は、何とか、かろうじて、それを、返すことが出来た。
しかし、植草一秀は、日頃、運動は、全然していないので、ボールを追いかけつづけて、ヘトヘトに疲れた。
なので、京子は、全力のストロークではなく、山なりの、ゆるい球を、植草一秀の、打ちやすい、フォア側に、手加減して、打ってあげた。
なので、植草一秀も、何とか、球を返すことが出来た。
京子の手加減によって、「30―40」、までにしてやった。
しかし、マッチポイントからは、強烈スマッシュ、や、ドロップショット、で、勝ち、までは、譲らなかった。
今度は、植草一秀が、サービスの番となった。
「植草さん」
京子が、声をかけた。
「植草さん、が、サービスすると、全部、ダブルフォルトになってしまいます。なので、私が、全部、サービス、で、試合をしても、いいでしょうか?」
京子が聞いた。
「ああ。僕としても、そうしてもらえると、助かるよ」
植草一秀が、言った。
それで、その後は、全部、京子が、サービス、をする、試合をした。
京子は、全力サーブではなく、植草一秀が、とりやすいように、山なりの、サーブを、打ちやすい、フォア側に打ったので、植草一秀も、何とか、レシーブで、ボールを、返すことが出来た。
ストロークでも、京子は、手加減してやって、「40―30」、まで、つなげてやった。
しかし、マッチポイントでは、勝利までは、譲らず、スマッシュ、や、ドロップショット、で、決めた。
テニスを、始めて、1時間、経っていた。
植草一秀は、日頃、運動は、全然していないので、ボールを追いかけつづけて、ヘトヘトに疲れていた。
「植草さん。そろそろ、終わりにしましょう。疲れたでしょう?」
京子が言った。
「ああ。日頃、運動なんて、全然、していないからね。ヘトヘトに疲れたよ」
と、植草一秀は、言った。
「では、家にもどりましょう」
そう言って、二人は、京子の家にもどった。
「しかし、京子ちゃん。テニス、上手いねー。驚いたよ。テニス部に入っているの?」
「ええ。一応。テニス部に入っています。でも、特別、上手いわけでは、ないですよ。テニス部の、部員の、普通のレベルですよ」
と、京子は、女子シングルスで、高校の、都大会でも、優勝したことも、あるほどの実力でありながら、普通、を、装った。
「ふふふ。植草さん。私。勉強は、全科目、植草さんに、全然、かなわなくて、植草さんより、あらゆる点で、下の人間だと、劣等感を持っていましたけれど、テニスは、私の方が、上ですね。何だか、劣等感が、少し、解消されて、嬉しくなってきました」
と、京子は、悪戯っぽく笑った。
「植草さん。私、今日、植草さんが、来るので、お菓子を、作っておきました。よろしかったら、召し上がって下さい」
そう言って、京子は、フォンダンショコラ、と、シュークリーム、を、持ってきた。
そして、紅茶も。
植草一秀は、フォンダンショコラ、と、シュークリーム、を、見て、目を白黒させた。
「ええー。これ。君が作ったのー?」
菓子は、あまりにも、市販の、それと、見分けがつかないほど、だったので、植草一秀は、びっくりした。
「ええ。私。お菓子、作るの、趣味なんで・・・」
植草一秀は、フォンダンショコラ、を、とって、食べた。
「美味い。これは、プロ級だ」
と、植草一秀は、言った。
「ふふふ。そう言って、もらえると、嬉しいです。私。勉強は、苦手だけど、お菓子を作るのは、得意なんです」
と、京子は、言った。
「たくさん、作りましたので、うんと、召し上がって下さい」
植草一秀は、そう言われて、京子の作った、フォンダンショコラ、と、シュークリーム、を、全部、食べた。
「植草さん」
「何?京子ちゃん」
「考えてみれば・・・当然のことですが・・・私は、植草さんに、痴漢されたんですよねー」
と、京子は、思わせぶりな口調で、言った。
植草一秀は、咄嗟に、その事実を思い出して、焦った。
「す、すまない。酒に酔っていたとはいえ、弁解の余地が無い。申し訳なかった」
「ふふふ。私が、警察に、訴えれば、今からでも、警察は、植草さんを、逮捕しますよ。あの時、(痴漢はやめなさい)、と言った、目撃者も、証人として、名乗り出るでしょう。日本の、痴漢の有罪率は、99.9%です。今からでも、警察に、訴えようかなー」
と、京子は、虚空を見て、独り言のように、言った。
それは、勝者の優越感に浸っているような、感じだった。
「京子さん。すまない。どうか、訴えないで下さい。何卒、穏便にはからって頂けないでしょうか?」
「じゃあ、私の、お願い、聞いてくれますか?」
「はい。何でも」
「じゃあ、私の家庭教師になって下さい。植草さんの時間のある時で、いいです。そうすれば、痴漢されたことは、保留にしておきます」
「ああ。ありがとう。それぐらいなら、お安い御用だ。むしろ、嬉しいくらいだ。夏子さんの娘さんの家庭教師になれるなんて・・・」
こうして、植草一秀は、佐藤京子の、家庭教師になることになった。
植草一秀は、週に2回、佐藤京子、に、英、数、国、理、社、全科目を教えた。
「2」
ある日のことである。
京子は、学校が終わって、電車に乗って、帰宅の途に着いた時のだった。
電車が、蒲田駅に着いて、京子が、降りて、改札を出ると、京子は、後ろから、ポンと、肩を叩かれた。
振り返って見ると、一人のスーツを着た、男が、立っていた。
見知らぬ男だった。
「君。突然、すまないが、少し、君に話したいことが、あるんだ。少し、話してくれないかね?」
京子は、この、唐突な申し出に、キョトンとした。
しかし、相手の男は、礼儀正しそうである。
「ええ。いいですけれど・・・」
「それは、ありがたい。ちょっと、立ち話も、何だから、喫茶店にでも入って、話さないかね?」
「ええ。いいですけれど・・・」
すぐ、近くには、よく行く喫茶店、ドトールコーヒー、が、あった。
「では、そこに、入って、少し、話してもいいかね?」
「ええ。いいですけれど・・・」
こうして、二人は、ドトールコーヒー、に、入った。
「君。日向女子高等学院の生徒だね。制服から、わかるよ」
男が言った。
「ええ。そうですけど・・・」
「で、家は、蒲田なのだから、君は、学校にぱ、京急線で、通学しているんだね?」
「ええ。そうですけど・・・」
「ところで、君は、植草一秀という男を知っているかね?経済学者だ」
「ええ。知っています。2年前の、2004年(平成16年)に、品川駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとして現行犯逮捕されましたよね。ニュースで、大きく報道されましたから、知っています」
「そうか。植草一秀の家は、品川駅で、京急線に、よく乗るから、君は、朝、か、夕方に、植草一秀と、一緒の電車に、乗り合わせることは、ないかね?」
「ええ。ありますよ。私。植草一秀さんの、顔、知っていますから。何度か、同じ車両に乗ったことが、ありますよ。あっ。植草一秀さんだって」
「そうか。ところで、君は、植草一秀について、どう思う?」
「どう思う、って、どういうことですか?」
「彼は、エコノミストとして、そして、コメンテーターとして、偉そうに、世間の不正、を、批難しているクセに、女子高生のスカートの中を手鏡で覗くなんて、最低なヤツだと思わないかね?」
「でも、植草さんは、無実を主張していますし、品川駅のエスカレーターには、防犯カメラ、があって、植草さん、は、防犯カメラ、を、再現して欲しい、そうすれば、真実がわかるから、と、主張しているのに、検察は、それを、使っていません。これは、どう考えても、おかしい、と思います」
「それは、防犯カメラ、が、故障していたからさ」
「そうなんですか?」
「ああ。そうだとも」
「ところで、私に、話したいことが、あると言って、いましたけれど、それは、何ですか?」
「植草一秀は、日本のガンだ。あいつを、徹底的に懲らしめなければならない。そこでだ。植草一秀は、9月13日の、品川午後10時発の、京急本線の下りの快特電車に乗る。あいつは、いつも、最前の車両に乗る。そこで、君に、品川午後10時発の、京急本線の下りの電車に乗って、欲しいんだ。あいつは、その日、酒に酔っている。そこで、あいつの近くに、行って、(痴漢―)、と、叫んで欲しいんだ。それだけでいい。頼み、というのは、それだけだ」
「・・・・」
京子は、黙って聞いていた。
「君も、お小遣い、が、少なくて困っているだろう。これは、少ないけれど、謝礼だ。100万円、入っている。どうか、受け取ってくれ」
と、男は、封筒を差し出した。
京子は、しばし、黙っていた。
が、
「わかりました。そうします」
と、京子は、言った。
「そうか。ありがとう。では、くれぐれも、よろしく頼むよ」
そう言って、男は、ドトールコーヒー、を、出ていった。
・・・・・・・・・・
京子は、あの男は、きっと、植草さんを、おとしめたい人だと、思った。
9月13日のことである。
その日、その日、植草一秀は、「植草一秀を応援する会」、に呼ばれた。
植草一秀は、決して、酒は飲むまいと、決意していた。
しかし、「植草一秀を応援する会」、の会長に、さかんに、紹興酒を勧められたので、一杯だけなら、と、植草一秀は、紹興酒を飲んだ。
植草一秀は、無類の酒好きなので、
「それでは・・・一杯だけ」
と言って、一杯、飲んだ。
植草一秀は、家でも、京子の忠告から、禁酒していたので、久しぶりに飲む酒は、この上なく、美味かった。
植草一秀は、つい、もう、一杯、もう一杯、と、植草一秀は、紹興酒を飲んでしまった。
「植草一秀を応援する会」、が、終わりになる頃には、植草一秀は、紹興酒を、20杯、ほど、飲んで、ぐでんぐでん、に、酔っぱらっていた。
そして、帰りの、京急線に乗った。
・・・・・・・・・・・・・
京子は、品川、午後10時発の、下りの、京急線に乗った。
そして、植草一秀を、探し出そうと、走っている電車の中を、走り回って、各車両を点検した。
そして、べろんべろんに、酔って、座っている植草一秀を見つけた。
京子は、何が起こるのかは、わからないが、「きっとこれは何かある」、と、思っていたので、その場に居合わせることで、証人になれる、と思っていたのである。
車両は、ギューギュー詰めでは、なく、座席は、全部、人が座っていて、立っている人が、数人いる程度だった。
植草一秀は、座席に、座って、グーグー、いびきをかきながら、寝ていた。
出来たら、京子は、植草一秀の隣に、座りたかったのだが、植草一秀の隣には、すでに、女子高生が座っていた。
京子は、その、女子高生を、見て、驚いた。
「あっ」、と、驚きの声を出した。
制服から、彼女は、京花女子高等学校の生徒だと、わかった。
京子の、日向女子高等学校、と、京花女子高等、は、距離的にも近い。
スポーツ部、の部活で、日向女子高等学校、と、京花女子高等、は、対抗試合、や、練習試合、を、することが、しょっちゅう、あった。
京子は、その女生徒も知っていた。
3年の、バレーボール部、の、キャプテンの、大森順子である。
彼女は、強烈な、スパイクが、得意で、彼女に、スパイクされると、まず、とることは、出来ず、決まってしまった。
京子は、彼女と、話したことは、無かったが、バレーボール部の、対抗試合の時は、必ず、観戦したいたので、大森順子を知っていた。
京子は、順子に、気づかれないように、植草一秀と、向かいの席に座った。
電車が、京急蒲田駅に、近づいた時である。
植草一秀の隣に、座っていた順子が、
「痴漢―」
と、大声で叫んだ。
植草一秀は、あまりの大声に、パッ、と、目覚めた。
そして、辺りを、キョロキョロ、見まわした。
すると、右隣に座っていた女子高生が、皆に、
「この人、痴漢です。さっきから、ずっと、私の、お尻、や、胸を、触り続けていたんです」
と、隣の植草一秀の手を、つかんで言った。
植草一秀は、紹興酒の酔いのために、何が起こったのか、さっぱり、わからなかった。
植草一秀の前にいた、男二人が、
「あっ。お前は、植草一秀じゃないか」
「2年前にも、女子高生のスカートの中を手鏡で、覗いて逮捕されたのに。お前の、性懲りもない、痴漢の性癖は、治らないんだな」
と、言って、植草一秀の、腕を、ガッシリと、つかんだ。
京急線が、蒲田駅に着いた。
「植草一秀。出ろ」
植草一秀は、蒲田駅で、二人の男に、引きずり出されるようにして、降ろされた。
そして、駅事務室に連れて行かれた。
「駅長。こいつは、痴漢です。引き渡します」
「こいつは、植草一秀です。2年前にも、女子高生のスカートの中を覗き見した、ことは、覚えているでしょう」
と、二人の男は言った。
そう言って、二人の男は、植草一秀を駅長に引き渡した。
「御協力、ありがとうございます。あとは、警察に連絡して、引き渡しますので、おまかせください」
と、駅長は言った。
「植草一秀。すぐに、警察に電話するからな。お前の顔は、みんなに、知れ渡っているから、逃げても無駄だぞ。じっとしていろ」
そう言って、駅長は、すぐに、警察署に電話した。
植草一秀は、ここに至って、ようやく、まだ酔いながも、自分が置かれている状況を察した。
(どうやら。オレは、寝ている間に、隣に座っていた、女子高生に、触った、痴漢に、されてしまったらしい)
植草一秀の頭に、2年前の、「手鏡、スカート覗き事件」、の悪夢が、思い出された。
(オレは、これから、警察に連れて行かれるだろう)
警察、の、取り調べで、いくら、無実を、訴えても、無駄だ。
日本の司法は、狂っている。
マスコミも、喜んで、大々的に、また、報道するだろう。
マスコミにつるし上げられるのは、もう、まっぴらだ。
(もう、こうなったら、死ぬしかない)
植草一秀は、そう、酔った頭で、ぼんやりと思った。
植草一秀は、駅長が、植草一秀に背を向けて、警察と、電話している、隙に、ネクタイを、外した。
そうして、ネクタイを首に巻いて、急いで、首を吊ろうとした。
その時である。
「ダメ。植草さん。死んじゃだめ」
そう言って、一人の少女が、植草一秀の体に、しがみついてきた。
京子だった。
「植草さん。はやまったことは、しないで。お願い。私は、植草さんの、正面の席で、ずっと、植草さんを見ていました。私が、証人になります。ですから、お願いですから、はやまったことは、しないで下さい」
京子は、必死に訴えた。
植草一秀は、京子の、涙がかった澄んだ瞳を見た。
植草一秀の心が動いた。
「わかった。京子ちゃん。ありがとう。あやうく、はやまった事をする所だった」
そう言って、植草一秀は、首吊り、を、やめた。
やがて、警視庁から、パトカーが、やって来た。
そして、二人の警察官が、駅長に、
「どうもご苦労様でした」
と、お礼を言った。
そして、植草一秀を見て、
「また。お前か。懲りないヤツだ。植草一秀。お前を逮捕する。警察署へ来い」
と、言った。
植草一秀は、黙って頷いた。
そして、二人の警察官と、共に、パトカーに乗り込んだ。
そして、警視庁に連行された。
連日のように、「犯行を認めろ」、の、一点張り、自白の強要の取り調べ、が、行われた。
しかし、植草一秀、は、否認を貫き通した。
それは、2004年の、「手鏡、スカート覗き事件」、の、決して、取り調べに、屈してはならない、との教訓から、と、事件を、一部始終、目撃していた、京子が証人になって、くれる、という、京子に対する、期待からだった。