2025年度版 渡辺松男研究47(2017年3月実施)
『寒気氾濫』(1997年)【睫はうごく】P157
参加者:泉真帆、M・S、鈴木良明、曽我亮子、
A・Y、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放
390 おおきなる樹はおおきなる死を孕みいてどくどくと葉を繁らせてゆく
(レポート)
梅雨時に繁る「おおきなる樹」の様子を詠んでいる。「大きなる樹」は沢山の水や養分を根から吸収 し、太い幹を通して、沢山の葉に送り届けなければならない。それがかなわなければ循環せずに「お おきなる死」に至る。梅雨時の「おおきなる樹」は、血管の中を血がどくどくと激しく流れれてゆく ようにして、葉を勢いよく繁らせてゆく。(鈴木)
(当日発言)
★生が死を孕んでいる、ということを歌いたかったのだろう。死を育てていると。そこのところがレポーターと違うところです。(真帆)
★河野裕子さんが妊娠したとき生と一緒に死を孕んでしまったって言っていますね。(鹿取)
★私のは通常の科学的な死のイメージなんですけど、実際は生と死は裏表だし、生でありながら死だし……人間の細胞も日々死んでは作られているわけだし、循環というのはそういうことです。河野さんのも同じ考えですよね、生まれなければ死はないんですから。真帆さんの意見の方がこの歌には合っているかもしれませんね。(鈴木)
★一家の主は家族が多いほど養わなくてはいけないから大変で、そういうことを歌っている。一家の主が倒れると家族達も倒れてしまう。(M・S)
★それは少し通俗的すぎるのではないですか。まあ、皆さんいろんな解釈をされたのですが、私はいつも 言っているように松男さんのエッセーから読みました。つまり、樹木の90%は死んでいる内側 で、10%の表層部分のみが生きているって。それが「おおきなる樹はおおきなる死を孕み」の意味だと思います。(鹿取)