映画「HOUSE ハウス」の斬新な映像を目にして以降、大林宣彦監督の作品に魅了されてしまった。好きな作品は幾つも在るけれど、一番好きなのは「転校生」。「中学3年の男女が、階段から共に転げ落ちた事で、互いの“心”が入れ替わってしまう。」という、心の入れ替わりを描いた作品。精神面と肉体面で大きく変化して行く年代の子供達の微妙な心の揺れと、舞台となった尾道市(念願叶って、転げ落ちる事になった階段を実際に目にした時には、自分も転げ落ちたくなる衝動を抑え切れなかったっけ。)の美しさが実に印象的で、忘れられない1作となっている。
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高校1年の坂平陸(さかひら りく)は、プールに一緒に落ちた事が切っ掛けで、同級生の水村まなみ(みずむら まなみ)と体が入れ替わってしまう。何時かは元に戻ると信じ、入れ替わった事は2人だけの秘密にすると決めた陸だったが、“坂平陸”としてそつ無く生きるまなみとは異なり、上手く“水村まなみ”に成り切れず、戸惑う内に時が流れて行く。
もう元には戻れないのだろうか?男として生きる事を諦め、新たな人生を歩み出すべきか?。迷いを抱え乍ら、陸は高校卒業と上京、結婚、出産と、水村まなみとして人生の転機を経験して行く事になる。
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第12回(2021年)「『小説 野生時代』新人賞」を受賞した小説「君の顔では泣けない」(著者:君嶋彼方氏)は、「転校生」同様に“心の入れ替わり”を描いた作品。「心の入れ替わりに葛藤する日々を過ごすも、再び共に階段から転げ落ちた事で、心が元の身体に戻る。」という展開の「転校生」は、そんなに長くは無い心の入れ替わり期間だったが、「君の顔ではなけない」の2人は、15年を経た“今”も、心は元の身体に戻っていない。
想像して欲しい。「自分の心と誰かの心が共に入れ替わり、違う肉体の中で生き続けなければならなくなったら?」という事を。心の入れ替わりなんて他者にはとても信じては貰えず、様々な違和感(性別の違和感や身体への違和感、自分の家や他人の家への違和感、異性として送らなければならない自分の人生に対する違和感等。)と葛藤し乍らも生きて行く事は、どんなにか大変な事か。其れも短期間ならいざ知らず、15年、否、恐らくは一生そういう状態が続くとしたら、自分は耐えられるだろうか?
他人を演じ続けなければならない事も然る事乍ら、“自分の本当の家族”には“他人”とて接しなければならず、“他人の家族”とは“身内”として接しなければならないという事は、身内への思いが強ければ強い程、遣り切れない思いになる事だろう。自分の本当の家族に対する強い思いが在るのに、自分の本当の家族からは他人と認識され、そして接する機会も限定されてしまう。家族の者の成長(老いも含め)を身近で見続ける事も出来ず、又、其の死を看取ったり、葬儀に身内として参列する事も出来ない。此れは地獄だ。
そんな地獄を、陸とまなみは甘受して行かなければならない。女性として男性と性体験をし、軈て子供を儲ける陸。逆に、男性として男女と関係を持ち、男として生きているまなみ。何方の立場も自分には耐えられそうにも無いが、「ジェンダー」という概念を肩肘張らず考えるには最適な作品だと思う。
総合評価は、星4つとする。