さて運転再開はしたものの、小牛田駅での接続が気になっていました。東北線上りにても、陸羽東線にしても接続は3~4分しかありません。前谷地で発生した遅れを小牛田で回復するとは到底思えず、さりとて今から運転士経由で指令に接続の依頼をしても間に合わないだろうし…と言うことでなるようになれ!と小牛田駅に到着してみれば東北線の上下の普通列車と陸羽東線の1733Dは律儀に停まっているではありませんか!
2938Dから降りた乗客は小牛田で下車の乗客以外は老若男女かかわらずホームを走ります。間違って非常ブザーを押した御婆さんはこんな事態を知る由もないんでしょうが…泣
私と数人の旅行客の乗り換え客を待って陸羽東線1733Dは小牛田駅を3分30秒延発で発車しました。東北線の上下列車はまだ乗り換えの乗客が続いていたので発車は出来ない様子です。
古川駅で東北新幹線に乗り換えて仙台へ、仙台では新幹線の改札内では無線Lanが繋がるのでこのブログの下書きをして時間をつぶしていました。15時前に在来線ホームに出るとなんだか騒々しい。なんだろうと耳を凝らすと名取駅付近で人身事故が発生して抑止していると事。(ちなみに弊社では人身事故とは言わず”人と列車が蝕車した事故”と言う表現をしますが、この言い方が適切であるとは現場では管理者さえ思っていません。幹部の一声でこうなってしまったのですが、異議を唱えない周囲幹部の不甲斐なさに呆れてしまいます。)
最初は他人事の様に聞いていたのですが名取駅と言えば常磐線の分岐駅である岩沼の手前なので私の乗る”スーパーひたち54号”も影響することに気づきました。
ところで、今回の旅行では乗り鉄に徹したので是非ともこの仙台発の”スーパーひたち”に乗りたいと思い、またそれを楽しみにしていました…と言うのは東北・上越新幹線上野駅開業後、上野発着の300キロ以上の長距離昼行特急は激減し、特に長野新幹線開業での”白山”廃止後はこの”スーパーひたち”が唯一の昼行特急としてかつての上野発着の在来線特急の伝統を守り続けている列車です。この列車も常磐道の北延が進むと去就がどうなるかはわからない状態です。以前から乗りたい意思はあったものの時間だけが過ぎ、今回は良い機会だからと乗ることにしました。
また、ただ乗るだけではなく車窓を楽しむために明るいうちに仙台駅を出る列車に乗りたいと仙台駅15:15発の”スーパーひたち54号”に乗ることにしました。
6日は偶然にも54M”スーパーひたち54号”は所定の付属編成に加えて基本編成も連結した11両編成で本線特急の風格十分です。
仙台のホームのKIOSKで買い込んだビールを片手に抑止解除を待ちます。結局15:40に25分延で仙台駅を発車しました。最近は若手の指令員が多く、何をやっているかわからない指令ですが、さすがに上野行の長距離列車54M”スーパーひたち54号”を抑止解除の一番列車にしたようです。なお、この時点で私の乗った11号車の乗客は3人だけでした。
岩沼駅通過では車窓から最近は大変に珍しくなった入換機でのコキの入換を眺めていたらいつの間にか常磐線に入ってました。岩沼からは単線でほんの一部の区間を除いて定尺レールが続きます。駅でのポイント通過の揺れと、駅間では80~100キロで走るジョイント音がなんとも言えない眠気を呼び込みます。(結局、完全なロンレールとなったのは日立以南からでした。)遅れによる無用の列車交換が懸念したものの定時の”スーパーひたち27号”の交換のため停車した以外は運転停車は無く快調に南下して行きます。
平駅(じゃなかったいわき駅でした。)を20分延で発車しました。ここからはほとんど余裕時分は無いようなので遅延回復は望めないようです。車内は日立で少し乗ってきたものの上野駅まで20パーセントくらいの乗車率でした。
湯元で退避していた普通列車はなんと通勤型の501系の10両編成でした。”こんな田舎でロングシート?”と首を傾げてしまいました。そういえばトイレも無いですよねぇ?ちょっと酷いんじゃない?と思ってしまいました。
水戸を過ぎると睡魔に襲われデットセクションで車内蛍光灯が消えたのを覚えていますが(651系って蛍光灯が消えるんですねぇ…意外でした。)起きたら金町通過時点でした。
上野駅に19分延で到着。地平ホームに入ったので、高架ホームへ行くのも地下ホームへ行くのも同じだと、新幹線で東京へ行くことにしました。上りホームへ行くと”はやて・こまち26号”が入ってました。仙台駅を2時間40分後に出た列車になります。デッキで東京駅まで乗ると今回の”大人の休日パス”の旅行も終わりを告げました。
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