かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 223

2021-05-14 17:08:09 | 短歌の鑑賞
  渡辺松男研究27(15年5月実施)
                【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)91頁~
      参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、
          渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:石井 彩子 司会と記録:鹿取未放

 ◆「非想非非想」の一連は、『寒気氾濫』の出版記念会の折、塚本邦雄氏が絶賛された。
  全ての歌に固有名詞が入っていて全て秀歌、「敵愾心を覚える」とスピーチされた。



223 鷹の目の朔太郎行く利根川の彼岸の桜此岸の桜

         (レポート)
 日本美の象徴である桜を愛でながら、鷹の目で彼岸を歩く朔太郎は故人であるとともに、実生活のない人という意味にもとれる。此岸を歩くのは作者である。同じ桜をみているのではない、美意識も相反している。自身と偉大なる郷土の先人である朔太郎を並列に並べることによって、作者の青年らしい意気込みと自負が窺われる。
 萩原朔太郎の代表作『月に吠える』では、研ぎ澄まされた神経と感覚が織りなす孤独な近代人の内面世界の陰影や流動が描かれている。それらの詩作は芸術至上主義の立場から生まれたもので、事実、朔太郎は己の美的空間のみに生きて、生活を放擲した人であった。萩原葉子によれば、ご飯粒を、膝のまわり一面にこぼしたり、すれ違っても気づかない父であった。その上、現実対応能力もなく、家庭は悲惨を極めたようである。このような実生活の破綻ぶりは、優れた芸術家の宿命と受け入れられ、郷土では礼讃された。
氏は「生を歌う」(注1)という文章の中で庭の花は写実的、あるいは美の象徴として詠むのではなく、そこに亡き妻が好きだったから、その積み重ねた時間があるから詠むのだと述べている。
土がにおい汗ぼうぼうの扇状地農に痩せいし祖父の鳩尾(みずおち)『寒気氾濫』
 汗を鳩尾にしたたらせながら、農に生きる祖父の姿は、朔太郎の美意識にはそぐわないかもしれないが、この歌には、当時では当たり前の営みをした祖父の積み重ねた時間を思い、そんな祖父を誇りに思う健康で健全な青年の気持ちが滲みでている。氏はそんな人間をも相対化する。
ごうまんなにんげんどもは小さくなれ谷川岳をゆくごはんつぶ、『泡宇宙の蛙』
 宇宙から見る、にんげんという生物が積み重ねてきた時間、空間における傲慢さ、矮小さを示した歌である。このような作者の思いは「生を歌う」での、次の作家姿勢を示した一文で明らかだ。以下はまとめである。
歌は時間を大切にする。過去の感情、認識の結果としての小説、音楽、美術は、自己の時間と重ねて鑑賞し、また137億光年の広がりに及ぶ宇宙も、時間と空間と相まって意識せずにはいられない、この地上において、すべての生物が時間の連鎖で生きている、そこに光芒する生命の営みの不思議さをみつめたい。  注1 2012年10月24日 上毛新聞 「生を歌う」

         (参考)(15年5月)(鹿取)
    社会のために私は大したことを何ひとつできないかもしれないが、無理に
   でもそこに身を置いておかなければ嘘のような気がするのだ。家の水道の配
   管ひとつ動かすことも自分ではできない。そんなあたりまえの事実の部分に
   自分を繋ぎとめておかなければ、こころが痩せていくように思うのだ。
         『寒気氾濫』(一九九七年)あとがきより一部抄出

      (当日意見)
★以前「かりん」に「アンチ朔太郎」という評論を書いて、そこで朔太郎と渡辺松男を並べて
 論じて、この歌も引用しています。彼岸を歩くのは朔太郎、此岸を〈われ〉が歩いていると
 いう解釈は石井さんと同じです。朔太郎と松男さんは資質もまったく違いますが、生活態度
 の違いも大切かなと思って、『寒気氾濫』のあとがきから一部抄出して挙げました。私はこ
 の松男さんの感覚に信頼を置いています。根底に詩人として朔太郎とは違うありようでいた
 いというのがあるのではないでしょうか。(鹿取)
★ニーチェの『ツァラツストラはかく語りき』には最後まで主人公に寄り添う鷹がえがかれて
 いて誇りの象徴何ですけど、鷹の目のというのは朔太郎が孤独に耐えながら詩人としての誇
 りをもって昂然と歩いているというのでしょうか。(鹿取)
★写真で見るとまさに鷹の目ですよね。(石井)
★なるほど、容貌ですか。(鹿取)

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