シケンカントク
ここはあるシケンのシケン会場。拓殖大学の六階。年に一度のシケンなので、受験生は、おちたら、もう一年同じことをやらなくてはならないし、やったからといって、学力が上がる、というわけでもないようなので、一年をこの日のためについやしてきた、のだから、もっとキンチョーしたフンイキでもいいと思うのだが、さほど、はりつめたフンイキではなく、またそうぞうしくもない。シケンカントクは四人で、ジャベール的な人はいなかったので、こちらもリラックスしてシケンという自分とのコドクな戦いに集中できた。若い、京本的なスポークスマンと、うるわしき、いとなやましげなる人がいた。私は、その時のシケンはおちて、同じ勉強をするはめになった。
ある初夏の日、気がつくと私はその二人をイメージして、掌編小説をかいていた。
彼らは試験がおわったら、いっしょに車で帰って行った。試験監督おわりの飲み会・・・ということで、これからカラオケスナックに行くらしい。
スポークスマンの若い男が、
「二日間、ごくろうさま。」
と、ねぎらって、カンパーイ。ゴクゴクゴクッ。ウィー。ヒック。
「飲もおー。今日はーとこーとんもーりーあがろーよー(森高千里)」・・・てな具合でもりあがった。
名前は、スポークスマンが「牧」で、
女の人は「佐藤」・・である。
彼は一曲うたったあと、カウンターでマスターと話している。彼は少しの酒ですぐ赤くなる。つかれて少しうつむきかげん。彼女はさりげなくとなりに座ってマスターに、オン・ザ・ロックを注文する。その声に彼はハッと気づいて目がさえる。彼はグラスを手でまわしながら、
「グラスの底に顔があったっていいじゃないか・・・」
と、わけのわからんことをつぶやきながら照れくさそうにしている。彼女のあたたかさが伝わってくる。
「牧さん、おつかれさまでした。」
「い、いえ。佐藤さんこそおつかれさまです。」
彼女はおもしろがって、
「私、忘れっぽいから、お酒がはいった時、言ったことや聞いたことって翌日になると、すっかり忘れてしまって、おもいだそうとしてもおもい出せないの。牧さんは知性的だから、そんなことはないでしょう。」
彼「い、いえ。僕もまったく忘れっぽいです。」
彼女、前をみてる彼を微笑みながら、じっとみすえて、
「私、牧さん好きです。」
と、きっぱり言った。他の人は離れた所にいて、カラオケをたのしんでいる。室内にひびくマイクの大きさは、彼女のコトバを消すのに十分だった。マスターは気をきかせて、さりげなく厨房に入っていった。スポークスマン、声をふるわせて、
「ぼ、僕も佐藤さん。好きです。とってもすきです。」
そのあと、マスターがもどってきて、二人はだまってのみつづけた。
翌朝、社へ向かう途中の交差点で二人は出会った。彼は少し恥ずかしそうに、
「おはようございます。」
と言った。彼女も同じコトバを返した。彼女は空をみて、
「私、きのう何かいったかしら。ぜんぜんおぼえてないわ。牧さんはおぼえていますか。」
彼は胸をなでおろし、ほがらかな口調ではっきりと言った。
「僕もまったくおぼえていません。」
彼はさらにつけ加えた。
「さ。今週も一週間ガンばりましょう。」
彼女も快活に「ええ。」と答えた。
信号が青にかわった。
人々はそれぞれの目的地へ向かって歩きだす。
大都会の一日がはじまる。
ここはあるシケンのシケン会場。拓殖大学の六階。年に一度のシケンなので、受験生は、おちたら、もう一年同じことをやらなくてはならないし、やったからといって、学力が上がる、というわけでもないようなので、一年をこの日のためについやしてきた、のだから、もっとキンチョーしたフンイキでもいいと思うのだが、さほど、はりつめたフンイキではなく、またそうぞうしくもない。シケンカントクは四人で、ジャベール的な人はいなかったので、こちらもリラックスしてシケンという自分とのコドクな戦いに集中できた。若い、京本的なスポークスマンと、うるわしき、いとなやましげなる人がいた。私は、その時のシケンはおちて、同じ勉強をするはめになった。
ある初夏の日、気がつくと私はその二人をイメージして、掌編小説をかいていた。
彼らは試験がおわったら、いっしょに車で帰って行った。試験監督おわりの飲み会・・・ということで、これからカラオケスナックに行くらしい。
スポークスマンの若い男が、
「二日間、ごくろうさま。」
と、ねぎらって、カンパーイ。ゴクゴクゴクッ。ウィー。ヒック。
「飲もおー。今日はーとこーとんもーりーあがろーよー(森高千里)」・・・てな具合でもりあがった。
名前は、スポークスマンが「牧」で、
女の人は「佐藤」・・である。
彼は一曲うたったあと、カウンターでマスターと話している。彼は少しの酒ですぐ赤くなる。つかれて少しうつむきかげん。彼女はさりげなくとなりに座ってマスターに、オン・ザ・ロックを注文する。その声に彼はハッと気づいて目がさえる。彼はグラスを手でまわしながら、
「グラスの底に顔があったっていいじゃないか・・・」
と、わけのわからんことをつぶやきながら照れくさそうにしている。彼女のあたたかさが伝わってくる。
「牧さん、おつかれさまでした。」
「い、いえ。佐藤さんこそおつかれさまです。」
彼女はおもしろがって、
「私、忘れっぽいから、お酒がはいった時、言ったことや聞いたことって翌日になると、すっかり忘れてしまって、おもいだそうとしてもおもい出せないの。牧さんは知性的だから、そんなことはないでしょう。」
彼「い、いえ。僕もまったく忘れっぽいです。」
彼女、前をみてる彼を微笑みながら、じっとみすえて、
「私、牧さん好きです。」
と、きっぱり言った。他の人は離れた所にいて、カラオケをたのしんでいる。室内にひびくマイクの大きさは、彼女のコトバを消すのに十分だった。マスターは気をきかせて、さりげなく厨房に入っていった。スポークスマン、声をふるわせて、
「ぼ、僕も佐藤さん。好きです。とってもすきです。」
そのあと、マスターがもどってきて、二人はだまってのみつづけた。
翌朝、社へ向かう途中の交差点で二人は出会った。彼は少し恥ずかしそうに、
「おはようございます。」
と言った。彼女も同じコトバを返した。彼女は空をみて、
「私、きのう何かいったかしら。ぜんぜんおぼえてないわ。牧さんはおぼえていますか。」
彼は胸をなでおろし、ほがらかな口調ではっきりと言った。
「僕もまったくおぼえていません。」
彼はさらにつけ加えた。
「さ。今週も一週間ガンばりましょう。」
彼女も快活に「ええ。」と答えた。
信号が青にかわった。
人々はそれぞれの目的地へ向かって歩きだす。
大都会の一日がはじまる。