「楽しくないし、楽しいし、楽しくないし」
仕事は楽しいかと聞かれれば、僕はそう答えるだろう。
しかし、本当に楽しそうに仕事をしている唯一の女の子がWだった。
「今のお客様、煙草の年齢確認で堂々と高校の学生証出してきましたよ」
「え、マジですか?(笑)」
「『あ、駄目ですよね? ラリってますよね?』って。そりゃ駄目ですよ」
「アハハハハ」
楽しそうなWと一緒にいると、僕にも楽しい気持ちが芽生えていた。
しかし、何もかも変わらずにはいられないのがこの店だった。
「あ、もしもし、Wです」
「お疲れ様です。どうしました?」
「すみません……ちょっと熱っぽいんで、休んでも良いですか?」
それは、7月25日、15時45分の出来事だった。夕勤は17時からであり、直前の申し出と言っても良かった。1円でも多くお金が欲しいWの“欠勤”は、僕の記憶では前例が無い。
「今日はシフト的には一人欠けても足りるので大丈夫ですけど、明日は出られそうですか?」
7月第4週におけるWのシフトは、この日と26、27日の3連続になっていた。
「まだ分からないです」
「そうですか……明日は僕とWさんだけなので、早めに連絡お願いします」
直前の連絡で欠勤してしまった事が、Wの評価を更に下げた。
「本当に風邪ならもっと早く連絡できるでしょ?」
怒る店長。それは正論だった。このタイミングで病欠は痛い。信頼を取り戻せる可能性がどんどん失われていく。
僕はWを心配した。高校1年でバイトの掛け持ちをする事自体、体力的にも無理がある。しかも夏休みが終われば学業と両立していかなければならない。もしWがどちらかを切る事を考えているとするなら、それは居酒屋のほうであって欲しいと祈った。しかし、
「昼に電話が来ました。Wさんは今日もお休みです」
26日の欠勤も確定。もしこのまま来なくなってしまったら――考えれば考えるほど、最後に姿を見せた21日の、あの発言をしてしまった事を後悔するばかりだった。
「Wさんの評価がそんなに良くないです」
今思えば僕らしくも無い発言だった。出勤してくれるだけで感謝する、そのスタンスを押し通してきたはずだった。しかし、元々出勤率の高かったWは居て当たり前の存在になっており、いつしか感謝の2文字が遠のいていたのだ。
迷う事無く僕は受話器を手に取った。
「(今日欠勤する)話は聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「うーん……大丈夫、です」
僕の知っている、いつも楽しそうなWの声ではなかった。直前まで寝ていた事は間違いないだろう。彼女は本当に風邪だと確信した。
「病院には行きました?」
「イヤ、行ってないです」
「行った方が良いですよ。市販の薬よりも病院で処方してもらった薬のほうが効きますから(※個人の感想です)」
「ハイ……」
「僕も働きすぎてダウンした事があるんですよ。前職も週6勤務で、休みの日もバイト入れて、夜勤の日も昼にバイトしたりとかしていたら風邪を引いちゃって、それでも休めないから無理矢理出勤して悪化したりしました。だから本当に無理しないで下さいね」
バイトを掛け持ちするWに1年前の自分を重ね合わせた。この助言でバイトを居酒屋一本に絞られてしまうかもしれないが、それはWが決める事であり、僕は彼女の身体を気遣う事だけを考えた。
「あと、先週の土曜日は余計な事を言ってしまってすみません」
「あ、イエイエ、大丈夫ですよ」
「ちゃんと指示を出してこなかった僕の責任です」
僕は謝った。この為に電話をしたようなものだった。これであの頃に戻れるだろうか。おネエ店長と僕とWで笑い合っていた平和な日々に、少しでも近付けるだろうか。
翌日、7月26日。アラフォー店長の作った翌週のシフトに度肝を抜かれた。
「Wさんが一日も入っていないんですけど……」
「だってあの子、希望用紙に○も×も書いていないんだもん」
シフト希望記入用紙というものが存在するのだが、21日以降来ていないWは30日以降の希望を一切書いていなかったのだ。だからと言って本当に一日も入れないなんて事があるのか。Wは店長からの信頼を完全に失っている事は間違いなかった。
「という事は、Wさんが入れるのは早くても8月6日以降って事ですか?」
「そうよ。今日来たら書かせてね。“絶対に”来れる保証のある日を○にするように言っといて。まあ“来れば”の話だけど」
そう、そもそも今日来るかどうかも解らない。17時が近づくにつれて不安を募らせるばかりだった。いつも肝心な時に祈る事しか出来ない自分の未熟さを悔やんだ。一日でも多くシフトインする事を望んでいる女の子が3日も休む訳が無い。それが僕の知っているWだ。
15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子は、それでも直向きに努力している可愛い女の子は、17時ギリギリに姿を現した。
明らかに髪が茶色くなっていた。
(つづく)
仕事は楽しいかと聞かれれば、僕はそう答えるだろう。
しかし、本当に楽しそうに仕事をしている唯一の女の子がWだった。
「今のお客様、煙草の年齢確認で堂々と高校の学生証出してきましたよ」
「え、マジですか?(笑)」
「『あ、駄目ですよね? ラリってますよね?』って。そりゃ駄目ですよ」
「アハハハハ」
楽しそうなWと一緒にいると、僕にも楽しい気持ちが芽生えていた。
しかし、何もかも変わらずにはいられないのがこの店だった。
「あ、もしもし、Wです」
「お疲れ様です。どうしました?」
「すみません……ちょっと熱っぽいんで、休んでも良いですか?」
それは、7月25日、15時45分の出来事だった。夕勤は17時からであり、直前の申し出と言っても良かった。1円でも多くお金が欲しいWの“欠勤”は、僕の記憶では前例が無い。
「今日はシフト的には一人欠けても足りるので大丈夫ですけど、明日は出られそうですか?」
7月第4週におけるWのシフトは、この日と26、27日の3連続になっていた。
「まだ分からないです」
「そうですか……明日は僕とWさんだけなので、早めに連絡お願いします」
直前の連絡で欠勤してしまった事が、Wの評価を更に下げた。
「本当に風邪ならもっと早く連絡できるでしょ?」
怒る店長。それは正論だった。このタイミングで病欠は痛い。信頼を取り戻せる可能性がどんどん失われていく。
僕はWを心配した。高校1年でバイトの掛け持ちをする事自体、体力的にも無理がある。しかも夏休みが終われば学業と両立していかなければならない。もしWがどちらかを切る事を考えているとするなら、それは居酒屋のほうであって欲しいと祈った。しかし、
「昼に電話が来ました。Wさんは今日もお休みです」
26日の欠勤も確定。もしこのまま来なくなってしまったら――考えれば考えるほど、最後に姿を見せた21日の、あの発言をしてしまった事を後悔するばかりだった。
「Wさんの評価がそんなに良くないです」
今思えば僕らしくも無い発言だった。出勤してくれるだけで感謝する、そのスタンスを押し通してきたはずだった。しかし、元々出勤率の高かったWは居て当たり前の存在になっており、いつしか感謝の2文字が遠のいていたのだ。
迷う事無く僕は受話器を手に取った。
「(今日欠勤する)話は聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「うーん……大丈夫、です」
僕の知っている、いつも楽しそうなWの声ではなかった。直前まで寝ていた事は間違いないだろう。彼女は本当に風邪だと確信した。
「病院には行きました?」
「イヤ、行ってないです」
「行った方が良いですよ。市販の薬よりも病院で処方してもらった薬のほうが効きますから(※個人の感想です)」
「ハイ……」
「僕も働きすぎてダウンした事があるんですよ。前職も週6勤務で、休みの日もバイト入れて、夜勤の日も昼にバイトしたりとかしていたら風邪を引いちゃって、それでも休めないから無理矢理出勤して悪化したりしました。だから本当に無理しないで下さいね」
バイトを掛け持ちするWに1年前の自分を重ね合わせた。この助言でバイトを居酒屋一本に絞られてしまうかもしれないが、それはWが決める事であり、僕は彼女の身体を気遣う事だけを考えた。
「あと、先週の土曜日は余計な事を言ってしまってすみません」
「あ、イエイエ、大丈夫ですよ」
「ちゃんと指示を出してこなかった僕の責任です」
僕は謝った。この為に電話をしたようなものだった。これであの頃に戻れるだろうか。おネエ店長と僕とWで笑い合っていた平和な日々に、少しでも近付けるだろうか。
翌日、7月26日。アラフォー店長の作った翌週のシフトに度肝を抜かれた。
「Wさんが一日も入っていないんですけど……」
「だってあの子、希望用紙に○も×も書いていないんだもん」
シフト希望記入用紙というものが存在するのだが、21日以降来ていないWは30日以降の希望を一切書いていなかったのだ。だからと言って本当に一日も入れないなんて事があるのか。Wは店長からの信頼を完全に失っている事は間違いなかった。
「という事は、Wさんが入れるのは早くても8月6日以降って事ですか?」
「そうよ。今日来たら書かせてね。“絶対に”来れる保証のある日を○にするように言っといて。まあ“来れば”の話だけど」
そう、そもそも今日来るかどうかも解らない。17時が近づくにつれて不安を募らせるばかりだった。いつも肝心な時に祈る事しか出来ない自分の未熟さを悔やんだ。一日でも多くシフトインする事を望んでいる女の子が3日も休む訳が無い。それが僕の知っているWだ。
15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子は、それでも直向きに努力している可愛い女の子は、17時ギリギリに姿を現した。
明らかに髪が茶色くなっていた。
(つづく)