
とにかく私鉄の電気機関車は魅力があり現役は全部撮影したいなんて意気込んでみましたが到底無理でした。今は関越自動車道に来迎寺ICが出来てこの撮影地から至近距離にICがありますがこの当時は来迎寺ICはなく17号線に出て小千谷ICから関越道に乗り鶴ヶ島ICで降り国道407号-国道16号経由で帰宅渋滞に阻まれ帰宅は深夜になった記憶があります。今だったら来迎寺ICから自宅までどんなにゆっくり走っても4時間くらいだから自宅で遅い夕食を取れるかもしれませ。それだけ道路状況が良くなったと言えます。 88,05,09 越後交通 TMY スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED
この頃、ポストゴハチで模索した被写体の中に中小私鉄の存在がありました。蒲原鉄道加茂ー村松の最終日のサヨナラ運転を訪れてこの素晴らしいロケーションの私鉄を何でサヨナラ運転しか来なかったのか?もっと早く訪れて普段の姿を撮影したかったと後悔の念を感じてからゴハチ団臨が無い日は中小私鉄を訪れる様になりました。当時は縮小されたとは言え中小私鉄でも細々と貨物輸送があったので貨物列車がある日を狙えば珍しい機関車も撮影が出来て好都合でしたがこの頃は鉄道員ながらも土日が休みで平日に休みを取るのがなかなか難しい状況でした。

日曜と月曜日を除いて毎日運転だったので気楽に撮影に行けたのが上信電鉄のデキでした。貨物輸送が廃止となった今でも本線上で姿が見られるのは何ともうれしい限りです。この日はホキが連結されていて普段と違う写真が撮影出来ました。 88,05,13 上信電鉄山名 71レ TMY スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED
中小私鉄の貨物輸送があったと言う事は裏を返せばその地域の道路状況が現代に比べて格段に悪かったと言って過言ではありません。それだけに撮影に向かう途中も、そして現地のでのアクセスも今とは比べ物になりませんでした。鹿島鉄道へは柏IC―石岡IC間は常磐道が開通していたものの横浜から柏ICまでたどり着くのが大変でした。首都高を降りてから6号を下って16号に入り柏ICに辿り着きます。それでも往路は早朝なので自動車の流れも順調で苦にはなりませんでしたが、復路は平日なら帰宅ラッシュ、土休日なら行楽帰りの渋滞にハマりやっとの思いで帰宅した事も一度や二度ではありませんでした。当時の鹿島鉄道はあまりにも時間が掛かるの印象から前夜に出発して谷田部SAで仮眠した事もありました。
それでも苦労した分だけ貴重な写真を残せたのも事実でやはり苦労しただけの成果は果たしていると言えます。

指定日以外はほぼ運転される上信電鉄に対して平日は毎日運転のはずがたびたび運休になるのが鹿島鉄道のジェット燃料輸送でした。この日は火曜日なので疑いもなく出撃したら貨物は全ウヤで仕方なく石岡駅で国鉄から譲渡されたDD13を撮影しました。この機関車が入ってカバさんが現役を退いたと記憶しています。 88,05,24 鹿島鉄道石岡 DD13367号機 TMY スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED