♪BGM♪
掌 / Mr.Children
「君は君で 僕は僕 そんな当たり前のこと
何でこんなにも簡単に 僕ら
見失ってしまえるんだろう?
ALL FOR ONE FOR ALL
BUT I AM ONE
ALL FOR ONE FOR ALL
BUT YOU ARE ONE
ひとつにならなくていいよ
認め合うことができればさ
もちろん投げやりじゃなくて
認め合うことができるから
ひとつにならなくていいよ
価値観も 理念も 宗教もさ
ひとつにならなくていいよ
認め合うことができるから
それで素晴らしい」
今日は、九州大学 大学院 統合新領域学府 ユーザー感性学専攻 福岡子どもホスピスプロジェクトチーム主催の「ひと×ひと展―知ってみた、やってみた!-」に行って来た。
「福岡子どもホスピスプロジェクト」についてはこちら。
前回のフォーラムは、「福岡子どもホスピスプロジェクト」はどのような名称・内容にしていくのかということを人前でトークしたけど、今回は僕を含めた難病の青年の日常生活、将来の目標や望み、学生ボランティアと難病の青年のお互いの印象、などを人前でトークした。
全体的な感想としては、健康な人も難病や障がいのある人も同じ人間なのだ、ということを改めて感じた。
以前「レディー・ガガと車椅子」という日記でも書いたことだけど、ただ足が不自由だから車椅子を使っている、ただ自力呼吸ができないから人工呼吸器を使っている、ただ自力で排痰ができないから吸引器を使っているだけなんだよね。目が悪い人や高齢者が眼鏡やコンタクトを使っているのと同じだよ。
それでもやっぱり健康な人と難病の人の生活の質は大きく違う。でも医療・福祉制度や医療機器を充実させて、この違いや差を少しでも縮めて、難病や障がいのある人のQOLを高めていくことが大事だと思う。
公共機関や建物や道路など街の中は、難病や障がいのある人にはまだまだ不便なところがたくさんある。だから難病や障がいのある人が街に出て行って要求していくこと、難病や障がいのある人が健康な人と人格的に交わっていくことで少しずつ改善されていくと思う。
難病や障がいのある人が生活しやすく受け入れられる社会は、全ての人が生活しやすくなる社会になるはずだよ。
逆に難病や障がいのある人が生活しにくく受け入れられない社会は、全ての人が生活しにくい社会になる。
あと難病や障がいがあると言っても、健康な人と同じように、それぞれ性格や雰囲気が違うんだよね。また健康な人と同じように、反抗期があったり、行動していたり、願望があったり、恋愛していたり、ポジティブになったり、ネガティブになったりする。
難病や障がいのある人が飲酒・喫煙をしたり、髪を染めたりすると、「え~!?」という声があるけど、僕はしたいのならすれば良いと思う。ちなみに僕はする気がないけど。
そして「難病や障がいのある人はこういう人間だと、マスコミや国家が勝手に決め付けている」とKさんがコメントしていたけど、まさにそうだなぁと感じた。
だから余計に難病や障がいのある人と健康な人との間に壁ができてしまうんだよね。だから先入観を植え付けられ、距離を置いてしまう人もいる。これは外国人問題や男女問題などにも共通することなんだけど。
大事なことは、10の中の1だけを見て、10は全て同じだ!と判断しないことだよ。
もちろん難病や障がいはひとつの個性であり賜物だから、難病や障がいがあるからこそ感じることもある。でも健康な人と同じことだよ。
人間は、顔かたち・身長・体重・趣味・得意なわざ・苦手なわざ・考えていること・感じていること・性格・宗教などが皆違い、それによって豊かな人間関係を作っている。難病や障がいもひとつの個性なのだから、難病や障がいのある人とない人が混じり合い、補い合うことで、お互いを豊かにしていくんだよ。
長くなったけど、言いたいことは、難病や障がいのある人もない人も同じ人間だということ。
もっと多くの人々が、全国各地にある「子どもホスピス」を作るプロジェクトのことを知って、関わっていき、難病や障がいのある人々と実際に交わってほしいなぁと思う☆
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「君は君で 僕は僕 そんな当たり前のこと
何でこんなにも簡単に 僕ら
見失ってしまえるんだろう?
ALL FOR ONE FOR ALL
BUT I AM ONE
ALL FOR ONE FOR ALL
BUT YOU ARE ONE
ひとつにならなくていいよ
認め合うことができればさ
もちろん投げやりじゃなくて
認め合うことができるから
ひとつにならなくていいよ
価値観も 理念も 宗教もさ
ひとつにならなくていいよ
認め合うことができるから
それで素晴らしい」
今日は、九州大学 大学院 統合新領域学府 ユーザー感性学専攻 福岡子どもホスピスプロジェクトチーム主催の「ひと×ひと展―知ってみた、やってみた!-」に行って来た。
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前回のフォーラムは、「福岡子どもホスピスプロジェクト」はどのような名称・内容にしていくのかということを人前でトークしたけど、今回は僕を含めた難病の青年の日常生活、将来の目標や望み、学生ボランティアと難病の青年のお互いの印象、などを人前でトークした。
全体的な感想としては、健康な人も難病や障がいのある人も同じ人間なのだ、ということを改めて感じた。
以前「レディー・ガガと車椅子」という日記でも書いたことだけど、ただ足が不自由だから車椅子を使っている、ただ自力呼吸ができないから人工呼吸器を使っている、ただ自力で排痰ができないから吸引器を使っているだけなんだよね。目が悪い人や高齢者が眼鏡やコンタクトを使っているのと同じだよ。
それでもやっぱり健康な人と難病の人の生活の質は大きく違う。でも医療・福祉制度や医療機器を充実させて、この違いや差を少しでも縮めて、難病や障がいのある人のQOLを高めていくことが大事だと思う。
公共機関や建物や道路など街の中は、難病や障がいのある人にはまだまだ不便なところがたくさんある。だから難病や障がいのある人が街に出て行って要求していくこと、難病や障がいのある人が健康な人と人格的に交わっていくことで少しずつ改善されていくと思う。
難病や障がいのある人が生活しやすく受け入れられる社会は、全ての人が生活しやすくなる社会になるはずだよ。
逆に難病や障がいのある人が生活しにくく受け入れられない社会は、全ての人が生活しにくい社会になる。
あと難病や障がいがあると言っても、健康な人と同じように、それぞれ性格や雰囲気が違うんだよね。また健康な人と同じように、反抗期があったり、行動していたり、願望があったり、恋愛していたり、ポジティブになったり、ネガティブになったりする。
難病や障がいのある人が飲酒・喫煙をしたり、髪を染めたりすると、「え~!?」という声があるけど、僕はしたいのならすれば良いと思う。ちなみに僕はする気がないけど。
そして「難病や障がいのある人はこういう人間だと、マスコミや国家が勝手に決め付けている」とKさんがコメントしていたけど、まさにそうだなぁと感じた。
だから余計に難病や障がいのある人と健康な人との間に壁ができてしまうんだよね。だから先入観を植え付けられ、距離を置いてしまう人もいる。これは外国人問題や男女問題などにも共通することなんだけど。
大事なことは、10の中の1だけを見て、10は全て同じだ!と判断しないことだよ。
もちろん難病や障がいはひとつの個性であり賜物だから、難病や障がいがあるからこそ感じることもある。でも健康な人と同じことだよ。
人間は、顔かたち・身長・体重・趣味・得意なわざ・苦手なわざ・考えていること・感じていること・性格・宗教などが皆違い、それによって豊かな人間関係を作っている。難病や障がいもひとつの個性なのだから、難病や障がいのある人とない人が混じり合い、補い合うことで、お互いを豊かにしていくんだよ。
長くなったけど、言いたいことは、難病や障がいのある人もない人も同じ人間だということ。
もっと多くの人々が、全国各地にある「子どもホスピス」を作るプロジェクトのことを知って、関わっていき、難病や障がいのある人々と実際に交わってほしいなぁと思う☆
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