「おはようございます。すみません待っているって聞いたんで」
ついにKSMが姿を見せた。いよいよ作戦決行の時が来た。
「今日シフトインするとか言って来れなくてすみませんでした」
僕は落ち着いて脳内の原稿を読み上げる。
「イヤ全然大丈夫ですよ(笑)」
この時KSMは確かに笑っていた。
「それでですね……あ、仕事残っているなら先にどうぞ。終わるまで待っているんで」
それは原稿には書かれていなかった。だが仕事を中断させてまでする話では無いと思い、とりあえず彼女を仕事に戻らせようとした。しかし、
「イヤ、あとちょっとなので大丈夫ですよ」
「あ、それなら、エーット、その……」
アドリブの効かない僕はとうとう吃音の症状が出始めてしまった。
「じゃあすぐ終わるんで。あの……いきなり変な事聞くことになるかもしれませんけど、さ、最初は誤解するかもしれませんけど、と、とにかく最後まで落ち着いて聞いてもらえますか?」
平常心を失い、原稿の台詞とは3割ほど異なる言葉を発していた。
「え、え、何ですか?」
「KSMさんって、彼氏とかそういうのいるんですか?」
落ち着け。これはハードルの低いミッションだ。
「あー、居ないですよ」
ベストな返答が来た。これで交渉はかなりしやすくなった。
「実は僕の友達で彼女居ないとか友達少ないとかで困っている人が何人か居るんですけど、もし良かったら今度その人たちと会ってみませんか?」
今度は落ち着いて言えた。しかし、
「イヤいいですよ(笑)。私彼氏とか要らないんで」
まさかの拒絶。しかも予想だにしない理由だった。そう来るとは思わなかった。だが理由など関係ない。拒絶された以上、せめてアドレス交換には持っていかなければならない。
「ああそうですか……後は僕個人の話になりますけど、T店の情報も色々知りたいですし、アドレス交換してもらえますか?」
あくまでも仕事上の情報交換の為のアドレス交換。不自然ではなく、むしろ仕事をする上で普通の事なはずだった。
「イヤ私、この店の事ほとんど知りませんよ?」
それすらも彼女は躊躇った。ここで身を引けば良かったものを、僕は更に暴走してしまう。
「あとは仕事の愚痴とか悩みとか色々話したいってのもあるんで」
「イヤイヤ、それは私なんかより部長に言ったほうが良いですよ(笑)」
「イヤそれは一番出来ないので……アドレスだけでも交換して貰えませんか?」
何を血迷ったのか、僕はアドレス交換という言葉を二度も使い、より強調されてしまった。
「………」
「………」
とうとうお互いが言葉を失った。そして、
「バタン」
KSMは無言で出てしまった。僕は事務所に居ながら彼女の動きを防犯ビデオで追うと、Hと笑いながら何かを話す映像が確認された。
――もしかして、フラれた?――
会話を振り返ると、友人を口実に僕自身がKSMに迫ったかのような交渉になっている事に気付いた。そんなつもりはハナから無かった。ただ僕はリア充の仲間入りをしたい、それだけのささやかな願いだった。
『どんなに嫌でもアドレス交換をその場で拒否る人は居ないでしょ』
現実は、仕事目的でのアドレス交換すら断られるという1ナノも想定していなかった結果になった。
数え切れないほどの僕への感謝と笑顔は何だったのか。あくまでも仕事上の感謝と上辺だけの笑顔、ただそれだけだったのか。結局彼女は僕を仕事仲間以上の存在だとは思っていなかった。イヤ、それで良かった。週2でKSMと笑い合いながら仕事をする、それだけの関係で僕は満足なはずだった。T店ヘルプが続いてさえいれば、ここまで傷心を負う事は無かったのだ。
そして僕はKに負けた。僕がどんなにKSMの負担を減らす事を考えて仕事をしても、彼女と仲が良いのはそんな事を微塵も考えていないKのほうである現実。仕事とプライベートは全くの別物だったのだ。何故そんな簡単な事にも気付かなかったのか。
「違う! 同じ事何度も言わせんな」
人に感謝される仕事をしていたT店ヘルプの日々が嘘のように、僕はK店で店長とマネージャーに怒られる日々に引き戻された。僕の配属はK店であり、これが当たり前なのだと割り切る事にした。
人の心を散々掻き回しておいて、簡単に突き落とす。この仕事を始めてからもう何人目だろうか。当分の間、女性を信じる事は出来ないだろう。それでも非リアからリア充に転身する日を夢見て、今日も仕事をする。
(Fin.)
ついにKSMが姿を見せた。いよいよ作戦決行の時が来た。
「今日シフトインするとか言って来れなくてすみませんでした」
僕は落ち着いて脳内の原稿を読み上げる。
「イヤ全然大丈夫ですよ(笑)」
この時KSMは確かに笑っていた。
「それでですね……あ、仕事残っているなら先にどうぞ。終わるまで待っているんで」
それは原稿には書かれていなかった。だが仕事を中断させてまでする話では無いと思い、とりあえず彼女を仕事に戻らせようとした。しかし、
「イヤ、あとちょっとなので大丈夫ですよ」
「あ、それなら、エーット、その……」
アドリブの効かない僕はとうとう吃音の症状が出始めてしまった。
「じゃあすぐ終わるんで。あの……いきなり変な事聞くことになるかもしれませんけど、さ、最初は誤解するかもしれませんけど、と、とにかく最後まで落ち着いて聞いてもらえますか?」
平常心を失い、原稿の台詞とは3割ほど異なる言葉を発していた。
「え、え、何ですか?」
「KSMさんって、彼氏とかそういうのいるんですか?」
落ち着け。これはハードルの低いミッションだ。
「あー、居ないですよ」
ベストな返答が来た。これで交渉はかなりしやすくなった。
「実は僕の友達で彼女居ないとか友達少ないとかで困っている人が何人か居るんですけど、もし良かったら今度その人たちと会ってみませんか?」
今度は落ち着いて言えた。しかし、
「イヤいいですよ(笑)。私彼氏とか要らないんで」
まさかの拒絶。しかも予想だにしない理由だった。そう来るとは思わなかった。だが理由など関係ない。拒絶された以上、せめてアドレス交換には持っていかなければならない。
「ああそうですか……後は僕個人の話になりますけど、T店の情報も色々知りたいですし、アドレス交換してもらえますか?」
あくまでも仕事上の情報交換の為のアドレス交換。不自然ではなく、むしろ仕事をする上で普通の事なはずだった。
「イヤ私、この店の事ほとんど知りませんよ?」
それすらも彼女は躊躇った。ここで身を引けば良かったものを、僕は更に暴走してしまう。
「あとは仕事の愚痴とか悩みとか色々話したいってのもあるんで」
「イヤイヤ、それは私なんかより部長に言ったほうが良いですよ(笑)」
「イヤそれは一番出来ないので……アドレスだけでも交換して貰えませんか?」
何を血迷ったのか、僕はアドレス交換という言葉を二度も使い、より強調されてしまった。
「………」
「………」
とうとうお互いが言葉を失った。そして、
「バタン」
KSMは無言で出てしまった。僕は事務所に居ながら彼女の動きを防犯ビデオで追うと、Hと笑いながら何かを話す映像が確認された。
――もしかして、フラれた?――
会話を振り返ると、友人を口実に僕自身がKSMに迫ったかのような交渉になっている事に気付いた。そんなつもりはハナから無かった。ただ僕はリア充の仲間入りをしたい、それだけのささやかな願いだった。
『どんなに嫌でもアドレス交換をその場で拒否る人は居ないでしょ』
現実は、仕事目的でのアドレス交換すら断られるという1ナノも想定していなかった結果になった。
数え切れないほどの僕への感謝と笑顔は何だったのか。あくまでも仕事上の感謝と上辺だけの笑顔、ただそれだけだったのか。結局彼女は僕を仕事仲間以上の存在だとは思っていなかった。イヤ、それで良かった。週2でKSMと笑い合いながら仕事をする、それだけの関係で僕は満足なはずだった。T店ヘルプが続いてさえいれば、ここまで傷心を負う事は無かったのだ。
そして僕はKに負けた。僕がどんなにKSMの負担を減らす事を考えて仕事をしても、彼女と仲が良いのはそんな事を微塵も考えていないKのほうである現実。仕事とプライベートは全くの別物だったのだ。何故そんな簡単な事にも気付かなかったのか。
「違う! 同じ事何度も言わせんな」
人に感謝される仕事をしていたT店ヘルプの日々が嘘のように、僕はK店で店長とマネージャーに怒られる日々に引き戻された。僕の配属はK店であり、これが当たり前なのだと割り切る事にした。
人の心を散々掻き回しておいて、簡単に突き落とす。この仕事を始めてからもう何人目だろうか。当分の間、女性を信じる事は出来ないだろう。それでも非リアからリア充に転身する日を夢見て、今日も仕事をする。
(Fin.)