青い小鬼(心の病から見えた幻影)
2020.10
「黄華堂医話」には、幻覚で、青い小鬼が見えたのを、漢方薬で治した話が、記載されています。
その治療に三黄湯を用いたとありますが、その成分は、大黄(だいおう)、黄連(おうれん)、黄芩(おうごん)の三つの黄という字の入った生薬です。ただし、他の処方もあります。
漢方薬が、心の病にも奏功した一例です。
「黄華堂医話」は、橘南谿(たちばな なんけい:1753年~1805年)の著
以下、本文。
尾州の武士の某は、藩主が江戸に行くのに従って旅立った。
その日の夕方、旅館にて厠に行ったが、きん隠しの板の先に、一尺ばかりの小さい青色の鬼がふとあらわれ出た。
大いに驚き、脇差しを抜いて切り付けたが、そのまま消え失せた。
殊にあやしく思ったが、その夜の夕食の時に、その青鬼が又膳の先にいた。
ただ、膳の前にうずくまっていて、他に害をするようでもなかった。
その人は、驚いて、傍の人に「鬼が見えるか」と問うたが、他の人には見えなかった。
その武士は、いよいよ怪しんで、そのままに食べ終えたが、鬼も何事もなく消え失せた。
その翌朝、厠に行ったが、又鬼のいる事は、昨日と同じようであった。
その後は、一日の間に二三度づつ、或は膳の先、厠の中、或は昼休みの時などに、必ずこの鬼が現れた。
その人も怪しい事なので、主人にも言わず、強いて旅の御供を続けた。
しかし、日々に目に見えて、ただこの事のみが、心にかかって、気が安まらなかった。
それで、道中三四日目に、他の病気にかこつけて、国で養生をしたいと、藩主に願い出た。
道中より引き返し、名古屋に帰り、医師に相談した。
医師は、これは心火の病である、と診断して、三黄湯を多く服用させた。、
飲み始めて、十日ばかりした後は、鬼の出る事がす少なくなった。
それより日々に、鬼の現れる回数が減って、一月ばかりの後には、鬼も見えなくなり、その病は平愈した。
この事は名古屋の儒者の奥田周之進が語った事である。
治療をした医者の名も語ったが、今は忘れてしまった。
底本 日本随筆大成 第二期第10巻
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