「僕さん、一部の人からロリコンって言われていますよ」
言いたいなら言えば良い。
「Wさんの件でめちゃめちゃフォローしまくったそうじゃないですか」
僕はただ、健気に頑張る女子高生を正当に評価しない人たちに憤りを感じているだけだ。努力している人を助ける行為をロリコンの4文字で片付けられるとは、呆れて反論する気力も出ない。
しかし、もしも僕が原因でWが辞めたとしたら――そう考えた事が無いと言えば嘘になる。最初は厳しいアラフォー店長に全ての責任があると思っていた。だが本当にそうなのか。考えれば考えるほど、Wが最後に姿を見せたあの日が脳裏をよぎるばかりだった。
これは、本編では語られなかったW最終日に起きた悲劇の全貌である。
(※W編は今回が本当のラストです。もう少しだけお付き合い下さい)
「逆プリンになっちゃったんですよ」
「え、つまり上だけ失敗したって事ですか?」
2012年7月27日、僕はショックを隠しきれなかった。Wの染髪は身だしなみ規定に引っかかるとかそれ以前に、ギャルへのスタートを踏み出してしまったのではないかと危惧したからだ。黒髪こそが日本の女子高生の最大にして唯一の魅力であり、彼女がいつかの婚活パーティーで見たギャルの様相を呈した軍団に一歩近づいたのであれば、自分の娘が大人への坂道を登っていく現実に涙する世の父親たちの気持ちが少しだけ分かったような気がする。
「ちなみに次までに髪を染め直す事は出来ますか?」
「え、出来ないです」
「イヤ、でも店長絶対怒るんで、せめて規定をオーバーしない程度まで染め直して来て下さい」
「ハイ……」
フォローしたくても出来ないもどかしさに苦悩する自分が居た。店長の性格からして茶髪が嫌いである事は容易に想像でき、こればかりはどうにも出来なかった。
言いたい事は山ほどある。でも一番言いたい事は何か。それを限られた時間で正しい日本語で矛盾無く伝えるにはどうすれば良いか。
「とりあえず……この紙を鞄に入れて下さい。後で暇な時にでも読んで下さい。僕の言いたい事は全部そこに書いてあるんで」
僕の出した答えは手紙だった。前職で片想いした27歳の女性マネージャーがいたからこそ仕事を頑張る事が出来たエピソードを軸に、努力して得られる“結果”こそが大事で、その動機は何だって良いのであり、お客様を大事にする気持ちを持てなくても大切な誰かの為に仕事を頑張れば結果的にそれはお客様の為にもなる。要約すればそのような文章が書かれてある。15歳の女の子にお客様は神様とか綺麗事を言うつもりはさらさら無い。ただ、誰にでも大切な人は一人は居るはずであり、その誰かへの想いを仕事へのモチベーションに変え、レゾンデートルを見出して欲しい。そんな僕のささやかな願いが1350文字の中に込められている。そう、僕はWに辞めて欲しくなかったのだ。
「これからはレジに突っ立ったままにならないように僕がちゃんと指示を出していきます。シフトを一日でも多く入れて貰えるように頑張りましょう」
Wはこの日、レジ応対のみならず、アイスや栄養ドリンクの品出しに加え、自らHOT缶の補充もしてくれた。この一週間ずっと不安に駆られていた僕の心は安堵へと変わった。やはりWは頑張っている。僕の目に間違いは無かった。過小評価をしている店長がその場に居ないのは惜しいが、失われた信頼はこれから少しずつ取り戻していけば良い。7月27日、Wは新たなスタートを切った……はずだった。
「このチケット誰の?」
20時45分に出勤したマネージャーからの指摘で、その事件に気付いた。バウチャープリンタから印刷された2枚のtotoチケットのうち、2枚目をお客様に渡し忘れる事態が起きてしまったのだ。防犯ビデオをチェックした結果、やらかしたのはWと判明。すぐに本部に連絡するも、お客様情報を特定する事は出来ず、そのチケットは今もなおデスクの引き出しに眠っている。もしこのチケットが当選していればお客様の被る損害は考えるまでも無い。たった一度の失敗で、この日のWの努力は全て水の泡となった。
「どっちが(渡し忘れを)やったか解りました?」
「イヤ、解らないですね……」
Wの問い掛けに僕は嘘をついてしまった。彼女が気にしているのは明白であり、少しでも真実を曖昧にして済ませようとした。そもそも気付かなかった僕にも責任がある。しかし、この事件に気をとられているうちに、僕は本当に大事な事を忘れていた。
「お先に失礼します」
定時の21時を20分もオーバーし、ようやく帰る事が出来たW。その5分後に気付いた。彼女がシフト希望用紙に何も書いていない事に。
「ああ~、そうだった。まさか書き忘れるなんて……」
負の連鎖とはこの事だった。希望用紙が空白だと、シフトにWの名前を入れて貰う事は不可能。僕が気付いて教えてあげれば良かったのであり、それがフォローというものではないのか。迷わず僕は受話器を手に取った。来週のシフトは既に決まっているので、8月6日以降の一週間だけでも電話で聞いておいて僕が代わりに記入するしかない。しかし、
「ああ、バスに乗っちゃったか……」
Wは電話には出なかった。翌日の午前中にかけ直すしかない。何故僕はいつも肝心な時に何もしてあげられないのか。女の子一人助けられないで何が接客業だ。僕は自暴自棄になった。
――あれからずっと もしもああしてたらって 思ってるのがくやしくて
まだまだ終わってなんかないよねって 誰かうそぶいてる
この店に配属になってから2ヶ月半。僕は女子高生に、Wに嫌われたくない、ただそれだけの想いを仕事へのモチベーションに変えてきた。だからこそあらゆる仕事を僕が進んでやった。社員の権力を濫用しアルバイトにやらせれば良いなんて考えは決して持たなかった。しかし、それは裏を返せば自分の事しか考えていないのと一緒だった。アルバイトにちゃんと教えなければ彼等は仕事を覚えないし、特に社会経験の少ない高校生なんて実際にやらせなければ覚えない。それにやっと気付いたのは今の話より少し先の、ある事件が起きてからの事だった。
――そう季節はめぐって すべてかわって 見える景色の中にきみはいなくて
ただ時は過ぎていくだけって またうそぶいてる
翌日、僕は2時間もの早出となる午前11時に出勤したが、時すでに遅し。
物語は終焉を迎えていた。
――戻ってきてほしいなんていわない ただひとつきみに確認したかったんだ
例えばきみは愛されていた、とか 例えばその愛を誇れる?とか
「さっきまで居た店長から聞きましたけど、Wさんが茶髪になっていたんですって? 店長怒ってシフト表から除名しましたよ」
思った通り、マネージャーは茶髪の件をアラフォー店長に報告していた。信頼はゼロどころかマイナスになっていた。
「シフト希望用紙にも何も書いていないですし、私物も持ち帰っているじゃないですか」
それには言われるまで気付かなかった。Wのチノパンと靴が見当たらない。前日に持って帰っていたのだ。15歳の女の子なりの辞意の表明の仕方だった。シフト希望用紙を空白にしたのもわざとだろう。念のため彼女の携帯電話にかけたが繋がる事は無かった。
無断欠勤少女に続き、Wまで。僕の心を散々掻き回しておいて、簡単に逃げていく。こんな悲惨な結末になるとも知らずに僕はWに嫌われない事だけを考えてきたのだ。せめて辞職の原因に僕が絡んでいるのかどうかだけでも教えてから消えて欲しかった。ろくに指示を出さなかった僕に恨みを抱いているかもしれない。そもそも手紙は読んでくれたのだろうか。
全ての真相は、本人のみぞ知る。
――人は出会う、だけどいつかはお別れのベルが鳴る
人は気付く、何が大切だったのかを
僕はこの失敗を胸に、三人目の女子高生アルバイトの攻略に挑む事になる。
(Fin.)
◎挿入歌♪別れのベル/三浦大知
言いたいなら言えば良い。
「Wさんの件でめちゃめちゃフォローしまくったそうじゃないですか」
僕はただ、健気に頑張る女子高生を正当に評価しない人たちに憤りを感じているだけだ。努力している人を助ける行為をロリコンの4文字で片付けられるとは、呆れて反論する気力も出ない。
しかし、もしも僕が原因でWが辞めたとしたら――そう考えた事が無いと言えば嘘になる。最初は厳しいアラフォー店長に全ての責任があると思っていた。だが本当にそうなのか。考えれば考えるほど、Wが最後に姿を見せたあの日が脳裏をよぎるばかりだった。
これは、本編では語られなかったW最終日に起きた悲劇の全貌である。
(※W編は今回が本当のラストです。もう少しだけお付き合い下さい)
「逆プリンになっちゃったんですよ」
「え、つまり上だけ失敗したって事ですか?」
2012年7月27日、僕はショックを隠しきれなかった。Wの染髪は身だしなみ規定に引っかかるとかそれ以前に、ギャルへのスタートを踏み出してしまったのではないかと危惧したからだ。黒髪こそが日本の女子高生の最大にして唯一の魅力であり、彼女がいつかの婚活パーティーで見たギャルの様相を呈した軍団に一歩近づいたのであれば、自分の娘が大人への坂道を登っていく現実に涙する世の父親たちの気持ちが少しだけ分かったような気がする。
「ちなみに次までに髪を染め直す事は出来ますか?」
「え、出来ないです」
「イヤ、でも店長絶対怒るんで、せめて規定をオーバーしない程度まで染め直して来て下さい」
「ハイ……」
フォローしたくても出来ないもどかしさに苦悩する自分が居た。店長の性格からして茶髪が嫌いである事は容易に想像でき、こればかりはどうにも出来なかった。
言いたい事は山ほどある。でも一番言いたい事は何か。それを限られた時間で正しい日本語で矛盾無く伝えるにはどうすれば良いか。
「とりあえず……この紙を鞄に入れて下さい。後で暇な時にでも読んで下さい。僕の言いたい事は全部そこに書いてあるんで」
僕の出した答えは手紙だった。前職で片想いした27歳の女性マネージャーがいたからこそ仕事を頑張る事が出来たエピソードを軸に、努力して得られる“結果”こそが大事で、その動機は何だって良いのであり、お客様を大事にする気持ちを持てなくても大切な誰かの為に仕事を頑張れば結果的にそれはお客様の為にもなる。要約すればそのような文章が書かれてある。15歳の女の子にお客様は神様とか綺麗事を言うつもりはさらさら無い。ただ、誰にでも大切な人は一人は居るはずであり、その誰かへの想いを仕事へのモチベーションに変え、レゾンデートルを見出して欲しい。そんな僕のささやかな願いが1350文字の中に込められている。そう、僕はWに辞めて欲しくなかったのだ。
「これからはレジに突っ立ったままにならないように僕がちゃんと指示を出していきます。シフトを一日でも多く入れて貰えるように頑張りましょう」
Wはこの日、レジ応対のみならず、アイスや栄養ドリンクの品出しに加え、自らHOT缶の補充もしてくれた。この一週間ずっと不安に駆られていた僕の心は安堵へと変わった。やはりWは頑張っている。僕の目に間違いは無かった。過小評価をしている店長がその場に居ないのは惜しいが、失われた信頼はこれから少しずつ取り戻していけば良い。7月27日、Wは新たなスタートを切った……はずだった。
「このチケット誰の?」
20時45分に出勤したマネージャーからの指摘で、その事件に気付いた。バウチャープリンタから印刷された2枚のtotoチケットのうち、2枚目をお客様に渡し忘れる事態が起きてしまったのだ。防犯ビデオをチェックした結果、やらかしたのはWと判明。すぐに本部に連絡するも、お客様情報を特定する事は出来ず、そのチケットは今もなおデスクの引き出しに眠っている。もしこのチケットが当選していればお客様の被る損害は考えるまでも無い。たった一度の失敗で、この日のWの努力は全て水の泡となった。
「どっちが(渡し忘れを)やったか解りました?」
「イヤ、解らないですね……」
Wの問い掛けに僕は嘘をついてしまった。彼女が気にしているのは明白であり、少しでも真実を曖昧にして済ませようとした。そもそも気付かなかった僕にも責任がある。しかし、この事件に気をとられているうちに、僕は本当に大事な事を忘れていた。
「お先に失礼します」
定時の21時を20分もオーバーし、ようやく帰る事が出来たW。その5分後に気付いた。彼女がシフト希望用紙に何も書いていない事に。
「ああ~、そうだった。まさか書き忘れるなんて……」
負の連鎖とはこの事だった。希望用紙が空白だと、シフトにWの名前を入れて貰う事は不可能。僕が気付いて教えてあげれば良かったのであり、それがフォローというものではないのか。迷わず僕は受話器を手に取った。来週のシフトは既に決まっているので、8月6日以降の一週間だけでも電話で聞いておいて僕が代わりに記入するしかない。しかし、
「ああ、バスに乗っちゃったか……」
Wは電話には出なかった。翌日の午前中にかけ直すしかない。何故僕はいつも肝心な時に何もしてあげられないのか。女の子一人助けられないで何が接客業だ。僕は自暴自棄になった。
――あれからずっと もしもああしてたらって 思ってるのがくやしくて
まだまだ終わってなんかないよねって 誰かうそぶいてる
この店に配属になってから2ヶ月半。僕は女子高生に、Wに嫌われたくない、ただそれだけの想いを仕事へのモチベーションに変えてきた。だからこそあらゆる仕事を僕が進んでやった。社員の権力を濫用しアルバイトにやらせれば良いなんて考えは決して持たなかった。しかし、それは裏を返せば自分の事しか考えていないのと一緒だった。アルバイトにちゃんと教えなければ彼等は仕事を覚えないし、特に社会経験の少ない高校生なんて実際にやらせなければ覚えない。それにやっと気付いたのは今の話より少し先の、ある事件が起きてからの事だった。
――そう季節はめぐって すべてかわって 見える景色の中にきみはいなくて
ただ時は過ぎていくだけって またうそぶいてる
翌日、僕は2時間もの早出となる午前11時に出勤したが、時すでに遅し。
物語は終焉を迎えていた。
――戻ってきてほしいなんていわない ただひとつきみに確認したかったんだ
例えばきみは愛されていた、とか 例えばその愛を誇れる?とか
「さっきまで居た店長から聞きましたけど、Wさんが茶髪になっていたんですって? 店長怒ってシフト表から除名しましたよ」
思った通り、マネージャーは茶髪の件をアラフォー店長に報告していた。信頼はゼロどころかマイナスになっていた。
「シフト希望用紙にも何も書いていないですし、私物も持ち帰っているじゃないですか」
それには言われるまで気付かなかった。Wのチノパンと靴が見当たらない。前日に持って帰っていたのだ。15歳の女の子なりの辞意の表明の仕方だった。シフト希望用紙を空白にしたのもわざとだろう。念のため彼女の携帯電話にかけたが繋がる事は無かった。
無断欠勤少女に続き、Wまで。僕の心を散々掻き回しておいて、簡単に逃げていく。こんな悲惨な結末になるとも知らずに僕はWに嫌われない事だけを考えてきたのだ。せめて辞職の原因に僕が絡んでいるのかどうかだけでも教えてから消えて欲しかった。ろくに指示を出さなかった僕に恨みを抱いているかもしれない。そもそも手紙は読んでくれたのだろうか。
全ての真相は、本人のみぞ知る。
――人は出会う、だけどいつかはお別れのベルが鳴る
人は気付く、何が大切だったのかを
僕はこの失敗を胸に、三人目の女子高生アルバイトの攻略に挑む事になる。
(Fin.)
◎挿入歌♪別れのベル/三浦大知