私たちが遊んでいる菜園は狭山にあります。
幹線道路から外れると、まだ茶畑広がる喉かなところです。
でね、畑仕事したりその後に一杯やったりするとき、
ちょっと困っちゃうのが “トイレ” です。
仲間から畑の場所を教えてもらったとき、
まずググって廻りの施設確認、公園とかコンビニを探しました。
都心の公園は結構点在していて、そのうちの大半に “公衆便所” があります。
でも狭山のほうまでいくと公園は「点在」って感じではないし、
“公衆便所” もないところが多いみたい。結局畑の近くに “コンビニ” すらなく・・・
(とはいっても運良くスーパーマーケットがあるので、
5分歩いて使わせてもらっています。)
一方都心では、100mたらずの間に何件もの “コンビニ” があったりします。
流石に日常的に “トイレ” を利用させていただくことはありませんが、
(いろいろな意味で、緊急時には助かります)
とても “意義あり” と思っているコンビニのトイレ以外のサービスがあります。
それは “ゴミ箱” の設置です。
サリン事件以降、公共の場から “ゴミ箱” がいっそう少なくなりました。
「(ゴミ削減と安全性から)出先で捨てるのではなく、持ち帰って捨ててください」
という主旨は理解できます。
でも “玄関出てから購入したモノがゴミなっちゃう” ってこともありますよね。
コンビニや自販機で買ったドリンクや、コンビニで買って外で食べた弁当とかね。
そういったものの “捨て場所” があるってことが、
街中にゴミが散乱しないことに寄与していると思うのです。
最近は鉄道駅も透明容器・袋のゴミ箱が復活しだしています。
公共施設の “ゴミ箱の設置をやめたほうがきれいに使われる” 理論も万能ではなく、
設置場所や回収対象、回収頻度によって左右されるのだと思います。
いつ回収してんだか判らない、いっぱいになっている公園のゴミ箱なんか、
やはり最低です。街が汚れていくことを助長しちゃいます。
ゴミをゴミ箱に捨てることが悪なのか、じゃぁ回収せず放置しておくことは・・・?
「だからゴミ箱設置をやめる」は役所の言い分で、
コンビニのゴミ箱がその受け皿になってくれているんじゃないかな、
と思うのであります。
たまにあふれたゴミ箱のコンビニも見かけますけどね・・・
幹線道路から外れると、まだ茶畑広がる喉かなところです。
でね、畑仕事したりその後に一杯やったりするとき、
ちょっと困っちゃうのが “トイレ” です。
仲間から畑の場所を教えてもらったとき、
まずググって廻りの施設確認、公園とかコンビニを探しました。
都心の公園は結構点在していて、そのうちの大半に “公衆便所” があります。
でも狭山のほうまでいくと公園は「点在」って感じではないし、
“公衆便所” もないところが多いみたい。結局畑の近くに “コンビニ” すらなく・・・
(とはいっても運良くスーパーマーケットがあるので、
5分歩いて使わせてもらっています。)
一方都心では、100mたらずの間に何件もの “コンビニ” があったりします。
流石に日常的に “トイレ” を利用させていただくことはありませんが、
(いろいろな意味で、緊急時には助かります)
とても “意義あり” と思っているコンビニのトイレ以外のサービスがあります。
それは “ゴミ箱” の設置です。
サリン事件以降、公共の場から “ゴミ箱” がいっそう少なくなりました。
「(ゴミ削減と安全性から)出先で捨てるのではなく、持ち帰って捨ててください」
という主旨は理解できます。
でも “玄関出てから購入したモノがゴミなっちゃう” ってこともありますよね。
コンビニや自販機で買ったドリンクや、コンビニで買って外で食べた弁当とかね。
そういったものの “捨て場所” があるってことが、
街中にゴミが散乱しないことに寄与していると思うのです。
最近は鉄道駅も透明容器・袋のゴミ箱が復活しだしています。
公共施設の “ゴミ箱の設置をやめたほうがきれいに使われる” 理論も万能ではなく、
設置場所や回収対象、回収頻度によって左右されるのだと思います。
いつ回収してんだか判らない、いっぱいになっている公園のゴミ箱なんか、
やはり最低です。街が汚れていくことを助長しちゃいます。
ゴミをゴミ箱に捨てることが悪なのか、じゃぁ回収せず放置しておくことは・・・?
「だからゴミ箱設置をやめる」は役所の言い分で、
コンビニのゴミ箱がその受け皿になってくれているんじゃないかな、
と思うのであります。
