新説百物語巻之二 3、天井の亀の事
山城(京都)の岡崎と言う所に、古い庵室があった。
その庵主は西国の人であって、若年のものであった。
わけがあって出家し、京の知人を頼って、永いこと京都に住んでいた。
右の庵が売屋に出ると聞いて、早速に買い取り、庭のまがきなどを修繕し、屋根も古くなっていたので、屋根やを呼んで、葺き直させた。
職人が屋根に上がり、古屋根をめくって仕事をしていた。
その内に、鳶が一羽来て空から物を屋根の上に落した。
取りあげて見れば小さい銭亀であった。
夕方に帰る時に持ち帰ろうと、下をのぞけば天井の上に割れた壷がひとつ、ほこりに埋まっていた。
その内へ銭亀を入れ、屋根を葺いた。
そしてその亀のことをわすれ、仕事を終えた。
屋根を葺いてしまえば、亀を取りだす事も出来ないので、そのまま打ち捨てて、家に帰った。
その後十五年すぎて、宝暦の始めのころ、又その庵のやねを葺き替える事になった。
あの屋根職人は昔の事を思い出して、天井の上をのぞき見ると、やはりあの壷は、そのままにあった。
ほこりの中をさがしてみれば、以前に入れて置いた亀も生きていた。
不思議に思って、取り上げてみれば、少しはやせていた。
手元にあった手桶の水に入れると静かに泳いで、全く普通の様子であった。
持って帰って、泉水に放し置き、二十日ばかりして見ると、よく肥へて、普通の亀のようであった。
誠に、亀は長寿のものであると、始めて思ひあたった。
十五年の間、水も飲まないのに死なず、命のつづく事は、霊なる生物のしるしである。
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