新説百物語巻之四 5.牛渡馬渡といふ名字の事
2023.2
天正の頃の事だそうだ。
東国に小右衛門、新左衛門という百姓が二人いた。
つねづね、親戚でもなかったが、隣家のことであり、仲がよかった。
田畠へ行くにも、さそいあって出で行った。
その頃は、いまだ世間もさわがしく(戦乱の世)あったが、片田舎の気安さで、畑作業もしていた。
ある年、羽柴(秀吉)氏の武将が、急に敵の城を攻撃した。
それは五月の事であって、河の水が多く出て、難儀をしていた。
その大将は、川端に座って采配し、家来たちを残らず河を越させた。
そして、ただ一人 後に残っていたが、段々水が増えてきて、もう、どんなに水練に勝れていても、川をわたれそうにもなくなった。
その所の百姓を呼んで尋ねたが、小右衛門と新左衛門の二人がまかり出てきた。
「私どもが、御渡し致しましょう。」といった。
小右衛門は馬をひいて来て、新左衛門は牛をひいて来た。
そして、侍大将の馬の両脇に牛馬をひきつけ、ニ人は馬のロを取って、先導し、難なくその大将を、河を越させた。
その大将の軍は、ほどなく勝利した。
凱旋の折に、二人の百姓は、すぐに召し出された。
二人には、牛渡新左衛門、馬渡小右衛門と名が与えられた。
今も両家ともに、さる殿様の家来であるとの事である。
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